表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
119/213

119日目 同じ惑星を抱えて




少女は右手の指を開き、掌底打ちを放ってくる。

僕はその一撃を首を捻ってかわす。

獲物を逃した少女の手が、虚しく大気を掻き回す。


遊びと言いつつ、結構本気出してないかっ!?

鋭い拳撃をなんとか躱した僕は、お返しとばかりに膝蹴りを放った。


「――っ!!」


放った拳の勢いを殺さず、そのまま半身を捻る少女。

それでも膝蹴りを避けきれず、膝頭が浅く腹をえぐった。

相変わらず外見に似合わ無い硬い腹筋だ。

膝から伝わってきた感触を確かめながら、僕は風の王と名乗る少女を見つめた。


「遊びって言ったわりには、結構本気出して無い?」


「そんな事ない、かな。ワタシはまだ全然本気じゃないし、ね」


じゃあ何で犬歯をむき出しにして笑うのさ?

凶悪な笑みを浮かべる風の王は、どう見てもアドレナリンに火が入っていた。


「キミは知ってるかな? 虎と虎がじゃれ合っている姿は、まるで殺し合っているように見えるって……!」


「何で虎と虎の話になるの!? ねえ、絶対本気になってるよね!?」


「しつこいな。ワタシは全然本気じゃない、かな」


明らかにムキになっている風の王を前にして、僕は嘆息を吐いた。

公園の高台には、僕らの他には誰も居ない。

あるいは僕らのせいで誰も近寄らないのかもしれなかった。


閑散とした公園の一角で、僕と風の王は組み手をしている。

最初に「遊び半分」だと言われたから相手役を引き受けたんだけどなぁ。

世の中は上手く行かないもんだな、と徒然なるままに考えていると、風の王が納得いかないような口調で言う。


「それにしても何で躱すのかな?」


「……いや、そりゃ当たれば痛いから躱すよ」


当たり前の事だろう、と返事を返す。

しかし風の王は「そうじゃない」と短く否定した。


「当たるタイミングだと思ったんだ。まさか避けられるとは思わなかったから。キミはどうやってワタシの攻撃を躱しているんだい?」


疑問符を浮かべる風の王に、僕はしばし考え込む。

どうやって掌底を躱したのか、か。

首を捻って躱したとしか言い様が無いな。


しかし、恐らくそれは彼女の求める答えでは無いだろう。

きっともっと哲学的な回答を期待しているはずだ。

例えば虎と虎がラインダンスを踊るように、とか。

静かに肯くと、僕はそっと口を開いた。


「君の手のひらがガーっと来るのが分かるから、バーっと避ける感じ?」


「下手な道案内みたいな説明!? 全然納得いかない、かなっ!!」


へ、下手な道案内って……!

ちょっと自信あったのに……!

心無い言葉に少しヘコみながらも、僕は反論する。


「そんな事言ったって、拳を避けるのに特別な事なんて無いでしょ? 来たら避ける、それだけだよ」


「……どうやったら簡単に躱せるのか、っていうのが知りたいんだけどね、ワタシは」


僕の返事に不満を表すように肩を落とす風の王。

あからさまに瞳に失望の色を浮かべながら僕を見つめてくる。


あれ? なんだこの流れ。僕が悪いのか?

何だろうこの胸に溢れる不条理感。

失望される意味が分からない。

こんなの絶対納得出来ないよ。僕は心の中で慟哭した。


世界はあまりに残酷で、人はまるで不条理な運命に翻弄される小鳥のように無力だ。

誰もが救われるハッピーエンドを目指しながら、挫折し、諦めてしまう。


終わらない争い。父は子を愛せず、子は父に牙を剥く。

そんな絶望を、諦観を、打ち破る存在を。

おとぎ話に出てくるようなヒーローを、僕は心のどこかで求めていた。



「どうやらお困りのようやな……!」



絶妙なタイミングで声が響いた。

ハッと振り返ったその先には、威風堂々と佇む大阪さんの姿。

ナニワを愛し、全ての関西を救おうとする男。

絶望を振り払うような大阪さんの姿を呆然と見つめながら、僕は戦慄に震える唇で呟いた。


「チェンジで」


「ファッ!? なにがチェンジやねん!? まだ俺はワンアウトにもなってないやろ!!」


他人からの評価に気が付かない男、大阪さん。

僕の中では登場した時点でスリーアウトな彼は、この世の理不尽に立ち向かうように叫ぶのだった。




公園近くの喫茶店に移動した後、大阪さんは開口一番に言った。


「さて、どうやら坊主は俺の助けが必要みたいやないか?」


「いえ、別に……」


「そうかそうか! それなら仕方無いわ、話を聞いたるで!」


僕の返事を一切無視しながら大阪さんは豪快に笑った。

今の状況は不条理であり、かつ理不尽でもあるだろう。

しかし人は往々にして流されながら生きて行くものである。

世の中に惰性に従って、僕は諾々と運命を受け入れつつあった。


四人掛けのテーブルには、僕と風の王が隣同士で座っている。

その対面に大阪さんが腰掛ける形だ。


「それで、そっちの嬢ちゃんは確か……」


「風の王です。王の中の王たる貴方に会うのは、初めてになるのかな?」


いつもの子悪魔めいた顔に、多少緊張を浮かべながら風の王は言った。

そう、この風の王とか言う痛い名前は、大阪さんが組んだチームに所属する証なのだ。

チーム元締めである大阪さんを前にして、風の王は借りてきた猫のように大人しくなる。

僕には分からない世界だけど、きっと仲間内のランキング的な物があるのだろう。


大阪さんは、萎縮する風の王とは対照的に鷹揚な態度だ。

大物風を吹かせながら、部下を気遣うようなセリフを口にする。


「まあそう緊張せんでもええがな。それにしても本名を知らんっちゅーのは不便やな。教えてくれへんか? 難波の奴からは聞いてへんからな」


「……本名は捨てました。今のワタシは風の王。それ以上でもそれ以下でも無いワ」


「お、おう? せやな」


風の王の「名前は捨てました」宣言にさすがに度肝を抜かれたようだ。

犬がしゃっくりするような声を上げると、大阪さんは震える手で水の入ったグラスを掴む。

そのままグラスを持ち上げ、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと冷水を口に含んだ。


どうしてだろう、僕がこの二人と同じに生きている事が不思議でならない。

本名を捨てたってどういう意味なんだ? 訳が分からないでゴザル。

僕らは同じを抱いているはずなのに、気持ちは何億光年もかけ離れている気がした。


本名を捨てた少女と、僕の言葉を一切無視する男。

この二人の対峙は、果たして僕に何をもたらすのだろうか?

どう足掻いてもろくな結果にならない予感がするが、気にしたら負けだ。

心の中には風が吹いている。流されるままに生きて行けばいいさ……!


決意を新たにする僕の前で、大阪さんは気を取り直したように言った。


「せやけど『風の王』やと呼び辛いな。ええわ、今日から嬢ちゃんの事はふうちゃんって呼ぶわ」


「えっ!?」


驚愕の声を上げる風の王。いや、今や風子ちゃんか。

流されるままに状況を受け入れながら、僕はそれまで閉ざしていた口を開いた。


「風子ちゃんは、掌底の躱し方を斬新に表現して欲しいみたいなんですよ」


「えっ!? キミまでワタシを風子ちゃんって呼ぶのかな!?」


裏切られたように僕を睨み付けて来る風子ちゃん。

そんな彼女には一切視線を向けないまま、大阪さんはクールに呟いた。


「掌底の躱し方を斬新に、か。難しい注文やな」


「ねえ!? ワタシは全然納得してないんだけど!?」


あだ名を変えろと、風子ちゃんは僕の服の襟首を掴んでガクガクと揺さぶって来た。

自らの絶望を、諦観を。認められないあだ名を打ち破ろうと、少女は足掻く。

だが無駄……! 時は動き出し、そして止まらない……!

例え理不尽なあだ名を付けられようと、世界はおかまいなしに周り続けるのだ。


「こんなのはどうや? 見切った! 第三部完! 俺達の戦いは始まったばかりや、とか」


「斬新は斬新ですけど、少し意味が伝わり難いと思うんですよ」


「せやろか?」


「せやろでしょ。風子ちゃんはどう思う?」


襟首を掴まれたまま、僕は風子ちゃんに尋ねた。

わなわなと震えながら、少女は叩き付けるような勢いで言葉を発した。


「ああもう!! 良いよ分かったよ、ワタシは風子ちゃんで良いよ!! それで、さっきから二人で何を話し合っているのかな!? 全然意味が分からないよ!!」


「何って、僕が君の攻撃を避けた方法の上手い説明の仕方を考えているんじゃないか。公園じゃ、下手な道案内みたいって言われちゃったしね」


「それでさっきの会話!? 余計に分かり辛くなってるって言うか、もはや意味不明のレベルかな!!」


意味不明とまで言われ、僕と大阪さんは目を見合わせた。


「やっぱり難しいですね」


「せやなぁ」


僕と大阪さんは肩を竦めながら苦笑いを浮かべる。

風の王改め風子ちゃんは、そんな僕らの前で力尽きたようにテーブルに突っ伏すのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ