おまけ 世界に君がいないとしたら
シリアスを目指したつもりが…
「もしも俺が死んだら、貴様はどうする」
たまたまコンビニのバイトが休みのある夜、姫宮は高瀬邸にて、遅い時間まで仕事を続ける高瀬をお気に入りのソファに寝転んで待っていた。カタカタとテンポの良いキーボードのタッチ音が眠りを誘い、うとうととまどろんでいた頃、ふと高瀬が口を開いた。
仕事をしているときに話しかけられるなんて珍しい。いつもは姫宮が何をしようが黙々とパソコンに向かっているはずなのに。ちょうど眠ろうとしていたときに、なんてタイミングの悪い男だろうか。
内心むっとしながら数回目を瞬いて高瀬へ視線をうつせば、これまた珍しく、仕事の手を止めてこちらを見ている高瀬と目が合った。かくりと首をかしげてみせると、高瀬はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「俺が死んだらどうする」
じいっと真剣に見つめられて、姫宮は、何を当然なことを、と眉をしかめた。
「埋める」
あっさりと言葉を返した姫宮に、高瀬は一瞬固まった。もう用はないと言うように寝返りをうって高瀬へ背を向けた姫宮を見て、高瀬はばんと机を叩いた。
「……っ、違うだろうが! そこはもっと愛らしく、俺がいないと生きていけんと言うところだろうが!!」
「なんなのよ、死んだら埋めるに決まってんでしょー? あーもー、こいつうざいー」
「貴様恋人に向かってうざいとはどういう了見だ!!?」
「じゃあてーせーします、喋る暇があったらさっさと仕事終わらせろいつまで待たせんだヘボ社長」
「……あとで覚えておけよ飼い猫……っ!」
呑気にあくびする己の飼い猫をぎりぎりと睨みつけながら、高瀬は先ほどよりもスピードをあげてキーボードを叩きだす。荒々しいタッチ音を背に受けて、姫宮はこっそりと笑みをこぼした。
高瀬が何を思ってこんなことを聞いてきたのかはわからないが、随分とひどい質問をするものだと思う。高瀬が本当に死んでしまったら、なんて。考えたら心が痛くなる。高瀬のいない世界なんてもう考えられないくらい、この男の存在は姫宮の中でなくてはならないものとなっているのだから。こんなにも奴に依存していることを、きっとこの男は気づいていない。
ちらりと肩越しに高瀬へ目をやれば、すでに奴は仕事へと意識を切り替えている。それに少しだけ残念に思いつつ、仕事が終わったら機嫌直しに何をしてやろうかと考えながら、姫宮はゆっくりと目を閉じて暫しの休息をとることにしたのだった。
「え、高瀬死ぬの?」と思われた方すみません死にません。
「あなたが死んだら生きていけない」と泣き崩れるヒロインも可愛くて好きなのですが、もしも姫だったらどうだろうと思ったのがこの結果です。
可愛い姫を目指したのに、あれ…?