第一章(天地創造~上古の時代~芽吹きの時代)
この作品は拙作『転生者なんて負け組だ』の舞台となっている世界の歴史を主人公ダンカンが語る形式の歴史物語です。
本編を読んでいなくても独立した読み物としてお楽しみいただけます。
こちらの世界の歴史について話をしようと思う。
別に歴史なんて知らなくても俺の物語は凡そわかるとは思うんだが…
とは言え、歴史の因果も絡む話だ。
やはり、歴史を知っていた方がより話がわかるってもんだ。
俺も転生してからこの世界のことを理解する為に、歴史はかなり勉強した。
それだけに聞いてほしい。
俺の話す歴史はヒト族に伝わる歴史が中心だ。
ヒト族に伝わる歴史はエルフ族に伝わるものにかなり近い。
恐らく代々のヒト族はエルフに正しい歴史はこうだと言われればそれを信じてきたに違いない。
エルフへのリスペクト半端ない種族だからなヒト族は。
エルフが黒と言えば白いものも黒、白と言えば黒いものも白というところか。
どの種族に伝わる歴史も大筋は変わりないんだが、その種族の主観によって表現は大きく異なるし、細部には明確な違いもある。
ヒト族に伝わる歴史はエルフ族の影響を色濃く受けているだけに、エルフ族による都合の良い改竄があったと思われる部分があちこちにあるが、気になるところは俺個人の見解や俺の知る他の種族に伝わる歴史も交えて話そうと思う。
こちらの世界では歴史の始まりは神話だ。
神話も歴史の一部なんだ。
こちらでは神話とは歴史の初めの部分、まだ神々が世界にいた時代の歴史を指し、歴史という言葉は神々がいなくなった後の時代も含めた全てを指す言葉になっている。
だから、まずは神話の話から始めなくてはならない。
神話の始まりと言えば天地創世というのが定番だ。
こちらでも同じだ。
細かい部分は省かせてもらうが、世界が産まれた話はこうだ。
この世に何もなく、何もない中に神々だけがいた。
創造神が世界を作った。
他の神々は皆、創造神の子供達だとされている。
因みに創造神の妻は神話に登場しない。
つまり神々は母親がいない…のだろうか?
神話なのでその辺はスルーしよう。
というか神と言う存在そのものが人間とは全く異なるものだ。
人間の理解を超えた存在なんだ。
神々に親子なんてものがあったかも怪しい。
恐らく人間に理解できない神と言う存在を人間にもわかるようにこういう表現にして伝えてきたんだと思う。
息子の神々は大喜びで創造神の創った世界に降り立った。
しかし、すぐに飽きてしまう。
当たり前だ。
まだ何もないからな。
すると創造神は世界に太陽を創り、月を創り、星々を創り、昼と夜を生み出した。
光と闇の誕生だ。
息子の神々は再び喜び、昼は太陽の光を夜は月や星々の光を愛でた。
しかし一柱だけ光だけではなく闇にも惹かれる神がいた。
創造神は大気を創り、大地を創り、海や川を創り、火を創った。
四大精霊の誕生だ。
息子の神々は更に喜んだ。
やがて息子の神々も創造神の命を受け、四大精霊を用いて様々なものを創り始めた。
世界に大気が満ちた。
飾り気のない大地には複雑な山や谷が創られ、海底も同様だった。
海や湖、川は水で満たされた。
火山からは火が噴出した。
世界の造形が出来上がると植物が創り出された。
続いて昆虫や魚、動物も創り出された。
生命の誕生だ。
あるものは創造神自らが創り、あるものは息子の神々が創り、あるものは息子の神々を創造神が助けながら創った。
しかし、息子の神々が勝手に何かを創ることは創造神によって固く禁じられていた。
やがて、創造神だけでなく息子の神々も多忙を極め、半神達がその仕事を手伝うようになる。
この半神というのは、創造神が息子の神々の次に生み出した力の弱い神だという。
時折、火事が起き、森を焼き、雨が降り、焦げた大地から再び命が芽吹いた。
生命の営みが続き、新たな生命の誕生も続いた。
そして遂に最初の『言葉を話し、道具を使う生き物』エルフが創造神によって創られた。
エルフの誕生によって息子の神々の喜びは頂点に達した。
エルフが生まれたこの時代を『上古の時代』と呼ぶ。
神々はエルフに近い姿に変身し、彼らの目の前に姿を現し、様々なことを教え、導いた。
神々はエルフに夢中になり一日中彼らと過ごすようになった為、世界創造の仕事は益々半神達に委ねられるようになった。
生まれたばかりのエルフ達は無知で、愚かで、初めは神々を恐れたが彼らの恩恵を受けるにつれ、敬い、愛し、甘えた。
因みにエルフ達は恐ろしくハイスペックだ。
真っ暗でも目が見えるし、暑さ寒さに対しても強い。
生命力が強く、簡単には死なない。
寿命も長い。
それはできたての荒々しい世界で生きていけるように創造神がとりはからったのだろう。
エルフ達は神々と同じく光を好んだ。
一柱だけ闇に憑りつかれた神がいた。
末弟のメルコルである。
メルコルは闇も愛し、しばしば闇の中で暮らした。
メルコルは息子の神々の中でもっとも世界の創造に貢献し、様々なものを生み出した。
メルコルもエルフが生まれた時には驚愕し、興味を持ったが他の神々が世界創造の仕事を放棄し、エルフ達と過ごすようになった後も半神達と共に創造し続けた。
メルコルは創造に情熱を持ち、いつしか創造神の命によってではなく、自分自身の意思で創造したいと思うようになった。
誰もいない闇の中で自分に付き従う半神達と共に様々なものを創り出した。
その中にはエルフのように『言葉を話し、道具を使う生き物』もいたらしい。
メルコルは自分の生み出した者達とひっそりと暮らし、その暮らしを愛した。
メルコルに付き従う半神達も同様だった。
しかし、他の神々はメルコルが禁を破って、勝手に創造をしたことに気づき、メルコルの不在を狙ってその生み出した者達を滅ぼし、創造神にメルコルの罪を訴えた。
メルコルは自らによって生み出された生命が赤子に至るまで無残に殺されたのを見て、嘆き悲しみ、怒った。
これが最初の暗黒大戦の始まりである。
暗黒大戦とはエルフやヒト族を中心とする勢力と魔王が率いる軍の戦いを指す。
即ち、初代魔王は神々の一人メルコルだったのである。
メルコルは自分に従う半神達を引き連れ世界を荒らし始めた。
大地や大海を汚し、森に火を放った。
多くの生命、特にエルフが殺された。
自分の生み出した生命を嬲り殺した神々がもっとも愛でるエルフを苦しめることこそメルコルにとっての復讐だったのだ。
メルコルは世界の大半を荒らした。
神々は立ち上がり、メルコル討伐の軍を起こした。
エルフ達の伝承では、この時エルフの始祖達も武器を手に立ち上がり、メルコル率いる闇の軍勢に立ち向かったとある。
エルフ達がもっとも讃える英雄はこの大戦で勲を立てた者達である。
本当かな?
何せこの時代にはエルフしかいなかったんだ。
何とでもいえる。
怪しいものだ。
が、エルフ達が一番自慢しているのはこの時代に存在し、活躍したということなんだな。
多勢に無勢だ。
メルコルの軍勢は敗れ、メルコルは捕らえられ、収監された。
大戦が終わると創造神は神々を率いて、世界を癒した。
更に新たな生命が生み出された。
ドワーフ、ノーム、ヒト族もこの時代に創られた。
現在のありとあらゆる種族はほぼこの時代に生まれたそうだ。
だからこの時代は『芽吹きの時代』と呼ばれる。
そしてオーク、ゴブリン、トロールも生み出される。
彼らの誕生に関しては、諸族の歴史によって記述が異なる。
エルフやヒトが唱える歴史ではメルコルによって邪悪な力で生み出されたとなっている。
因みにエルフ族は自分達だけが創造神自らに創られ、その他の種族は全て、息子の神々が創造神に助けられながら創ったと主張している。
しかし、全ての種族が自分達は創造神自らに創られたと伝承している。
創造神はもっとも尊い存在だ。
全ての種族から敬われている。
誰もが自分達の種族は創造神によって創られたと思いたいのさ。
そしてエルフのような傲慢な連中は自分達が創造神に創られただけでなく、他の種族は創造神に創られたのではなく、その眷属である息子の神々に創られたとしなければ納得できないらしい。
つまり自分達の方が特別で高貴な存在だと言いたいわけだ。
エルフと仲の悪いドワーフ族に至ってはエルフ族は創造神が息子の神々に命じて創らせた練習作で、その経験を以て満を持して創造神自ら創り出したのが自分達だと主張している。
さすがにこれは言い過ぎだ。
恐ろしく仲が悪いからな。
昔のドワーフの偉いさんが感情にまかせて言い出して、定着したんだろう。
ここだけはヒトの歴史もエルフの歴史と異なっている。
つまりヒト族の歴史ではエルフ族の歴史と違い、自分達は創造神によって創られたとされている。
そこは代々のヒトもエルフに対して譲れなかったんだろう。
オークやゴブリン、トロールも彼らの歴史では自分達は創造神自らによって造られたことになっている。
エルフ、ドワーフ、ヒト族の歴史ではオークやゴブリン、トロールはメルコルによって創られた卑小な種族だと説いており、彼らの主張を強硬に否定している。
どうなんだろうな?
猿から生まれたヒトである俺にはよくわからない。
けど、別に創造神に創られたから上とかそんなのは思わない。
ヒトも神々の一人が創造神と一緒に生み出したんじゃないかな。
オークやゴブリンの誕生に関する伝承で事実かどうかはわからないが、俺が一番推しているお気に入りはノームに伝わる伝承だ。
神々に囚われたメルコルは自らが生み出した生命の死を嘆き悲しみ泣き続けていた。
創造神はメルコルを憐み、彼を解放し、彼に様々な技を教え、力を貸し、彼とともに新たな生命を創った。
それがオーク、ゴブリン、トロール達だというのである。
もう一つ、気になる伝承がある。
メルロン伝承だ。
この世界でほとんどの種族の伝承に出てくる存在で、有名なおとぎ話だ。
メルロンと名乗る親切な男が村に現れ、困ったことがあれば助け、わからないことがあれば教え、病気の者がおれば癒すといったお話だ。
各種族で伝わるメルロンの姿は少し違うのだけど、ヒトに伝わるメルロンは魔法使いのような姿をした老人だ。
壊れた道具を修理したり、うまい酒を造ってふるまったり、行方不明になった子供を探し出してくれる親切な妖精のような老人だ。
このメルロン伝承に対しておもしろい考証があることをバーン師から教わったことがある。
即ち、メルロンとはメルコルであるという説だ。
神々の虜囚であったメルコルは公然と姿を現すことができなかったから人間の姿になって、『言葉を話し、道具を使う生き物』諸族を訪れ、交流を楽しんだというのである。
もしかしたら、その経験を活かしてオークやゴブリン達を生み出したのかもしれないし、新たに生まれたオークやゴブリン達を教え導く為に、諸族と交わり、その暮らしを学んだのかもしれない。
何れにせよ、全ての伝承に共通するのはこの頃にメルコルが解放された、若しくは脱獄したということだ。
当時、エルフ達はこの世界の北西に自分達の強大な王国を築いて居住していた。
しかし、強靭な体を持ち、好奇心が強い彼らはしばしば王国から遠方へ彷徨いだしていたようだ。
ドワーフやノーム、ヒトとも出会っていたし、わずかに交易もしていたようだ。
もっともエルフ達は他の種族を見下していたし、当時のエルフ達と他の種族では文明、文化に大きな差があったから他の種族が差し出す品などエルフにとっては無価値だっただろう。
慈善事業として自分達の優れた利器を配っていたようなものだ。
エルフはいけ好かないが、この世界で諸族の文明文化を育てたのが彼らであることは事実だ。
王国を離れて旅をしていたエルフが見たことのない動物を見つけるようになった。
始めエルフ達は気にもしていなかったが、ふと好奇心を持ち未知の動物の狩りを楽しんだ。
やがて、狩りに出たエルフが帰ってこないことがあった。
性悪なオークやゴブリンに襲われたのだ。
やがて、オークやゴブリンに加えてトロールも出現し、彼らは軍勢をなし、平和なエルフの王国を侵略し始めた。
と言うのがエルフ族の歴史だ。
どうだろうか?
俺はエルフが遊び半分でオークやゴブリンの集落を襲い、虐殺し、怒り狂った彼らが復讐のために立ち上がったと思っている。
別の伝承ではオークやゴブリンがこの世に生れた時、エルフ達はまた神々が新たに醜い動物を生み出したと思ったことになっている。
昔はエルフ語ではドワーフやヒトも含めて他種族を数える言葉は一匹、二匹…だった。
そんな連中だ。
だから、遊び半分で彼らを狩っていてもおかしくない。
『未知の動物の狩りを楽しんだ』なんてそのままだ。
エルフ達はこのことを本気で隠そうとも思ってないわけだ。
いずれにせよ、これが第ニ次暗黒大戦の始まりだ。
エルフ達の歴史では自分達がオークやゴブリンを殺戮したことを隠そうとしていないにもかかわらず、突然、一方的に、理不尽に闇の軍勢が自分達の平和な生活を犯した…と本気で記述している。
まったくもってエルフらしい。
エルフ以外の種族がまだ満足に歴史の記述ができていなかった時代だ。
本当かどうかは疑わしいが、エルフ達が輝ける軍隊をおこし、闇の軍勢に立ち向かい、ドワーフやノーム、ヒトは日頃のエルフ達への恩に報いる為、それぞれが精いっぱいの装備を整え、その軍勢に馳せ参じた…と言ったニュアンスで伝えられている。
まったくもってエルフらしい。
第二次暗黒大戦はエルフを中心とした光の種族連合軍とオーク、ゴブリンを中心とした闇の種族連合軍の戦いだ。
この『光の種族』、『闇の種族』という呼称。
実は現在では使用を禁止されている。
話が前後してしまうが、前王ジャン王が魔王を倒してこの世に平和をもたらし、それまで『闇の種族』と言われていた全ての種族と和平を結んだ際に布告したんだ。
ジャン王は先進的な王様で話を聞く限り、およそこんな中世まがいの世界の王とは思えないような政策をしている。
転生前の世界で言う『表現の自由』的な政策も実施しているんだが、この『光の種族』、『闇の種族』という呼称だけは禁止した。
しかし、ジャン王には申し訳ないがこの歴史を語る時、ちょっと便利なのでここでは勘弁してもらおう。
前にも言ったが暗黒大戦と言うのは魔王軍との戦いだ。
この時の魔王も神々の一人メルコルだ。
彼が闇の種族の軍勢を率いていたのだ。
光の種族にはメルコル以外の息子の神々がついた。
初めのうちは彼ら自らは姿を現さなかった。
何と言うか、子供の喧嘩に親が出てこないみたいなものか…
だから、各地でエルフやヒト、ドワーフ、ノーム達とオーク、ゴブリン、トロール達の軍勢が激しい戦いを続けていたが、埒が明かない。
互角の戦いが長引くのだから、双方、かなりの死傷者が出た。
詳細に言えば、かなり長くなるから、思いっきり大まかなことしか言っていないが、とにかく、凄惨な戦いの連続だ。
ついに神々が戦に干渉を始めた。
エルフ達はメルコルが先に干渉したと主張しているが、彼は最初から魔王軍の長として軍を率いているのだから、その通りだ。
ただ、各種族の歴史を見る限り、統率はしても彼自身が直接戦場に現れたことはないようだ。
しかし、ある戦いで光の種族を助ける神々が降臨して、戦局は大きく光の種族の軍勢に傾いた。
そこでメルコルも自らの力を振るうようになった。
この大戦に関する歴史は古さを考えれば驚くほど詳細な記述が残されているが、神々が干渉し始めた後の記述は極めて大雑把だ。
神々が戦ったのだ。
世界は阿鼻叫喚だったに違いない。
記録などまともに残せなかったのだろう。
エルフ達の王国はひどい戦禍を被った。
俺が転生して生まれたカレドニア地方もこの時代まではエルフ達の王国の一部だったそうだ。
カレドニア地方は深く切り込まれた谷間や複雑な海岸線が多く、その沖合には小さな島々が点在する。
これは大戦の後半、神々の争いで大地が切り刻まれ、引き千切られたからだと言われている。
実際にカレドニアの沖合には水中遺跡の存在がいくつか知られている。
これはかつてのエルフの町や館が大地が引き裂かれた際に沈んだものとされている。
第二次暗黒大戦は一体どう終わったのかはよくわからない。
この大戦の後、闇の諸族の領地は大幅に減り、彼らは辺境の地に追いやられたり、各地の洞窟や森に隠れ住むようになった。
引き裂かれたエルフ達の王国は衰退し、エルフ達は現在のアルフハイムの森に引き籠り、以前よりも世の中のことに関わりたがらなくなる。
魔王の消息もよく分からない。
少なくともこれ以後、反逆の神メルコルは歴史に登場しない。
一般的には大戦の終わりに息子の神々に捕らえられ、再び収監されたとされている。
世界が深く傷ついたことを悲しんだ創造神が神々が住む世界とこの世界を断絶したとされる。
メルコル以外の神々もこれ以降、歴史には登場しない。
この大戦にはかなりの半神達も参加したが、皆、神々の世界に帰って行ったと言う。
ただ一柱を残して。




