一話
「おはよー。」
はるかは、教室に入るなり数人の女子に囲まれた。「おはよー、はるか!
今日も可愛いねー。」
「はるかー。今日一緒に帰ろー」
「はるか、今日はワンピ一緒に見てくれるっていう約束だったよね!?
まえ、一緒に帰ったとき話したよねぇ!?」
「ちょっと! はるかはあたしと帰るんだけど!?」
本人お構いなしに進む会話にはるかは苦笑した。
実際はるかは、誰とも一緒に帰ったことがないしそんな約束もしていないのである。
「今日は無理だわ。」
はるかが言うと、周りは途端に静かになる。
その静寂のなかで、教室の隅で呟く男子の声が聞こえた。
「男のくせに女装して媚び売ってんじゃねぇよ...」
「...あぁ?
お前何つった??」
はるかは、今までの柔らかい雰囲気を氷のような冷たさに変えて男達をにらんだ。
「女装してオカマの振りしてれば、女がこいつは男に興味あるんだって勘違いして寄ってくるのを利用してんだろ!?」
男達は、怯むことなくはるかに言い寄る。
「ちょっとやめてよう...」
はるかの取り巻きのひとりが小さな声で言う。
それをはるかは、片手で制して
「お前らバカか。
俺は男になんか興味ねえ。女の子大好きだって言ってんだろいつも。
いい加減にしろよ...」
と、言った。明らかに女子に引かれそうなせりふだが、そんなことがないのがはるかである。
「じゃあ何で女装なんかしてんだよ。」
「うるせえよ。
お前に関係無いだろ。」
そう言ってはるかは男達の前で踵を返した。
ここまで読めば明らかだろうが、
──水沢はるかは男なのである──
なぜ、彼が女装しているのかというと、それには水沢家という一族のしきたりが大きく関わっている。
水沢家は家を継ぐのは代々女子でなくてはならないというしきたりがあった。
何故なのかは今ではもうわからない。ただ、そのしきたりは今でもなお続いているのだ。
はるかの両親はそれはそれは良い人であった。
しかし、二人の間に女児は生まれなかったのである。
はるかの母親は、はるかの祖母にあたる水沢あやめの一人娘であった。
あやめの跡を継ぐのははるかの母と決まっていたのだが、彼女は自らの後継者を産まなくてはいけなかったのだ。
あやめははるかの両親を責めた。
おなごが生まれんのはお前等のせいじゃと言った。
二人の間にできた男児は、はるかの両親が会う前にあやめがほかの家の養子にしてしまっていた。
責められても女児ができない。
あやめも焦っていたのだ。我が子に後継者を産ませなくては、娘の代で水沢家を終わらせてしまう。
女子であることにこだわっていたために、水沢家に分家はなかった。
どうすればいいのだ。
あやめは頭を抱えた。
だが、はるかの両親ははるかが生まれてすぐ自殺した。
あやめは自身を責めた。
手元にあるのは自分の娘の産んだ男の子のみ。
そこで彼女は考える。
この子を女として育てればいいのではないか...。
そして、前々から決まっていたように朱瀬家の長男と婚約させる。
きっと、何もかもうまくいく。
こうして、育てられたのが水沢はるかだった。