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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
120/213

120日目 眠れない夜



眠れない。何故だ?

学生寮のベッドに横たわりながら、僕は困り果てていた。

足が痒ければ掻けば良い。本を読みたいなら明るくなるのを待てば良い。

だが、寝たいのに眠れない時はどうすればいいのだろうか?


その問いかけは、まるで解けないパズルのようだった。

誰も僕に寝るなとは言っていないし、睡眠を妨害されている訳でも無い。

眠れないのは誰のせいでも無く、僕自身の問題だろう。

つまり自分で解決するしか無いのだが、その解決方法が思いつかないまま時は過ぎて行く。


……………………。

何も考えなければ寝れるかと思ったが、やはり甘かったか。

気分転換にゴロンと寝返りを打った。

布団の中で姿勢を変え、眠りやすそうな体勢を取る。


ノーガード戦法で睡魔を待つのだ。

授業中は邪魔で仕方無い睡魔からの誘い。

だがしかし、今はそれこそが必要なのだ!


わざとガードを緩める事で相手の攻撃を誘う。

まさに孔明の罠である。


さあ来い睡魔!!

……来いよ!? どうした、ビビってるのか!?

来て下さい!! お願いします!! もう僕を眠らしてくれ!!



やっぱり眠れなかった。



クソッ、肝心な時に役に立た無い睡魔だ!!

毒づいてみるが、僕に突きつけられた現実が変わる事は無かった。


どうしてだか眠れない。

誰が悪いんだろうか? 犯人は一体誰だ?

そう、犯人は……僕の中に居ます!

僕が眠れないのは、どう考えても僕が悪い!!



……………………。



名推理を試みるが、僕に突きつけられた現実が変わる事は無かった。

最後の抵抗として瞳を固く閉じる。

絶対に眠ってやる! 中途半端に夜更かしとかするもんか!

静かに闘志を燃やしたが、やはり眠れない。仕方が無いので物思いに耽る事にした。


さあて何を考えようか?

出来れば穏やかに眠りに付けそうな事を考えよう。

となれば羊だろうか?


羊が一匹。羊が二匹。

迷える子羊は誰かに導かれるべきだろうか?

いや違う! それは間違っている!

求道とは手を差しのべられるのを待つ事では無い! 自らの足で歩くことだからして!


……いやそうじゃないだろう。

余計な事を模索せずに、ただ貪欲に眠りの海に誘われる方法を考えるべきだ。

どうして羊を数えれば眠れるのか分からないが、きっと深遠な理由があるはずだ。

そうそう、羊と言えばヤギに似ているよね。ヤギの目ってちょっと怖い。



……………………。



誰か僕を眠らせてくれ……!

眠りたいのに眠れない!

これはもはや、一種の試練だ。

いいぜ睡魔、お前が僕を襲わないというのなら、僕は何時までも待ってやるさ!


強大なる敵、睡魔を前にして。

脳裏を駆け巡るのは使命と試練。

さっさと眠りたいという思いとは裏腹に、睡魔と戦う事を求められた悲劇のヒーロー。

そんな物語が脳内で急送に組み立てられて行く。




(おお、勇者よ。今こそ悪の大王、睡魔を討つ時じゃ!)


(いいえ王様。僕は睡魔を倒しません……!)


(なんじゃと!? 勇者よ、そなたは何を言っておるのじゃ!!)


(王様……。僕は、敗北を知りたいのです)


稲妻が落ちる。

落雷の音は、不吉な鋭さを伴って城内の人々の耳朶を打った。

勇者の言葉にざわめく兵士達。

その間隙を縫うようにして王はわめいた。


(勇者よ! 何故だ!? 何故そのような事を言うのじゃ!?)


(王よ! 睡魔と共に生きる道もあるのです! 何故それが分から無いんですか!)


(ええい、世迷い事を! ならば授業中に眠る生徒を、今すぐ救ってみせろ!)


(人は眠る事無くして生きていけないんです! 睡魔を悪とする王には、それが分からない! それでは皆が生きて行けなくなる時が来る!)


(愚か者め! ええい、睡魔の前にまずは貴様を正してくれるわ!!)


腰の鞘から抜き放たれる白刃はくじん

王に呼応するように、勇者もまた剣を抜き放つ。

煌きは交差し、甲高い音を奏でた。


(人を裏切るか、運命のよ! その烙印を抱いたまま逝くが良いわ!)


(一人で何もかもを救えるものか! 私に運命があるとすれば、それはわずかな一歩を示す事だけだ!)


(戯言を!! 己の宿命から逃げ出すのか!!)


(違う!! 私は悟ったのだ!! 勇者の運命を!! 人を救えるのは、ただ自分自身の歩みだけだ!! 救いとは与えられる物では無い!! 勇者に出来る事は、人々に自分の足で歩む勇気を与える事!! そう気付いたのだ!!)


言葉は刃となり、刃は互いを削り合った。

繰り返される応酬は光の軌跡を描き、光の残滓は一瞬後には消えて行く。

美しくもはかない光景。

そんな激突が幾度か続いた後、勇者の鋭い一撃が王の体勢を崩した。


(――――――――っ!!)


声にならない悲鳴。

勇者の、王の、兵士達の時間が止まる。

一瞬の永遠。

その後に待ち受ける運命に、誰もが固唾を飲んだ。


銀色の閃光が走った。

しかし時間は止まったままで、止まった音は静寂となって部屋を包んでいる。

音は、全てが終わった後に響いた。


カラン、という音は、弾き飛ばされた剣が床に落ちる音だった。

自らの獲物を振り抜いたままの格好で、王は呟いた。


(……何故じゃ?)


王の視線の先には勇者。

その手には剣は無く、手にしていた剣は離れた床の上に虚しく転がっている。

しかし勇者は臆する様子も無く、問いかけてくる王に対し揺るぎない視線を向ける。

例え剣が無くとも男は勇者であり、誰が見てもそう思えるだけの何かがあった。


(何故、とは?)


訊き返す勇者。

王は剣を握る指から力を抜き、ゆっくりと姿勢を正した。


(貴様はあの瞬間、余を斬り捨てる事も出来たはずだ。何故そうしなかった?)


王が体勢を崩したあの瞬間。

勇者はその絶好の機会の中、動きを止めた。

無防備になった勇者に対し、王は反射的に剣を振るった。

その一撃は勇者の剣を弾き飛ばし、今の状況へと至る。


勇者は涼やかな瞳を王に向けた。

剣を無くした事など大した事では無い、とでも言うように。

情けをかけられた王は、勇者を切り伏せる事も出来ないまま、ただ返事を待つ。

そんな王に対し、勇者はゆっくりと口を開いた。


(私が目指すのは勝利ではありません。……勇気を、伝える事ですから)




――そう、勇者はただ示したかったのだ。

睡魔と共に生きる道。それを歩む事の勇気を。

感動のフィナーレを迎えたのは良いけど、あれから何分経ったんだろう?

一体何時になったら僕は眠れるのだろうか?


クッソー……!

全然睡魔がやって来ない……!

仕方が無いので寝返りを打ってみる。

ダメだ、やっぱり眠気が湧かない。


自らに課した禁を破り、目を開けてみる。

暗闇が視界を閉ざし、まぶたを閉じていた時と同様に何も見え無かった。

夜だ。圧倒的な夜が目の前に在る。

しかし眠れない。どうやっても眠れない。何故だ?


疑問は在る。

だが答えは無いようだった。

何故眠れないのか? 胸の中の問いは、誰に答えられる事も無く残ったままだ。


解けないパズルは深い闇に似ていた。

夜の闇の中、僕は何度も寝返りを打つ。


もしも答えを出すまで眠れないとしたなら。

こんな夜を繰り返す事になるのだろうか?

それはあまり楽しい考えでは無かった。


果たして先輩ならどう答えるだろうか?

冷蔵子さんなら、大阪さんなら、風子ちゃんなら?

あるいは、賢者くんならどう答えるだろうか?


様々な方向に伸びる思考はまるでガス星雲のように光り、広がって行く。

ささやかな星の光が集い、夜が永遠で無いことを示すように輝く。


いつか来るその時を夢見て。

答えを探しながら、僕はいつしか眠りに落ちていた。





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