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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
122/213

122日目 ぬるりと来たぜ……!




オリオン座には思い出が多い。

どういう思い出かと言うと、話すと少々長くなる。


僕が子供の頃に、家族でよく行くファミレスがあった。

その頃はまだジイちゃんも普通に家族の一員として扱われていた。

恐らくは僕がまだ子供だったから、父も色々と気を使っていたのだろう。

仮初の平和を演じながら、週末には家族揃って食事に訪れていたのである。


ジイちゃんはとにかく肉を食いたがった。

それは良いんだけど、ジイちゃんは必ずといって良いほど「マズイ」と言うので、父と母が困り顔を浮かべていたのを覚えている。


父と母の苦労が今なら分かる気がした。

食事の後にそんな事を言うのはマナー違反で、特にお店だったりすると色んな意味で「マズイ」。

しかしジイちゃんはメニューを扱き下ろすのを止めなかったし、そんなジイちゃんがいるから僕はあまり肉料理を頼まなかったのだ。


色々とあって、家族揃ってファミレスに行く事は少なくなった。

そんな思い出の店の名前は『ラッキー&オニオン』。

オリオン座を思い出すたびに、僕はそんな『ラッキー&オニオン』の事も思い出すのだった。




「……それって、オリオン座じゃなくてファミリーレストランの思い出じゃないかしら?」


話を聞き終わった冷蔵子さんは、理解に苦しむと言った感じで眉間に皺を寄せていた。

一体何が分からなかったというのか? 

少し疑問に思いながら、僕は付け足すように言う。


「うん? でも星座ってそういう物でしょ?」


ますます訳が分からない、と言わんばかりの冷蔵子さん。

ふふ、どうやら星座の事は詳しく無いようだ。

博識な彼女にしては珍しい。

僕は少しばかり得意になりながら説明を始める。


「サソリを見てはサソリ座を思い出し、サソリ座を見てはサソリを思い出す。言わば自分の思い出を空に浮かべているのさ。だから僕はラッキー&オニオンという思い出を、空に浮かべて……」


「一つ訊いてもいいかしら?」


ギラリと瞳を輝かせながら。

冷蔵子さんは僕の言葉を遮るようにして言葉を連ねた。


「もしかして、オリオンとオニオンの語感が似ている……ってだけの話かしら?」


射抜くような視線が向けられる。

……なんでそんな怖い目で睨むんだベイベー。

僕は緩く微笑むと、そっと視線を逸らした。

彼女の凍てつく視線を直視していると、身も心も凍りつきそうだったからだ。


「そうとも言うね」


短く簡潔に。

僕がそう呟くと、何故か盛大な溜息が聞こえてきた。


「ふざけているのかしら?」


「心外だな。僕がいつふざけたって言うのさ?」


「今はそうじゃ無いとでも言うの?」


半眼になりながらこちらを睨む冷蔵子さんを前にして。

僕は自信満々に反論した。


「もちろんさ!」


「そのアメリカのマスコットキャラみたいなオーバーアクションは何なのよ!?」


「特に意味は無いよ。マイブームって所かな?」


「ああ、そう……」


今は授業と授業の合間の短い休憩時間。

予習や復習をする気が無いなら、こうやって他愛も無い会話で潰すような時間だ。


例に倣って時間を潰す僕達。だが、こんな事で良いのだろうか?

アメリカンなオーバーリアクションを練習する時間は、もっと有意義に過ごせたような……。


「そんなアクションを覚えて、何か良い事あるのかしら?」


「……もちろんさ!」


「なんでちょっと元気を無くしてるのよ?」


不思議そうに小首を傾げる冷蔵子さんの、純粋な目が心に痛い。

時間を無駄に費やした事に気付いた僕と、そんな僕を疑問に思わない冷蔵子さん。

彼女にとっては、僕が無駄な時を過ごすのは実に自然な事であるらしい。


止める人が居ない。だから僕は続けるしか無いのだ。

虚しさを感じ始めたこのアメリカンなオーバーアクションを。

嗚呼、どこで選択を間違えてしまったのか?

堪えた涙に哀愁を覚えながら、震える拳を握り締めた。


「相変わらず仲が良いんだね」


振り向けば、そこには賢者くんが立っていた。

賢者王子とも呼ばれる彼は、女子が憧れるのも納得するような美麗な顔に、手抜かりなく爽やかな微笑を浮かべている。

僕はくるりと体ごと賢者くんに向き直ると、大きくポーズを取った


「もちろんさ!」


「……え、えーと? そうなんだ」


賢者くんは、僕のアメリカンな挨拶に戸惑いを覚えているようだった。

彼も辛いだろうが、僕も辛い!

出来ればもう止めたいけど、きっかけが掴めない!

ブレーキをかけるタイミングを見失ったまま、僕は駆け抜けた。


「そうなのさ!」


「……………………」


苦笑いを浮かべる賢者くん。

その優しさが心に痛かった。


「オレも混ぜてもらっていいかな?」


優しげな顔のまま、賢者くんはやんわりと言う。

まるで青春ドラマのワンシーンのように爽やかな笑顔だ。


こんな顔で言われて断る人は居ないだろう。

最も、たとえ相手が彼で無かったとしても断る理由は無い。

思わず僕が「オーケーさ!」とオーバーリアクションで応えそうになった時。

冷蔵子さんがどこか誇らしげな顔をしながら言った。


「ダメよ!」


「おー……えええっ!?」


オーケーの「お」の字まで言いかけた僕は、慌てて冷蔵子さんを見る。

その顔は自信に溢れ、一片の迷いも無い。


「……えっ!?」


一拍遅れながら、賢者くんも驚きの声を上げた。

そりゃそうだろう。むげに会話を断られる理由がない。

誰だって驚くだろう。僕だって驚いている。


そんな僕らを置き去りにして、確信めいた何かを顔に浮かべる冷蔵子さん。

蒼いその目をギラリと光らせると、威風堂々たる王者の笑みを賢者くんへ向けた。




「恋人同士の語らいを邪魔する気かしら?」




恋人? 恋人って誰と誰が?

……ああ!? 思い出した!!

言ったよ僕! 冷蔵子さんに、恋人のフリをしてくれって!

いやーすっかり忘れてた……。


そう、僕と冷蔵子さんは偽装恋人である!

何故そうする必要があるのか?

理由は中々に複雑だったりする。


賢者くんは冷蔵子さんの事を好きらしい。

そんな賢者くんを好きな女子が沢山いる。

だからどうしたって話だが、話はそこで終わらなかった。


賢者くんの取り巻きの一人が暴走したのだ。

頭のネジが外れているとしか思えない彼女は、冷蔵子さんをリンチすると言い放った。

げに恐ろしきは人の心なり。


冷蔵子さんを守るために、僕はある作戦を決行したのだ。

その名も「とりあえず冷蔵子さんが誰かと付き合えば丸く収まるんじゃねーの?」作戦である。


果たして効果があるのかどうか?

疑問は残るがやるだけやってみよう、の精神で実行。

そして今の今まで忘れていたという訳であった。


不意の事態。

しかしこれはチャンスでもある。


賢者くんがここで「ガーン、ショックだな……」てな具合で諦めれば!

冷蔵子さんが嫉妬からリンチにかけられる心配もグッと減る!

果たして賢者くんはどう反応を返すのか!?

固唾を飲んで事態の推移を見守る僕。そして賢者くんが、ゆっくりと口を開いた。




「……え、えーと? よく聞こえなかったなー……」




ぬるりと来たぜ……!

背筋を駆け抜ける戦慄。その手があったか!


全てを白く塗り替えるように。

言葉を空白に変え、聞こえ無かった事にしようとする賢者くん。

大した奴だぜ……!

僕はラウンドツーを予感しながら額の汗を拭った。





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