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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
107/213

107日目 限りなく大な可能性



「さあ、次は私の番ね」


「な、何で指をポキポキ鳴らすのかな?」


「ただの気分よ?」


「そ、そうですかぁ……」


冷蔵子さんが柔軟体操のように指を鳴らす。

そんな彼女を目の前にして、イスに縛られた姿で僕は呟いた。


先輩と冷蔵子さんによって行われる『僕を真人間に戻す』試み。

それは遂に佳境に入ろうとしているようだ。


ごくりと息を飲む僕の前で、先輩がハリセンを握り締める。

とうとう本番となるデスゲームを前に、体は熱病にかかったように震え出した。


ドアのぶを引き千切り、公園の銅像を破壊する力。

オモチャの剣で人体を斬り、テニスボールを粉砕する力。


ありとあらゆる物を凌駕する力を秘めながら。

先輩はニコニコのした顔で、ハリセンの感触を確かめていた。


「一回ハリセンでツッコミ入れてみたかったんだよね~」


笑顔の先輩を前にして、僕の額をつつ~っと一筋の汗が流れた。

心臓は激しく脈打ち、まるで全力疾走した後のように息が乱れる。


落ち着くんだ僕。話を整理しよう。

ルールは簡単。

彼女達の繰り出す会話に、恋人になりきって答えれば良いだけ。


そして僕の返事が不真面目だと判断されれば、罰ゲームが実行される。

罰ゲームはハリセンのツッコミ。

強いて問題を挙げれば、そのツッコミが僕の命に関わってくるという事だった。


「ちょっと……良いかな?」


「何よ?」


考える時間を稼ぐために冷蔵子さんに話しかける。

小首を傾げる彼女を前にして、僕は高速で思考を展開させた。


彼女達の考える恋人らしい会話とは何だろうか?

さっきの質問は「普段と違うところ」で、正解は「毛先の形」だった。


なるほど、確かに恋人らしい会話と言えるだろう。

となれば彼女達の細かな違いに気付き、さりげなく褒めるのが答えだ。

返事の理想形としては「あ、髪型変えたんだ?」とか「似合ってるよ」とかだろうか?

勝利への道筋。方程式。それを掴んだ僕は不敵に笑う。


……無理だっ!!

毛先が普段より鋭いとか、気付けという方が無理がある!!

両手に希望を、瞳に決意を込めながら僕は言った。


「……一口に恋人の会話って言ってもさ、細かい設定も必要だと思うんだ」


「そうかしら?」


やはり疑問が消えない様子の冷蔵子さん。

しかしここで退くわけにはいかない。

退けば、死、あるのみ。

瀬戸際に立つ僕は、駆け抜けるように言葉を並び立てた。


「そうに決まってる! 考えてもみなよ? 真面目な会話って言うけどさ、付き合ってすぐと、付き合って一年じゃ関係性も変わると思うよ? だよね? そうだよね? 原点に戻って今すぐ色々と設定を考えるべきだと思うよ。会話ってのは積み重ねだしさ、いきなりはいドン! って事にもならないと思うんだっ!」


ふーむと考え込む仕草を見せた後。

冷蔵子さんは極上の微笑を浮かべた。

そして小鳥の囀りのように軽やかに。

そっと僕へと告げた。


「面倒。」


「えっ……? めん……どう?」


「そうよ。いちいち貴方と下らない設定を考えているより、ちゃっちゃと数をこなした方が早いわ」


トライ・アンド・エラーのその考え方は非常にマズかった。

何故なら、トライするたびに先輩のハリセンが火を吹くからだ。


どちらかと言えば、サーチ・アンド・デスからサーチ部分を除いたような所業である。

つまりデス。忍び寄る死の気配から逃れるように僕は叫んだ。


「いやいやいや、マズイんだって! 数をこなすごとに僕の頭蓋骨がヤバイんだよ!」


「まーたそうやって不真面目な事をいうのね」


冷蔵子さんは呆れたように言った。

僕の言葉に耳を貸す気は無いらしい。

くいっと先輩を指差しながら僕に告げる。


「先輩さんも準備万端なんだから」


彼女が指差す先では、先輩がハリセンの振り方を練習していた。

ハリセンを振っては、腰の捻りや手首の返しを確認している。


よっしゃ、と短く呟いたかと思うと、練習の成果を試すかのようにハリセンを振った。

縦に振り下ろされたハリセンが机に当たる。

その瞬間、バキッ、っと鈍い音が響く。

……水平であるべき机の天板が、何故か斜めに傾いで見えた。


誰も一言も言葉を発さなかった。

恐らく折れたであろう木製の天板を目前にして。

僕と冷蔵子さんは、ただただ先輩の後姿を見守っている。


先輩も無言だった。

何も言わないまま、半ばまで折れた天板に手をかける。

そのままググっと持ち上げて、角度を水平に戻した。


どうやら机は綺麗に割れていたのだろう。

割れ目を合わせただけで、割れた部分はくっ付いたようだ。

外観だけは元に戻ったように見えるそれを見下ろしながら、先輩はポツリと呟いた。


「私は何もしてないよ? でもね、きっと次に使われた時くらいに、この机の耐久性は寿命を迎えると思うんだ」


「先輩、今さっき机を折りましたよね」


「ふふ。私には少年が何を言っているのか分からないな……?」


机を破壊した事実を、完全に隠蔽しようとしてるな……。

すっとぼけようとする先輩に、僕は淡々とした口調で言った。


「接着剤でくっつけて時間を稼ぎましょうよ。あの時のように」


「おお! それなら次の次の次くらいまで寿命が延びそうだね!」


「あなた達、普段から何をやっているのよ?」


胡乱な目を向けてくる冷蔵庫さん。

そんな彼女を尻目に、僕と先輩は手慣れた会話を続けた。


「少年、接着剤はどこー?」


「ポケットの中に持ってるんですけど……手が出せません」


「全くもう、手がかかるんだから!」


「僕を縛ったのって先輩達ですよね!?」


さすがに理不尽すぎるよ!?

僕と先輩がギャアギャアやり合っていると、部屋のドアが開けられた。


「こんにちわ、かな? ってあれ? 君、なんで縛られてるの?」


そこに立っていたのは風の王と名乗る少女だった。

本名はまだ知らないが、僕の部下らしい。

フランクな上下関係だなぁ……しみじみとそう思う。


「やっほー、こんにちわー。っで、誰?」


「彼のサークル仲間らしいわ。ほら、王とか呼び合っているっていう」


「王!? うぷぷ、王族サークルなんだ……!」


冷蔵子さんから風の王についての説明を受けた先輩は、身を屈めて笑いを堪えた。

震える口先から、搾り出すように言う。


「あ、あなたは何王さんなの……?」


ぷるぷると体を震わせながら訊く先輩に、風の王はキリリとした表情で返事を返す。


「ワタシは風の王。初めまして、かな? どうぞよろしく」


その態度はまさに威風堂々としたものだった。

恥も照れも無く風の王を自称する彼女に、先輩の体の震えがピタリと止まる。

ギギギと首を動かして冷蔵子さんを見ると、ごにょごにょと呟き出す。


「ねえ? もしかしてツッコんじゃいけない人なのかなぁ?」


「その可能性は大ね」


思索に耽る二人を無視するように、風の王は僕へと近付いて来た。

いつもと同じ小悪魔めいた微笑を浮かべながら。

イスに縛られた僕を見下ろすと、悠然とした口調で言った。


「キミ、そういう趣味?」


「うん。」


「……………………」


「あっ!? ジョークだよ!? マジに受け取らないでよっ!!」


心底嫌そうな顔をする風の王に、僕は慌てて叫んだ。

手早く今の流れを説明する。


話を聞き終えた彼女は、心底呆れ果てた目で僕を見た。

だがそんな態度に怯む僕では無い。

最近の経験により、冷たい視線で見られる事に慣れつつあるのだ。

何だか知らないけど……涙が出そうだった。


「あーあ、ハリセンも壊れちゃったよ」


「あら、本当ね。これはもう使い物にならないわ」


先輩と冷蔵子さんの声。

どうやら先輩の一撃にハリセンは耐えられなかったようだ。


今だ!


荒天の中、一瞬見せた晴れ間のようなチャンスに。

僕はこのふざけたデスゲームを終わらせる為に声を張り上げた。


「それなら終りにしましょうよ! ほらっ、ハリセン壊れちゃったみたいだし!」


僕の言葉を聞いた二人は、うーむと考え込む。

いける! ここで押し切れば生還だ!


人生何度目かのピンチが今、切り抜けられようとしていた。

恐怖とスリルの間を駆け抜けるように。

早打つ鼓動は、まるで勝利へのカウントダウンだった。


ジワリと流れる汗を手に。

デスゲームの終りを、息を潜めてただジッと待つ。

そんな僕の耳に、風の王の声が響いた。


「あ、はーい! ワタシに提案があります、かな?」


何故だろうか?

その時、僕は確かに見た。


たち込める暗雲。轟く雷鳴。

そして、不吉な妖しさに彩られた風の王の横顔。

ごくりと息を飲む僕の前で。

何かが――とても良くない何かが、始まろうとしていた。





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