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ゴリラ先輩ラーメン子  作者: 彩女好き
乙女のワルツ編
101/213

101日目 僕の選択



人は選択する生き物である。

星の数ほどある選択支。

その中から、僕らはたった一つの行動を選び出す。


選ばなければいけない事は様々だ。

それは自分の生き方かもしれないし、ふとした時に訪れた喫茶店で、最初に頼むメニューかもしれない。


ロシアの科学者、ヴァレンティンは拷問に耐えかねて仲間を売ったという。

ヴァレンティンに売られたセルゲイは、顎を折られても決して仲間を裏切らなかった。

善悪は別にしろ、彼らは選択を迫られ、そして決断したのだ。


そんなロシアの科学者達の人生に思いを馳せながら。

僕もまた決断を迫られていたのだった。




「それで、折られたいのはどの指かしら?」


「ははっ。君はおかしな事を聞くね? 指を折られたい人が居るわけないじゃないか」


まるで腕相撲するような体勢で。

冷蔵子さんが、僕の右手の人差し指を握り締める。


白く滑らかな彼女の指に包まれるのは、感触としては悪く無いものだった。

そうだ。きっと悪い事じゃ無い。僕は自分に言い聞かせながら言葉を続けた。


「別に、ずっとって訳じゃ無いさ。ほとぼりが冷めるまでだよ」


目の前の冷蔵子さんにそう答えながら、僕は拷問の歴史を思う。

ヴァレンティンは政治犯として仲間を売ったが、彼自身が本当に政治犯だったかどうかは怪しい。

ましてや、彼が売った相手であるセルゲイも。


拷問は白を黒に変える。

そこで求められるのは真実では無く、尋問官の欲しい答えである。


政治犯として囚われたヴァレンティン。

彼自身も仲間の密告で囚われ、身に覚えの無い事で拷問にかけられた。

そして仲間を売った。


こうして考えてみれば、拷問とは実に非合理である。

女神の如き処刑人を前にして。

僕とロシアの科学者との間には、一つの違いがあった。

彼らとは違い、僕は自らの意思で非合理の中へと飛び込んだのだ。


だからこそ、白を黒に変える覚悟は出来ていた。

薄っすらと微笑みすら浮かべながら。

静かにキレている冷蔵子さんに向かって言った。


「そう、少しの間だよ。だから協力して欲しい。僕と君が恋人のフリをするのを」


「言っている意味が分からないんだけれど?」


「そいつはこれから説明するさ」


笑顔で青筋を立てる冷蔵子さん。

ゆっくりと力が込められて行く彼女の手を見つめながら。

果たして僕の決断は正しかったのだろうか?

ダラダラと脂汗をかきながら、そんな事を思った。







事の始まりはこうだ。

冷蔵子さんの事を好きな男子が居て、その男子の事を好きな女子がいる。

その女子の名前は()(てん)。本名はまだ知らない。


どこにでも転がっているラブストーリーだが、たった一つだけ普通と違う事があった。

そう、外天さんはサイコな女子だったのです。


外天は冷蔵子さんをボコボコにする気らしい。

女性の嫉妬は男よりも女に向けられるというが、何とも言えない物がある。

それに何より、冷蔵子さんにとってはとばっちりも良い所だろう。

ささやかな友情の下、僕は事態の解決に動いていた。




「つまり、相手が怒る理由を奪ってしまえばいいんだ」


「話は分かったわ」


僕の説明に冷蔵子さんが肯き返す。

そう、僕は考えた。どうやって冷蔵子さんを守るべきか?


一時は外天とガチで()り合う事も頭に浮かべた。

しかしそれはあまりに悲惨。もっと穏やかな方法があるはずだ。


そこで僕は外天の事について思慮を巡らす。

果たして彼女を止めるにはどうしたら良いか?

僕が出した答えは、冷蔵子さんが他の誰かと付き合う事だった。


ようするに、外天は嫉妬しているのだ。

賢者くんと冷蔵子さんがどうにかなるのでは無いか、そんな事を考えて。

外天の嫉妬を逸らす為に、賢者くんの興味を冷蔵子さんから外す必要がある。

嘘でも何でもいいから、冷蔵子さんが賢者くん以外の男子と付き合えば良いのだ。


以上が僕の導き出したベターな解決方法だ。

話を聞き終わった冷蔵子さんは、相変わらず僕の人差し指を握り締めながら言った。


「その外天とか言う変な女に襲われない様にするために、あなたと偽装の恋人になればいい、って事ね?」


「その通りさ」


鷹揚に肯き返す僕。

そんな僕に、彼女は微笑み返してくる。


「それじゃあ仕方無いわね……なんて言うと思ったかしら?」


「えっ?」


僕は驚きの声を上げた。

しかしそんな事は構わないとでも言うかのように、冷蔵子さんは淡々と言葉を続けた。


「何でわざわざそんな事しないといけないのよ? 第一、私は別に告白を受けたわけでも何でも無いのよ?」


「そ、それはそうだけど、」


「それに、その外天って言う名前は何? ふざけてるのかしら?」


「彼女達のネーミングセンスまでは責任取れないよ!?」


ふざけた名前と言われても僕も困る!

何故ならそれは、僕のせいじゃないからです!

お門違いな罵倒を受けて、正当な抗議をする。

激憤する僕に対して。冷蔵子さんは冷ややかな視線を返した。


「そうじゃなくて、外天なんて人が本当に実在するの、って話よ」


「……実在するからこそ、こんな面倒臭い作戦を立ててるんじゃないか」


「あら? そうとも限らないわよ?」


僕の言葉を一蹴する冷蔵子さん。

そのまま無慈悲にかつ冷酷に言葉を並び立てるかと思いきや、何故か彼女は口ごもった。


恥らうようにして視線を逸らす彼女。

なぜか頬を染める彼女を前にして、僕は思う。

どうしてこんなに可愛いらしい人が、人の指を折ろうとするんだろう?

僕の右手の人差し指の命運は、依然として彼女の手のひらの中だった。


天使のような容姿を持ちながら、その心は酷薄な冷蔵子さん。

残酷な天使である彼女は、意を決したようにして再び口を開いた。


「あ、あなたが私と付き合いたいが為に、嘘を吐いている可能性もあるじゃにゃい?」


動揺しているのか、おかしな語尾になりながら呟く冷蔵子さん。

そんな彼女に、僕は高原の爽やかな緑風のような笑顔を浮かべて答えた。


「ははっ。君はおかしな事を言うね。何で僕が君と付き合いたいなんて……ぇぇえええええ!? ワタシはトテモ痛いです!?」 


「何がおかしな事なのかしら……?」


その裏に壮絶な何かを込めながら。

表情筋からギリギリと音が出そうな勢いで、冷蔵子さんは笑みを形作った。

ついでに彼女が握り締める僕の指からも、ギリギリと音が鳴っている。


瀬戸際に立たされた指関節。

その悲鳴を聞きながら、僕は絶叫した。


「ぼ、僕の指がおかしな事になってます! ホワイ!? 何故君はそうする!?」


「私って、そんなに魅力が無いかしら……?」


「み、魅力ってのは見る人によって変わるから……!」


「あ・な・た、にとってはどうかしら……?」


強調するように語る冷蔵子さんを前にして。

僕はヴァレンティンとセルゲイの事を思った。

拷問の末、白を黒と言ったヴァレンティン。

それとは対照的に、決して嘘を吐かなかったセルゲイ。


ヴァレンティンとセルゲイ。

そのどちらと同じ行動を取るべきか?

迫られる選択を前に、僕は決断した。

冷蔵子さんの、その紺碧の瞳をまっすぐに見つめる。



「――君と、付き合いたいんだ」



僕は真剣だった。

真剣に、その場をしのごうとしていた。


「ごめんね、変な事を言って。勇気が無くて、つい色んな理由を探してしまうんだ。振られるのが怖くてね? でもこれだけは分かって欲しい。君に夢中なんだ。君は僕にとって……天使さ」


僕の右手の人差し指を握り締める、彼女の右手。

それを包み込むようにして、僕は彼女の手に左手を被せる。


冷蔵子さんは一瞬だけ潤んだ瞳を向けた。

そして視線を逸らす。


「……急に、そんな事を言われても」


「分かってるよ。ごめん。でも、これだけは信じて欲しい」


伏し目がちに呟く彼女。

月の弦のように美しいその横顔を見つめながら。


僕は、デタラメな言葉を続けるのを止めた。

あの日、確かに誓った気持ちを思い出して。

万感の思いを込めて、言う。


「かつて、君と一緒に鉄ゲタレースをしたいって言ったね? あの言葉に嘘は無い……!」


「貴方、あれ本気で言っていたの!?」


驚く彼女の右手を。

僕は熱く熱く握り締めていた。





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