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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
103/213

103日目 嘘つきとプロポーズ




「さすがに冗談よね?」


冷蔵子さんは怒気を孕んだ声音で言った。

僕が彼女にプロポーズした結果がこれである。


しかし僕は本気だった。

本気で彼女を騙す。そう決意していた。

そう、これは勝利を勝ち取るための布石。

だから僕は、怯む事なく言う。


「ま、確かにライスシャワーは冗談だけどさ」


「そこじゃないわよ!? いやそこもだけれど!?」


声を張り上げる冷蔵子さん。

彼女にしては妙に冷静さを失っている。

いやまあ僕のせいなんだけどさぁ。

内心でとぼけながら、僕は言葉を続けた。


「僕は真面目に生きたいんだ……!」


「それは分かったわよ。それで、それが何で結婚になるのよ?」


問い返してくる冷蔵子さんに、僕は少し声のトーンを落とした。


「実を言うと、僕の両親は不仲でね」


中々にヘビーな話題である。

これも冗談なら良かったんだけど、現実は時に過酷だ。

さすがに押し黙る冷蔵子さんを前にして、僕は溜息を吐いた。


「だからかな。僕はいつもふざけて両親を笑わせようとしてたんだ。その内にね、真面目に生きるって事が良く分からなくなっちゃった」


僕の視線はいつの間にか冷蔵子さんから離れていた。

彼女の肩から手を離して窓の外に広がる空を眺める。

別にそうする必要なんてどこにも無かった。

ただ何となくの寂しさ。それが僕にそうさせたのかもしれい。




僕の父と母は喧嘩が絶えなかった。

その原因は父には無かった。

母にも無かった。

そう、原因は――ジイちゃんだったのだ。


父とジイちゃんは骨肉の争いを繰り広げていた。

それはもう、子供の僕から見ても「うわあオトナゲねえ」と思わず呟いてしまうくらいだ。


あれはそう、家族揃って温泉旅行に行った時だった。

今では考えられないが、その頃はまだジイちゃんも家族旅行のメンバーに入っていた。

父は渋っただろうが、恐らく母が押し切ったのだろう。

そんな母の願いがこもった家族団らんの旅行の中。やはりジイちゃんが問題を起こした。


ひなびた温泉街の街路。

温泉饅頭やら謎の骨董品などが売られるそこを僕ら一家は歩いていた。

ちょうど小雨が上がり、小路の石畳は薄っすらと青味を帯びている。

そんな雨上がりの路地の風情が売りの一つであるらしかったが、それが災いした。


傘を畳んだジイちゃんは、それを逆手に持つとゴルフのスイングを始めたのだ。

止めろと制止する父を振り切って、ついでに傘も振り切った。

傘の柄の部分が小石にヒットする。


綺麗な放物線を描いて飛んで行く石。

それはさながら雨上がりの虹の如くアーチを刻んだ。

その石が、露天で売られていた謎の骨董品を粉砕する。


切ない音を響かせて粉々になる極彩色の皿。

その散り行く様も、虹のように輝いていた。


引き攣る父の頬。

真っ青になる骨董屋の店主の顔。

あんぐりと口を開ける母。

そしてジイちゃんは短く呟いた。


「……ホールインワンじゃのう。ほっほっ」


僕は今でもその一言を忘れる事が出来ないでいる。




そんなロクデモ無いジイちゃんでも、母は許した。

菩薩のような性格の母は、父とジイちゃんが仲良くなる事を願ったのだ。

しかし父はジイちゃんを毛嫌いしており、ことあるごとに母と対立した。

これが僕の両親の不仲の原因だった。


……いやよそう。

今は関係無い話だ。

気持ちを切り替えると、視線を冷蔵子さんへと向ける。


「友達にもね? 偽のラブレターを贈ったり、そういうイタズラでしか気持ちを表現できないんだ。友情をさ、そういう風にしか伝える事が出来ないでいる」


深刻な声を作って言う。

が、当然これは嘘である。

どこの世界に、友情をラブレタードッキリでしか表現できない人がいると言うのか?

それは完全に僕の趣味の世界。ライフワーク。長ソバくん相手だからいいか、の精神である。


しかし僕は、さももっともらしく言った。

心の欠落を吐露するように。

欠落に嘆く悲劇を装いながら。

舞台上に立つオールバックの俳優をイメージしながら言葉を紡ぐ。


「そう。僕は、人と上手く関係を築けないんだ。真面目に言葉を交わすことが出来ないから。……バカなんだろうね」


そう呟いて、僕は寂しく笑いながら冷蔵子さんを見つめた。

果たして彼女が何を想ったのか?

分からないままに、ゆっくりとその桜色の唇が開くのを見守った。


「……貴方が、私と結婚したいと言ったのはどういう意味?」


やや抑えた声音で彼女が言う。

そこには僕の真意を探ろうという色があった。

切なく微笑みながら、僕は彼女に告げた。


「結婚って言うのは冗談だよ。本当は付き合ってもらいたかったんだ。いや、付き合うという言い方はちょっと違うんだけどね。リハビリに付き合ってもらいたかったんだ」


「リハビリ?」


オウム返しに聞き返してくる冷蔵子さん。

ここからが勝負だ。僕は密かに瞳をぎらつかせた。


「そう、リハビリ。真面目な会話の第一歩。君に注意されながら言葉を交わせば、僕も少しはまともになれるかもしれない」


「そう……。でもそれは、今のままでも出来るんじゃないかしら?」


「無理だよ。言っただろう? 友情も真面目に表現できないって。何かが根本的に欠けてるのさ、僕には。だから、藁にも縋る思いで色んな人間関係を試してみたいんだ」


「色んな関係……その一つが、私と付き合うという事?」


「そうだね。別に本当に付き合おうって訳じゃ無い。ただ恋人らしい振る舞いってやつを覚えてみたいんだ。そうやって色々と積み重ねて行って、いつかは――、」


寂しさを浮かべた表情はそのままに。

冷蔵子さんの青く透明な瞳を見つめて言った。



「いつかは、人間らしく振る舞えるようになるだろうからさ」



僕の心の吐露を聞いた冷蔵子さん。

その目は僕を労わる物へと変わっていた。

恐らく彼女の中の僕は、幼児期からのトラウマにより精神に傷を負った少年になっているだろう。


ノリと勢いだけでこんなセリフを言える自分に正直びっくりだ。

もしかしたらオスカー賞を狙えるかもしれない。

心の中で、幻の観客から拍手喝采を浴びながら。

僕の嘘を信じる彼女に、少しだけ心が痛んだ。


そもそも僕は、何でこんなに必死になって彼女を騙そうとしているんだろうか?

そうだ、外天だ。

外天と名乗るヤバイ女の子が、冷蔵子さんにヤキを入れると言ったのだった。


げに恐ろしきは女の嫉妬。

賢者くんという少年に想いを寄せる外天は、その賢者くんから好意を寄せられる冷蔵子さんに嫉妬し、顔を木刀で変形してやるとか何とか宣言した。


シリアルキラーのような性格をした外天なら本当にやりかねない。

そう考えて、冷蔵子さんが賢者くん以外の男子と付き合えば、外天の攻撃対象から外れるんじゃ無いかと考えたんだけど……。



そもそも、冷蔵子さんに好きな人が居たら?

偽装恋人なんて、最初からしなくても良いんじゃないだろうか?



今さらになって気付き、ダラダラと嫌な汗を流す。

ヤバイ。こんな方法しか思いつかなかったからって、どうして僕は全力を賭けてしまったのか?

しかし時は戻らない。ただ過ぎ行くだけである。

走り出してしまった僕は、もはや走りきるしか道は残されていなかった。


心にトラウマを背負った少年として彼女の前に立つしか無い。

思わずビクビクしながら冷蔵子さんの顔を窺い見た。

うわあ。すごい優しい目になってる。まるで天使だ。


僕の嘘を信じたであろう冷蔵子さん。

その目は慈悲深い物になっていた。

さながら白衣の天使のような微笑を僕へ向けた。


「そう……。そういう事だったのね」


「いや、あの、」


思わず「嘘だぴょーん」と言いかけた僕の言葉を遮って。

彼女は真摯な瞳で僕を見つめた。


「分かったわ。恋人のフリ、してあげる」


拳をグッと握り締めると、決意を込めるように。

冷蔵子さんはバレーボール部の熱血コーチのように宣言した。


「私があなたのサリヴァン先生よ! 真人間に更生してあげるわ!」


そんな彼女を前にして、僕は押し黙るしか無かった。

言えない……!

今さら、嘘だぴょーんとか言えない……!


吐いてしまった嘘に今さらながらに後悔を覚える。

そんな僕の脳裏には、瀬戸物の皿にホールインワンを決めたジイちゃんの顔が浮かんでいた。





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