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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
102/213

102日目 生まれた意味



「ぐぬぬ……! 鉄ゲタレースはどうしてもダメか……!」


「当たり前でしょ、足が痛くなりそうだもの」


前略。

冷蔵子さんに鉄ゲタレースを断られました。完。


あっさりと断られてしまった僕は、拳を握り締めた。

くそう、もう少し考えてもいいじゃないか!

コンマ五秒で断られた僕の気持ちも考えてよ!


憤ってみるが、冷蔵子さんは冷たい瞳を返すばかりだ。

絶対零度の女である彼女の碧眼に見つめられながら、僕は悔しさを噛み締めていた。


「それよりも、もっと大事なことがあるでしょう?」


「大事なこと?」


どこか真剣な表情で言う冷蔵子さん。

僕はこんな時だと言うのに、睫も金色なんだなーなんて事を考えていた。


「その……私と付き合うとか何とか……」


ぼそぼそと、語尾が小さくなりながら。

伏し目がちに呟く冷蔵子さんに対して、僕はあっさりと言った。


「ああ、その事か。今日からよろしく」


「軽いっ!? 随分軽くないかしら!?」


驚愕に歪む彼女を前にして。

ぶっちゃけ僕はもう、半分くらいどうでも良くなっていた。

時の流れに押し流されながら。

惰性で押し切ろう。それしか考えていなかった。



「大体、私は貴方と付き合う気は無いわよ!」



だから冷蔵子さんがそう言った時も、戸惑いは無かった。

白を黒に変える覚悟は出来ているのだ。不退転。今さら、迷いなど無い。

とりあえず、後の事は僕と彼女の偽装恋人を成立させてから考えよう。

決意を胸に秘め、口を開いた。


「話は変わるけどさ、君はヘレン・ケラーって知ってるかな?」


「はぁ!? 今はそういう話じゃ――、」


「あれ? 知らないの?」


「知ってるわよ! 常識じゃない!」


口八丁手八丁。

冷蔵子さんを上手く乗せる事が出来た僕は、密かにほくそ笑んだ。




「ヘレン・ケラーは三重苦の人よ。生まれつき視覚、聴覚が不自由なのを、努力で克服した偉人だわ」


雪解けの清流のようにすらすらと答える冷蔵子さん。

彼女の説明に満足しながら、僕は大きく肯いた。


「良い話だね。生まれつき背負った物に絶望せず、克服する。見習いたいもんだ」


「確かに良い話だけれど……なんで急にヘレン・ケラーなのよ?」


理解に苦しむ、という表情で尋ねてくる冷蔵子さん。

そんな彼女に「まあちょっと聞いてよ」と僕は返した。


「僕らも大なり小なり、何かを背負って生まれて来たとは思わないかな?」


「…………そうね。」


妙に深刻に受け止める彼女。

少し気になったが、今はそれどころじゃない。僕は静かに言葉を続けた。


「僕のイトコはね、()(よく)の鳥に憧れるって言ってた。生まれつき片方の翼しか持たない鳥」


「お互いがいないと飛べない鳥ね。つがいが一つにならないと生きていけない関係」


「僕はこの話しが嫌いだ」


「あら? 何でかしら?」


本気で不思議そうに訊き返してくる冷蔵子さん。

思わず「鳥が嫌いだから」なんてボケを入れてしまいそうになるのを我慢する。


「もしもさ。片方が途中で飛べなくなったら、パートナーも一緒に落ちちゃうでしょ?  そういう関係は嫌なんだ。僕だったら相手を道連れにしようとは思わない」


「……相手は、最後まで一緒に居たいと願うかもしれないわ」


「そもそもさ、」


深い青の瞳を向けて来る冷蔵子さん。

そのセリフを遮るようにして言った。


「二人で飛ぼうってのが無理がある話なんだ。片方しか翼が無いなら、飛ぼうなんて考えず、地面の上で暮らせば良い」


「それはどうかしら?」


厳しい視線で射抜かれ、僕は思わず呼吸を止める。

氷雪のように深々と。冷蔵子さんは咎めるような口調で言う。


「あなたに鳥の幸せを決める事が出来るかしら。たとえ片翼しなかくても、鳥は鳥らしく生きる事を望むのでは無いかしら?」


「……なるほど、そうかもしれないね。君の言う通りだ」


他人の幸せを決める事など出来ない。

路傍で果てた孤独な哲学者もいれば、金塊を抱えて逝く商人もあるだろう。


他人から自分の幸せを指図されるのは余計なお世話とも言える。

しかし僕は、そんな不合理な感情のまま冷蔵子さんに相対した。

恋人を偽装するなんて、間違ったやり方かもしれない。


それでも、そんな方法しか思いつかなかったから。

かつて触れた、冷蔵子さんの頬の柔らかさ。

それを心の何処かで思いながら。

僕はささやかなる友情を信じながら、詭弁を続けた。


「鳥は鳥らしく。人間は人間らしく、か。じゃあさ、人間らしい幸せって何だろう?」


「人間らしい幸せねぇ……」


ぶつぶつと呟きながら考え込む冷蔵子さんに、僕は即座に言った。


「ありきたりだけどさ。夫婦になって家を持って、子供を育てて。そんなのが人間らしい幸せだと思うんだ」


「まあ、そうね。それが一般的ね」


「だけど僕にはそれが出来ないんだ」


「?」


ハテナ顔で僕を見る冷蔵子さんに、僕は苦笑するように微笑を返した。

自らの秘密を吐露するように。

生まれ持った定めを告白するために、瞳を真剣な物にする。

そんな気配の変化に気付いたのか、冷蔵子さんは息を飲むようにして僕を見つめた。


「ヘレン・ケラーと同じさ。僕も生まれつき、欠落を抱えてる」


「あなた、一体何を」


「僕は、」


盛大な懺悔をする時に似た、躊躇い。

それを表現するかのように。僕は一拍置いた後、一息に語った。


「僕は生まれつき、真面目に生きられないんだ……!」



…………………………………………。



静寂が僕らを包む。

その静謐に蹴りを入れる準備のごとく、冷蔵庫さんは呆れ顔を作った。

様々な感情が彼女の中を駆け巡った事だろう。

その複雑な思いを短い言葉に込めて。彼女は溜息を吐くように言った。


「……自分で言ってて悲しくならないのかしら? バカなの?」


「そうさ! 僕はバカだよ! 由緒正しき血統書付きの、先祖代々のバカさ!」


僕は一気に捲し立てた。

バカ。その二文字こそ、僕が彼女に言わせたかった言葉だ。

あえて自慢するように、いやむしろ自分から誇るようにしてバカを強調する。

彼女の両肩を掴んで、唾を飛ばすようにして叫ぶ。


「君は言ったね!? バカな僕を更生すると!」


「え、ええ。まあ」


勢いに押されて目を白黒させる冷蔵子さん。

僕はむしろ、彼女の混乱を助長させるように言葉を並び立てた。


「更生ってのは真面目に生きる事だよね!? 真面目に生きるって事は、奥さんをもらって子供を立派に育てる事に相違無いね!?」


「うええ……? まあ、間違ってはいないと思うけれど」


「じゃあ結婚しようか」


「はぁ!?」


「人間らしく、真面目に生きて行きたいんだ……!」


「それが何で結婚になるのよ!?」


何で結婚になるのか? それは僕も知らない。

しかし僕の覚悟は決まっていたし、もはや止まる訳にはいかなかった。


「君は僕を更生すると言ったよね!? ならば結婚するしかないじゃないか!」


「意味が分からないわよっ!」


勢いで押す。もはやそれしか手段は無かった。

同時に、ふと以前に冷蔵子さんが言ったセリフを思い出す。

最後にそれを付け足すようにして言った。


「ああそう言えば、君はこうも言ったよね。僕がジジイになっても、ずっと隣で諌めてくれるって。そんな関係を築くにはもう、僕らが結婚するしか無いんじゃないのかな?」


「……………………。」


意外にもその一言が効いたのか、冷蔵子さんは押し黙った。

僕を凄い形相で睨みつけ、その頬は紅潮している。

恐らくは怒り狂っているのだろう。


だが僕は止まれない。まるで玉砕せんが如く突き進んでいく。

冷蔵子さんの細い肩を、両手でがっしり押さえたまま言う。


「そうと決まればさっそく祝福を挙げよう」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


「式はまだ出来ないから、とりあえずライスシャワーだけでもやろうか?」 


「お米を無駄にしないのっ!!」


ぜーはーと息を荒くする冷蔵子さん。

彼女を守るための偽装恋人計画。

それを達成するための舌戦は、まだ始まったばかりだった。





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