風船のお散歩
公園で紙芝居屋さんから貰った、赤い風船。
しっかりと持っていたはずだったのに、ぴゅう、と吹いた風にさらわれていった、赤い風船。
空高く飛んで行って、見えなくなった。
べそをかいている私に、母が言った。
「風船さん、お散歩に行っちゃったのね」
私は泣き止んで、母の顔を見上げた。
「じゃあ、また帰ってくる?」
「そうね。いつかね。いい子にしてたらね」
そう言って、母は笑った。
翌日も、その次の日も、風船は帰って来なかった。
がっかりした。
来る日も、来る日も、風船の帰りを待ってみたけれど、風船は帰って来なかった。
いつしか、私は風船のことを忘れた。
忙しない毎日。
繰り返される日々。
私の心は、少しばかりしぼんでいた。
そんなある日。
ふと立ち寄った店で買った、ガラス瓶。
木漏れ日が入っている、という。
瓶の蓋を開けた瞬間、私は、あの公園に佇んでいた。
どれぐらい、そうしていただろうか。
エプロン姿の、ひょろっと背の高い男性が私の方へゆっくり歩いて来た。
「これ、どうぞ」
男性は手に持った赤い風船を私に差し出した。
私がおずおずと受け取ると、男性は静かにお辞儀をして、向こうへ去って行った。
赤い風船。
来る日も、来る日も、帰りを待っていた、赤い風船。
帰ってきたのね。
「おかえり。長いお散歩だったわね」
私は、風船の紐をしっかりと握って、
木漏れ日の中、木々の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。




