12日目 ウィンブルドンと青い帽子
「お、坊主やないけ」
「あ、大阪さん」
書店で雑誌を選んでいた僕は、偶然知り合いと出会った。
知り合い……なのだろうか?
かつて、学校の購買で「俺こそ大阪や」と宣言した男。
それが大阪さんだった。
「坊主は何を読んでるんや?」
「車系の雑誌とかですけど……大阪さんは?」
「ああ、ウィンブルドンの特集とかやな。ちょっちな」
「テニス好きなんですか?」
「まあ家でも結構やるしな」
他愛も無い会話を続ける。
会話を続けるのだが……会話のゴールが見えない。
そもそも、この人誰だよ?
大阪が好きな事意外知らねーし! 今さら会話も切れねーし!
「そういえば大阪さんって何年生ですか?」
何となく年上だと思って「さん」付けで呼んでいたけど、
もしも同級生だったらどうしよう。
「なんや? 知らんのか。2年や2年。坊主は1年生やろ?」
どうやら年上だったようだ。
「あれ、よく分かりましたね、僕が1年だって」
「坊主は結構有名やからな。あの、超人みたいな女とツルんでるやろ」
超人みたいな女、と言えば握力超人の先輩の事だろう。
歴代の生徒により隠し装備としてポットが常設された部屋。
そこで、カップラーメンにはまっていた先輩と僕は出会ったのだった。
「先輩は超人っていうより猿人じゃないですか?」
「ぶっww」
僕の言葉に、大阪さんは吹き出て笑った。
「確かにリンゴを握り潰したとか、そないな話はあるなww」
「実際どうなんですか? 本当にリンゴを潰したりしたんですか?」
先輩がクルミを素手で割る所は見た事がある。
しかし、リンゴを潰す所は見た事が無かった。
先輩と同じ2年生の大阪さんの方が詳しかろうと、僕は何となく聞いた。
「いや、俺も実際に見た事はないねん」
なんだ……そう落胆した僕に、大阪さんは話を続けた。
「俺が見たのは、必殺スマッシュやな」
「必殺スマッシュ?」
「ああ、凄かったで。テニスボールが爆発しとった」
「漫画の話ですか?」
「漫画や無い。これが現実……! これが現実や……!」
そう言って何かの物真似をする大阪さん。
「実際の話、マジでボールは壊れとった。ラケットのガットもブチ切れとった」
「うはあ。凄いですね。それを先輩がやったんですか」
大阪さんは深々と肯いた。
「そうや。あいつの打ったスマッシュで、ボールがコートに一瞬めりこんだ後に弾け飛んだんや。びびったで」
「その内、ショットで人を吹き飛ばしそうですね」
「シャレになってないでww」
よほどツボだったのか、大阪さんは爆笑しながら泣いていた。
「今日はおもろかったわ。また遊ぼうな」
そう言って大阪さんは本を一冊取ると、レジに向かって歩いて行った。
僕もさっさと本を選ぶか……と視線を棚に戻した。
ややあって、好みの本が見つかった。
それを手に取ると、レジに向かって進む。
すると、ちょうど大阪さんがレジでの支払いを終えた所だった。
その手に持っているのはウィンブルドン選手権の本なのだろう。
ちらっと見えた表紙には、通天閣が写っていた。
…………。
大阪じゃねーか!!
テニスが好きって話しはどこに行ったんだよ!!
結局、大阪さんは大阪だと言う事を改めて認識した一日だった。