11日目 死球
「へいへい、ピッチャーびびってる!」
「…………」
「ピッチャーびびってる!」
右手をグーにして、左手の手のひらを叩いている先輩。
分らない。先輩のテンションが分らない。
何を食べたらこんなに無駄にテンションが上がるんだろうか?
「先輩、何か悪い物でも食べたんですか?」
「酷ッ! 何だか最近、言葉に愛が無いよ!?」
憤慨している先輩を尻目に、僕は再び雑誌を読み始めた。
カンブリア紀の生き物大全、というタイトルなんだけど、
自分でも何でこれを選んだのかよく分らない。
ちなみに今回は図書館で借りた物だ。
「それで、何を食べたんです? アマガエルには毒がありますよ」
「食べねーよアマガエルなんて! 少年、ちょっと調子に乗り過ぎだよ……?」
そう言うと、先輩は両手をワキワキさせながら近付いて来た。
その瞬間、ガタンとイスが倒れるのも構わず、僕は咄嗟に逃げた。
自分でも驚くほどの体捌きだ。
「……なんでそんなに、びびってんのよ?」
素に戻って疑問を口にする先輩。
何でと言われれば、ゴリラと同じ握力を持つ先輩に捕まれば
僕の骨は簡単に砕けてしまうからだ。
「あなたたち、少しは静かに出来ないのかしら?」
一人黙々とサンドイッチを食べていた冷蔵子さんが、ここに来て会話に切り込んで来た。
「それで、何の話? 調子に乗り過ぎたピッチャーが関節を破壊されるのかしら?」
会話に切り込むなり、鮮やかなキラーパスを決めてくる彼女。
止めて! 先輩がその気になったらどうするのさ!
この流れだと、僕の関節がとってもピンチなんだけど!
「そんな斬新なスポーツ嫌だよ! なんでピッチャーが関節攻撃されなきゃいけないのさっ!?」
常識的な反論をした僕に対し、何故か先輩は不思議な物を見るような目で見てきた。
「えっ? ピッチャーの人って、木刀を持った人と戦うからびびってるんだよね?」
「木刀!? あれはバットですよ! バット! 先輩は野球を何だと思ってるんですか!?」
ヒートアップする僕に対し、先輩は「うぷぷ」と吹き出して笑った。
「あははっ、冗談に決まってるじゃない。少年は面白いなぁ」
「いや、こっちはちっとも面白く無いんですけど……」
なんだか最近、こんな流れがあったな……。
デジャブを感じた僕。
脱力して、投げやりになりながら、興奮が冷めてゆくのを感じる。
そんな僕に対し、先輩は得意顔で言った。
「あれだよね、バットでボールを打ち返して、当てたら勝ちなんだよね」
「はっ? ……誰に当てるんですか?」
「えっ? ピッチャーでしょ」
「それは決して野球では無いですよ!?」
「ええっ!? ガビーン!」
割と本気で驚いている先輩。
新たな事実の発覚と共に、昼休憩の時間は過ぎていくのだった。