第三章(ジャン王の治世)
この作品は拙作『転生者なんて負け組だ』の舞台となっている世界の歴史を主人公ダンカンが語る形式の歴史物語です。
本編を読んでいなくても独立した読み物としてお楽しみいただけます。
さて、『統一の時代』も長くはない。
一世紀半だ。
テルデサード王国によるヒト族版図の統一もほぼ終わり…
と、俺のようにテルデサード王国に生まれた者はそう教わるが、テルデサード王国の領土はたかだか中回廊海から北、ヴァラキア地方から西だけだ。
世界はもっと広い。
ヒト族の住む世界のごく一部だと思うんだが、テルデサード王国人にとっては自分達の領土が世界の中心だ。
これだけの土地を治めてしまえば、ヒト族の版図の大半を統一したと考えている。
テルデサード王国はヒト族の中で唯一のエルフ族と同盟を結んだ王国だが、エルフ族に考え方まで似てしまったらしい。
このテルデサード王国の傲慢さが次の大戦を起こすきっかけとなる。
前回の大戦の後、テルデサード王国はヴァラキア魔王国の本国を接収し、領土に加えた。
オークやゴブリン達は駆逐されたが、この地方にはヒト族の住人が残っていた。
これは第三次暗黒大戦で魔王国軍に起こったある変化の結果だ。
それまで魔王国軍は光の種族の軍同様に敵地を侵略すれば、その地の住人を全て殺戮していたが第三次暗黒大戦の後半、突然、占領した土地の住民を保護するようになったのだ。
戦闘でとらえた敵の捕虜も同様だ。
以前なら拷問して情報を得た後は皆惨殺していたが、この変化以降、捕虜として命を保障し、場合によっては解放もした。
こんなことはこれまでなかったことなのだ。
何故、そのような変化が起きたかは謎だ。
しかし、この変化は寧ろヴァラキア魔王国軍を強くした。
結局、占領した土地で住民を惨殺するような軍隊よりも、保護する軍隊の方が強いんだ。
当時の第三次暗黒大戦では既に光の軍勢が断然有利な状態だったから、結局は負けてしまうんだが、次の第四次暗黒大戦で装備も劣弱で兵数的にも大きく不利だったヴァラキア魔王国軍が一時は北部地域全域を占領するまでになれたのは、初期のゲリラ戦術の成功だけでなく、このことが大きいと思われる。
結局は召喚者の再登場と彼らの率いる軍勢によってヴァラキア魔王国は再び亡びるのだが、そこには大戦中に占領はされたが保護され無事に生活してきたヒト族の住人が残されていたんだ。
この人達が第四次暗黒大戦後、ヴァラキア魔王国領を接収しに来たテルデサード王国軍が彼の地で見出したヒト族の住人だ。
あろうことかテルデサード王国軍はこの人達を恐ろしく虐待した。
闇の軍勢に属した裏切り者とその末裔とみなしたのだ。
彼らは大戦前、テルデサード王国の国民だったのだ。
それがヴァラキア魔王国軍に住んでいる村や町を占領され、保護され、そのまま暮らしてきただけだ。
しかし、敵地を占領すれば赤子まで全てを虐殺してきたテルデサード王国の人間には理解されなかった。
大戦後、逃げ遅れたオークやゴブリンを匿う者もいたことが、益々、彼らの疑念を煽り立てることとなってしまった。
ヴァラキアの民にとっては大戦中仲良く暮らしてきた仲間だ。
匿う方が人として当たり前だったんだ。
テルデサード王国は彼らを赦さないことにした。
ヴァラキア領に残っていた多くのヒト族の民は土地を奪われ、奴隷階級に落とされてしまった。
家族で暮らしていた者も親と子が引き離され、別々の土地に農奴として売られてしまった。
そのまま留まれた者もいたが、それまでの自分達の家はテルデサード本国から移住してきた者達に奪われ、その家の下男、下女として過酷な労働を課せられることになった。
この状況に耐えられなくなった者達が逃亡し、山奥や洞窟に隠れ住んでいたオークやゴブリン達に合流し、自分達の窮状を訴えたのだ。
これに応えて一部のオークやゴブリン達がヴァラキアのヒト族と共に蜂起したのが第五次暗黒大戦の始まりだ。
思えば第四次暗黒大戦のきっかけも同じようなものだったのかもしれない。
第三次暗黒大戦の後半からヴァラキア魔王国軍は占領した土地の住民を保護していたのだから。
初めはわずかな者達による辺境地での襲撃程度であったが、次第に隠れ住んでいたオークやゴブリン達が加わり、ついには大きな町が陥落するまでに至った。
旗揚げしたオークやゴブリンに加えてその地のヒト族も一緒になり魔王を呼び出した。
魔王もどこかに隠れて息をひそめていたのだろうか。
魔王が加わると軍勢は勢いづいた。
反乱はたちまちヴァラキア地方全土に広がった。
ヴァラキアの各地にはオークやゴブリン達が密かに隠れ住んでいたんだ。
更に山奥に隠れていたダークエルフ達が蜂起した。
彼らは自分達の森、即ちメルマルクの森を奪還した。
森を支配していたのはハイエルフ達だ。
支配はしていたがメルマルクの森を闇の諸族に汚された土地として、ほとんど移住してはいなかった。
その為、易々奪われてしまったわけだ。
第五次暗黒大戦のヴァラキア軍はスカニア山脈の以東の土地の大半を奪い、北回廊海北岸の大半が再興したヴァラキア魔王国の支配地となった。
アルフハイムの森も南半分が侵略され、ダークエルフとオーク、ゴブリン連合軍が進駐した。
東方の国々は再興したヴァラキア魔王国と盟約を結んだ。
ヴァラキア魔王国はこれらの国々を通り南方諸国に攻め込んだ。
たちまち南方諸国はヴァラキア魔王国に降伏し、その属国となった。
南方諸国とは中回廊海南岸の国々のことだ。
これでヴァラキア魔王国の版図は同盟国や属国も含めると北回廊海、東回廊海、中回廊海の沿岸部の大半に広がり、テルデサード王国は周囲を全て囲まれてしまった。
独自の海軍を持たず、オークやゴブリン達は船乗りとしての経験が浅く、渡海しての侵略には準備が必要であったが、南方諸国を屈服させてしまえば、その領域内で邪魔されることなく渡海し、そこからテルデサード王国の中心部へ侵略が可能になる。
こうしてテルデサード王国の中心部ウェスタリア地方で最初に陥落したのがカサベラだ。
カサベラはウェスタリア地方侵攻の橋頭保となり、多くのオークやゴブリン達が移住してきた。
因みにヴァラキア魔王国のカサベラ支配は四半世紀に及ぶ。
カサベラの支配を固めたヴァラキア魔王国軍の南軍が出陣して、じわじわと支配地を広げていく中、北回廊海北岸の各港でも接収した艦隊に乗り込んだヴァラキア魔王国軍の北軍が渡海してウェスタリア地方北部を侵し始めた。
テルデサード王国の運命は風前の灯火であった。
ここで一気に戦局が覆される。
そのきっかけは勿論、召喚者の出現である。
強大な力を持つ召喚者を呼び出した王国は彼らを先頭に反転攻勢に転じた。
召喚者の圧倒的な力により各地でヴァラキア魔王国軍は敗退した。
とは言え、この時出現した召喚者は五名だ。
召喚者の率いる軍隊にも限界がある。
これにより両者の力は拮抗し、戦線は膠着した。
そんな中、先代の王が戦時中に病で倒れ、ジャン王が即位した。
ジャン王は優れた王であった。
彼は焦ることなく、膠着した戦線を無理せず維持し、その間に残された国土の荒廃を立て直すことを優先した。
そして、人々の暮らしを安定させるとともに王国軍の物資、装備、士気を充実させると、主に北部戦線で魔王国軍を押し返し始めた。
一時は魔王国軍に占領されていたウェスタリア地方北岸のすべての港町の支配権を回復した。
それらの町では元の住民がオークやゴブリン達と安全に暮らしていた。
それどころかヴァラキア本国や同盟国から送られる物資と新たに始まったヴァラキア魔王国との交易により以前より豊かに暮らしていた。
このことはジャン王に衝撃を与えた。
ジャン王はそれ以降、すべての王国軍に種族を問わず全ての非戦闘民と捕虜の殺害を禁じた。
軍内の反感は強かったが、側近のノルデル伯アルヴァン=シンクレアが各部隊をまわって、辛抱強く説得していった。
そんな中、彼の説得を頑として受け付けない部隊があった。
召喚者達が率いる部隊だ。
特に召喚者自身が敵の殺戮にこだわったらしいが、記録にはほとんど残っていない。
ジャン王は眉をひそめたが、彼らを抑えることはできなかった。
当時の召喚者達は英雄だ。
民衆から崇拝されていた。
彼等と対立することはジャン王にとって政治的に自殺行為だった。
召喚者達の部隊は再奪取した艦隊で北回廊海を渡るとヴァラキア本国を目指して快進撃していたんだ。
民衆は召喚者達の活躍に喝采した。
ヴァラキア魔王国に近づくと彼らの殺戮は更にひどくなった。
その地の住民であればヒト族であっても虐殺するようになった。
ジャン王はその事態を重く受け止めた。
彼はそれまでウェスタリア地方での失地回復と取り戻した領土の内政に専念していたが、遂にアルデア騎士団を中心とした直属の精鋭を率いて出陣した。
ジャン王は優れた将軍でもあった。
召喚者達の部隊とは別に行動し、着々とヴァラキアの地を攻略していった。
占領した地の住人は保護し、オークやゴブリンであっても非戦闘民や捕虜は殺さずに解放した。
当然、ジャン王の行動はすんなり受け入れられた訳ではない。
しかし、ジャン王はその説得に時間をかけることなく、ヴァラキア魔王国の王都ブラドに最短ルートで軍を進めた。
目の前の敵を屠ることに狂奔していた召喚者達の部隊は迷走していたんだ。
真っ先にブラドへ軍を進めたジャン王はその郊外に暫し滞陣していたが、ついに魔王を斃した。
これまで魔王を撃退したことがあっても、魔王を斃した者は彼が初めてである。
これは歴史的快挙だ。
誰もがジャン王を英雄と認めた。
かたや、召喚者達はこの世界を去った。
魔王が現れれば召喚者を召喚できる。
そして魔王が死ねば、召喚者達は強制的に元の世界へ送還される。
戦後、ジャン王はオークやゴブリンの諸族と講和した。
それどころかオークやゴブリン達に王国のどこでも住む権利を与えると布告した。
ジャン王に味方してアルフハイムの森南部奪還に奮戦していたアルベリッヒ上級王は激怒して、一時はヒト族に対して宣戦布告をするとまで言っていたが、結局は黙認するに至った。
ジャン王は魔王討伐の英雄として世界中から崇められているんだ。
流石のハイエルフの王も逆らえなかったんだな。
カサベラもテルデサード王国に戻ったが、この布告のおかげで移住してきたオークやゴブリン達の大半がそのまま残り、王国内でも屈指の他民族都市となった。
これが俺の生まれる七年前の話だ。
ありがとうございました。
これで『ワールドガイド ダンカンの語る異世界史』はこれで完結です。
この作品は拙作『転生者なんて負け組だ』の舞台となる世界の歴史物語でした。
もし、お気に召したら是非、本編もお楽しみください。




