109日目 世界の終焉と恋の話
夕暮れの静けさは世界の終りを感じさせる。
オレンジ色の終焉の中に、一人の男が立っていた。
「大阪さん」
公園の高台で、何をするでも無く街並みを眺める大阪さん。
呼びかけた僕を振り向きもせず言う。
「坊主か」
僕は無言で大阪さんの隣に立つ。
鉄柵に寄りかかり、同じく街並みを見つめた。
「お坊さんって儲かるんですかね?」
透き通るように紅に染まる空を、鳥は黒い影となって飛ぶ。
漠然とした寂しさが胸を締め付けるようだ。
「坊主だけに坊さんの話題か。……一つ言ってええか?」
「何ですか?」
「もうちょっとこう、切ない系の話はあらへんのか? メロドラマを目指そうや」
仮に目指すとしても、大阪さんとだけは目指したくないものだ。
感動的なストーリーを求める大阪さんに、視線を向けながら答える。
「この前、どっかの住職が高級車に乗ってるのを見たんですけどね、その時は何だか切ない気持ちになりましたよ」
「いや、そう言うんや無しにやな」
「贅沢ですね。一体どういう系の話題が良いんですか?」
「せやから、恋や。恋バナや。あるんやろ? ほら、この前も言うてたし」
「ああ、あの話ですか。散々な目に合いましたよ」
冷蔵子さんを救うための偽装恋人計画。
その流れを思い出しながら、僕は辟易とした表情を浮かべる。
「へえ? どんな目におうたんや?」
「どんなって……まずイスに縛りつけられたんですよ」
「か、過激やな……!」
目を丸くして話に食いついてくる大阪さん。
僕は淡々とした口調で説明を続けた。
「それで頬をはたかれて、口の中を切っちゃったんですよね」
「ほ、ほんまか! そりゃあえらいこっちゃな!」
大阪さん、やけに嬉しそうだな……。
何だかイラッとした僕は睨み付けるような視線を返した。
「僕の事は良いですから、大阪さんの話を聞かせて下さいよ」
「俺の?」
「切ない恋バナをお願いします」
大阪さんは僕から視線を逸らすと、再び街並みを見やった。
この人、すっとぼける気だろうか?
逃さない……絶対に……!
笑顔で睨み付けていると、大阪さんはふいに口を開いた。
「せやけどな、坊主。住職が原チャリや自転車に乗ってても、それはそれで切ないやろ?」
「その話題はもう終わったですよね?」
「聞くんや! もしも、もしもやで? 住職がハーレーに乗ってたらどうや!?」
「どうって……どうなんですか?」
「それはやな……!」
「それは……?」
「あ、俺は急用があるんやった。それじゃあな坊主」
「待たんかい。」
逃げようとする大阪さんの肩をガシリと掴む。
僕の手に捕まった大阪さんは、身をよじって逃れようとした。
「放すんや! 俺は住職戦隊ハーレーマンに合流せなアカンのや!」
「じゅ、住職戦隊!? そんな存在が……あるわけねーだろ!!」
「あるんや! 世界には坊主の知らん事が沢山あるんや! そして俺は世界を守らなアカンのや!!」
何を言っているんだこの人は……!?
しかし、この訳の分から無い感覚には覚えがある。
大阪ワールド。大阪さんの持つ固有結界にして、全てをグダグダにする技。
逃げられてたまるか! 僕は対抗するために、あえてカオスな世界の中へと入って行く。
「ははは、馬鹿ですね奴らは既に滅びてますよ!」
「な、なんやと!?」
「我らが攻撃により『ジーザス!』って叫びながら逝きましたよ! ハーレーごとね!」
「住職なのに最期の言葉がジーザスはアカンやろ!? 宗教論争が起きるで!?」
何が住職戦隊だよ!? ふざけんな!! そんなの僕が終わらせてやる!
夕焼けの公園で、僕は大阪さんの作り出すふざけた幻想『大阪ワールド』を壊そうとしていた。
遥かに赤く染まった大気の中。僕らは餓鬼のように醜く罵り合う。
そんな時――ふいに、甲高い声が僕らの耳に響いた。
「その人を放して!! 住職戦隊はまだ負けて無いワ!!」
バッと視線を向けると、そこにはセーラー服にツインテールの女の子が居た。
誰だ!? いや、覚えてる!! それでも言おう、誰なんだこの娘!?
その女の子は、かつて僕と大阪さんのロマン世界に挑んで来た戦士だった。
降りしきる雨の中。自ら新設定を引っ提げて、僕と大阪さんの繰り広げる謎の寸劇に参加してきた少女。
結局、名前も名乗らず別れてしまった少女。
そんな少女が、再び僕らの前に立ちはだかっていた。
僕と大阪さんは無言でアイコンタクトを取る。
(どうするんですか!? またあの娘ですよ!?)
(せやから、俺は急用があってやな、)
逃がすものか……!
少女の出現により気が緩んだのだろう、隙だらけの大阪さんを難なく羽交い絞めにする。
コラっ、放さんかい、と暴れる声を無視しながら僕は言った。
「くははっ! 久しぶりだな女! 住職戦隊が負けてないとはどういう事だ!?」
「坊主、お前は一体どういうキャラなんや!?」
ふふ……今の僕は悪の組織。住職を滅ぼし、ハーレーを消し去る者……!
正面から向かい合いながら、ツインテールの少女が返事を返す。
「言葉の通り! アタシが居る限り、正義は滅びない!」
「笑止! 現に住職戦隊は滅びたぞ!!」
「代わりにアタシが戦うワ!」
「ふふ……出来るかな? 人質は貴様の兄だぞ!!」
「俺はあの娘の兄やったんか……!?」
僕の作り上げた劇的な設定に慄く大阪さん。
そう、大阪さんは彼女の兄だ。そういう設定に今決めた。
急展開に怯む少女に向かい、僕は先手を打つように叫ぶ。
「抗うがいい! 愛の力で世界が救えると言うなら!」
「あ、愛?」
「そうだ。奴らは言った! 万物の全ては愛であると! ラブ☆念仏を合言葉にして!」
「ラブ☆念仏!?」
驚愕に歪む少女を前にして、僕は謳い上げる。
そう、言葉は命じる為にあるのでは無い。
大切な何かを――伝える為にあるのだと信じて。
架空の設定に魂を込めながら吼えた。
「貴様が真の戦士であるなら言えるはずだ! 愛の言葉を! さあラブ☆念仏だ! 今までしてきた恋の話を、赤裸々にそして大胆に告白するがいい!!」
「ちょ、ちょっと!?」
「こうなったら仕方あらへん! 恋バナをするんや!」
「お兄ちゃんっ!?」
いや、お兄ちゃんじゃないだろ。
その場のノリを読む大阪さんと、この期に及んでも設定を守る少女。
渦巻く狂気の螺旋。果たして何が正しくて、何が間違っているのか?
誰にも分からないまま、少女は苦悶に呻いた。
「く……うう……!」
苦しむ少女を前にして、大阪さんがヒソヒソと僕に言った。
「お、おい坊主、やりすぎとちゃうか? 俺もノリで恋バナとか言うてしもうたけど、よく考えたら可哀想やで」
僕は大阪さんの言葉に小さく肯くと、少女に向かって声を張り上げる。
「麗しき兄妹愛だな!! 貴様の代わりに、この男が恋バナをすると言っているぞ!!」
「おいコラ坊主!?」
暴れる大阪さんを無視して、僕はそれまでのキャラを捨ててポニーテール少女に話しかける。
「あっ、ねえねえ、ちょっとこっちに来てこの人の足を押さえてくれるかな?」
「放せや!! お、おい、何でお嬢ちゃんまで俺を押さえるんや!?」
「愛の力を見せて! お兄ちゃん!」
「なんやねん!? この流れは!?」
ついに打ち破られた大阪ワールド。
さらなる混沌とした世界の中で、大阪さんの絶叫だけが響いていた。