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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
104/213

104日目 夢Ⅱ

意味があるのかどうか分からない所がミソです。



そこは白い世界だった。

僕は古いコンクリートの建物を背に、街角に立っている。

建物がそうであるように、街路も道路も重ねた月日により風化が激しい。


冷たく白濁した大気が、視界を遮る。


僕の正面にはビルやら家屋などは無く大きく開けているようだったが、視界が白く染められてその先に何があるかは分からなかった。

見えない道の果て。それでも直感が伝える。

この先にはきっと海がある。


無慈悲に体温を奪っていく冷たい空気。凍てつく大気。

僕は寒さから逃れるようにコートの襟を寄せた。

ふと気になってコートの袖口を見る。

痛んだ黒の色が見えた。僕は真っ黒なコートを着ているようだ。


背を預けているコンクリートの壁は、白く褪せて虚しい。

ひび割れ、もはや朽ちていくだけの壁を眺めて。

吐息は白く煙り、寂寞な大気の中に溶けて消えた。


一体此処はどこだろう?

僕がそう疑問に思った瞬間、耳元で声が響いた。




「これは、夢さ」




バッと音の方を振り返る。

しかしそこには誰も居なかった。

誰の姿も見えない。空虚な街路だけがどこまでも伸びていた。


街角に等間隔で置かれた街灯は、遠くなるほど遠近法に従って次第に見えなくなる。

温度の無い風に身を切られながら。

僕は朽ち行く街の中に、声の主を探した。


ふいにオレンジの灯が見えた。

それは視界の先にある小さな建物の窓から漏れ出ている。

光に誘われるように足を進めて行く。


そっと窓から室内を覗く。

粗末なテーブルと立ち並ぶイス。

テーブルの中央には三本立ての燭台が置かれていた。


六つあるイスには僕と同年代くらいの子供が座っている。

簡素な集会場のようなそこに、僕は見知った顔を見つけた。


「大阪さん……?」


大阪さんは白いローブを着ていた。

粗末な部屋と似た粗末なローブを着て。

テーブルにかける子供達の前に立ち、何やら説明しているようだ。


(何やってんだあの人?)


またバカな事をやってるんだろうか?

そう考えた僕の真後ろから、誰かが囁くのが聞こえた。


「繰り返しているのさ」


振り返ると、そこには僕が立っていた。

黒いコートを羽織りながら。

微笑を浮かべてはいるが、目は笑っていない。


ああそうか、これは夢か。

僕は静かに納得していた。

自分に良く似た人物と言えば、都市伝説で言う所のドッペルゲンガーだろう。

そんな存在が居るはず無いので、これは夢に間違い無かった。


「人は繰り返している。ただ同じ環の中を巡っている。成長も発展も、進化も無い。変わらない。変わらないまま時を過ごしている」


僕のドッペルゲンガーが愉快そうに言う。

見ろよ、と短く呟き、部屋の中にいる大阪さんを指した。


「彼も繰り返している。何が楽しいのか、今も救いを説いているのさ。聖人ってのは、いつの時代も変わらない」


「聖人? 大阪さんが?」


思わず聞き返した僕に、ドッペルゲンガーは皮肉げに笑う。

そして薄く唇を吊り上げながら言った。


「難波の聖者さ」


ああ、それなら問題ない。

一気にパチモノ臭くなった大阪さんに安心を覚える。

肩を撫で下ろす僕に、ドッペルゲンガーは話を続けた。


「無駄なのにね。いくら救いを説いたって、人は繰り返すだけだから。鳥が鳥であるように、魚が魚であるように。人間はいつまで経っても人間さ。今まで救いを求めて得られなかったというのなら、これからも得られないままだろうね」


随分悲観的だね、と僕が指摘すると、ドッペルゲンガーはいよいよ愉快そうに笑った。


「当たり前の事で悲観する方がバカなのさ。人が鳥のように飛べないからって絶望するかい? 戦争は止まらない。人は人を殺し、憎み、姦淫し、愛はいつまでも掴めない。それが当たり前の人間で、現実を受け入れられない方がどうかしてる」


悪い所ばかりあげつらうのが悲観的なんだよ。

現に僕らは平和を享受しているじゃないか?

僕はそんな言葉をドッペルゲンガーに返した。


「いずれ争う。人間は今までずっと争ってきた。ならこれからも争うのが道理だろう? 人が人である限り、当たり前のように繰り返す。それが現実で、押し流されるように生きるしか無い」


にべも無くそう語ると、ドッペルゲンガーは何かを諦めたように笑う。

そして最後に思い出したかの様に言葉を続けた。


「お前も繰り返している。そうだろう? 天使にはもう会ったみたいだしね」


突然意味不明な事を語りだすドッペルゲンガー。

目をパチクリする僕に、無言で左手を差し出してくる。

握り締めていた拳が開かれ、そこには鍵があった。


真鍮製の鍵を僕に手渡しながら。

ドッペルゲンガーは寂しく笑った。


「ソロモン王の小鍵だ。お前の意識の中にのみ存在し、あとは消えるだけの鍵。それで彼女に会いに行くといい」


そう言い残すと、ドッペルゲンガーは僕に背を向けて歩き出す。

おいどこに行くんだよ、と訊くと彼は力無く呟いた。


「その鍵を使えるのはお前だけだ。魂は流転し、人格は無数にある。それでも、今はお前の番だからな」


分かるような分からないようなセリフを言い残すと、ドッペルゲンガーは白い世界の奥に消えて行く。

後に残された僕は、どこの部屋の物とも知れぬ鍵を片手にして棒立ちになる。


「彼女って誰だよ?」


思わずそう呟くが、僕の疑問に答える人は誰も居なかった。

ドッペルゲンガーが去り、白く煙る世界は元の静寂へと戻る。


街角には誰の姿も見えない。

大阪さんの居た部屋を窓から覗くと、灯りはすでに消えていた。

集まっていた人の姿も消えてしまい、思わず溜息を吐く。


「どうなってんだよ一体……」


まあ夢なんてこんな物か。

僕は手にした鍵を握り締め、手当たり次第にドアを開く事にした。




白く褪せた、古びたコンクリートのアパート。

薄暗い廊下がどこまでも続き、ひび割れた床を踏みしめて僕は進んだ。


褪せた緑色の鉄製のドアが立ち並んでいる。

そこに渡された鍵を差し込んだ。

ガチャン、と小さく軋んだ音を上げならがドアが開き、僕は部屋の中から差し込んでくる光に目を細めた。


そこは何時か行った喫茶店だった。

外から差し込む光に照らされているテーブルや柱。

あらゆる物が光を反射して、室内は真っ白に染まっている。


赤い皮が張られたイス。アンティークの柱時計。

お客どころかマスターの姿さえ見えない。

見る者も居ない部屋に、ひっそりと佇む模型の船。

精巧に作られたそれは、より一層虚しく見えた。


どうもここでは無いらしい。

ドアを閉めると、僕は違うドアへと向かった。


次のドアを開けると、そこは夏の並木道だった。

その次のドアを開けると、桜の花びらが空一杯に広がっていた。

学校の屋上。公園の展望台。いつか見た線路。

扉は僕の記憶をなぞるように様々な所へと通じた。


いつしかそんな景色の中に、見た事の無い風景が混じり始めた。

厳しい日差しを木陰で避ける農夫。

寒さと飢えで、石畳の上で死んでいく子供。

花冠の花嫁。オレンジ色の夕日。青い虚空を見上げる幼子。


それは世界の断片だった。

鍵はドアを開け、その先はこの星の記憶に繋がっていた。


次々にドアを開けていく。

広々とした荒地。金属の海。凍りついた大地。

空の無い世界。黒く浮かぶ宙には無数の星が輝いて見えた。

地球からの光景では無い。宇宙。そこに浮かぶ無数の星々の記憶だった。


時の中を回遊するように。

僕はいつしか海へと続く扉を探していた。


海へ、海へ、海へ――。


深い深い青い星を思い出しながら、僕は進む。

勢い付いてドアを開ける。

そこは、ドッペルゲンガーと共に覗いた集会場だった。


部屋の中を見渡すと、やはり人影は見えない。

誰も座る者のいないイスが虚しく鎮座して並ぶ。


「来たか、坊主。」


いつから居たのか、僕の目の前には大阪さんが立っていた。

粗末なローブに身を包んだ彼は、そんな姿で無ければ露天で叩き売りしている方が似合いではある。

イカサマみたいに聖者を装いながら、誰もいない部屋の中、僕に向かって言った。


「行くんか? ……また失うだけやで? それでも坊主はええんか?」


意外な事に、大阪さんは僕を気遣っているような気配だった。

彼の言っている言葉の意味は良く分からない。

それでも何故か。

僕は戸惑う事無く答えていた。


「失うことは辛いです。でも僕は、彼女に逢いたいから――、」


どこか苦く、そして甘い想い。切なく響く余韻を感じながら僕は言う。


「たとえ運命を繰り返すだけだとしても。何も変わらないとしても、鳥が空に憧れるように――僕もきっと、彼女に憧れ続けるんだと。そう、僕はきっと探し続けるでしょう」


僕の言葉を聞き終えた大阪さんは、小さく微笑んだ。

どこか年老いて見える笑みを見せながら、大阪さんは確認するように訊いてきた。


「坊主。鍵は持っとるか?」


「鍵? 鍵ってこれの事ですか?」


ドッペルゲンガーから渡された真鍮製の鍵を掲げる。

掲げられた鍵を眺めて、大阪さんは言った。


「時間はまだあるはずや。ソロモンの鍵はお前が預かっとけ」


「早いか遅いかの違いだと思うけどね」


いつの間に湧いたのだろうか、部屋の中には僕のドッペルゲンガーが立っていた。

大阪さんから指示されるままに、ドッペルゲンガーは僕が掲げていた鍵を手にする。


「いつかまた来る時に。」


挨拶のように告げると、ドッペルゲンガーはそのまま霧のように消えて行った。

大阪さんは無言のままテーブルの燭台に近付くと、三本の蝋燭にそれぞれ火を灯した。


「世の中は何にも変えられへんかもしれんけどな、こうやって火を灯す事は出来るんや」


誰にでも出来る事を偉そうに語る大阪さん。

……何言ってんだろうこの人?

温かなオレンジの灯を見つめた後、大阪さんは僕を振り向いた。

燭台の灯に微かに照らされる部屋の中は、優しい色に彩られている。


「それが何だって言うんですか?」


僕がそう訊くと、大阪さんは相好を崩した。

似合わない白のローブを揺らしながら笑う。


「せやな。だけど忘れたらアカンで? 幸せを感じる事は意外と簡単なんや。難しゅう考えんと、心のままに幸せを感じたらええ。人はパンのみにて生きるにあらず、や。心の温かさが必要なんやで。こんな小さな光でも、坊主が望むなら――おっと、そろそろ夜明けやな」




夢から覚めると、そこは見慣れたベッドだった。

どうにも変な夢を見るなぁと思いながら、僕は眠気覚ましに背伸びをした。





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