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聖女のパワハラに耐えかねて魔王軍に転職しました。  作者: 秋月 もみじ


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第9話 決戦。空腹の騎士団は、聖女の祈りより魔王軍のシチューを選びました


 魔王城の前は、奇妙な静けさと、熱気ある咀嚼音に包まれていた。


「はい、列を乱さないで! パンはお代わり自由です!」

「そこの騎士さん、お皿を舐めない! 洗い場が困ります!」


 私の指示が飛ぶ中、オークたちが甲斐甲斐しくシチューを配っている。

 かつて敵同士だった人間と魔族が、同じ鍋を囲む光景。

 本来なら感動的なシーンかもしれないが、実態はただの炊き出し会場だ。


「う……うまい……」

「生き返る……」

「魔族って、こんなに料理上手だったのか……」


 騎士たちは道端に座り込み、涙を流しながらスプーンを動かしている。

 彼らの顔からは、敵意も殺意も消え失せていた。

 あるのは満腹感による幸福だけ。


 勝負あったな。

 私は城壁の上で、冷めた紅茶を一口飲んだ。


 だが、一人だけ、この平和なランチタイムが許せない人物がいる。


「な……なんなんですか、これはぁぁぁ!!」


 戦場の真ん中に取り残された豪華な神輿。

 その上で、聖女ルミナ様が金切り声を上げていた。


 彼女の周りには、もう親衛隊すらいない。

 彼らもまた、シチューの誘惑に負けて列に並んでいるからだ。


「戻りなさい! 戦いなさい! これは悪魔の罠です! 食べた瞬間に魂を抜かれるんですぅ!」


 誰も聞く耳を持たない。

 シチューのコクと旨味の前には、聖女の妄言など雑音でしかない。


 ルミナ様は地団駄を踏み、そしてバッとこちらを見上げた。

 私と目が合う。


「っ……! あなた……ミリア!?」


 ようやく私を直視したらしい。

 彼女の空色の瞳が、驚愕と憎悪で見開かれる。


「生きて……どうして生きてるんですか! 奈落に落ちたはずでしょう!?」


「ええ。おかげさまで」


 私は拡声魔石を使って、悠然と答えた。


「素晴らしい再就職先が見つかりましたので。……見ての通り、あなたの部下たちにも好評のようですよ?」


「ふ、ふざけるな……! 私の騎士団です! 私のものですぅ!」


 ルミナ様が震える手で杖を構えた。

 その先端に、禍々しいほどの光が集束していく。


「許さない……私より目立つなんて許さない! 死ね! 消えろ! 『聖光の裁き(ホーリー・レイ)』!!」


 殺す気だ。

 彼女の最強の攻撃魔法。

 直撃すれば、岩すら蒸発させる高出力レーザー。


 隣で、ガルデ様が反応した。

 彼が片手を上げ、防御結界を展開しようとする。


「させるか……ッ!」


「大丈夫です、ボス。見ていてください」


 私はガルデ様の手を軽く押さえて止めた。

 魔法の光が最高潮に達し、放たれる――はずだった。


 シュン……プスンッ。


 光の塊は、発射される直前に風船が萎むように小さくなり、最後には線香花火のような火花を散らして消滅した。


「……え?」


 ルミナ様が呆然と杖を見つめる。


「な、なんで? どうして出ないの? 私は聖女なのに!」


「当たり前です」


 私は眼鏡の位置を直し、冷静に解説した。


「魔法力の源は、体内のマナだけではありません。それを燃焼させるための『カロリー』が必要です。……ルミナ様、あなたも昨日から何も食べていないでしょう?」


「っ……」


「兵士に断食を強要しておいて、自分だけ隠れて食べるわけにもいかなかった。違いますか?」


 図星らしい。彼女の顔が青ざめる。

 高出力の魔法ほど、脳と体に糖分を要求する。

 今のガス欠状態の彼女に、私を殺すほどの魔法は撃てない。


 ぐぅぅぅ……。

 戦場に、間の抜けた音が響いた。

 ルミナ様のお腹の音だ。


「い、いやぁぁぁ! 聞かないでぇぇぇ!」


 彼女は顔を覆ってしゃがみ込んだ。

 聖女としてのプライドが、食欲と恥辱によって粉砕された瞬間だ。


 そこへ、一人の男が歩み寄った。

 騎士団長ヴァルドロだ。

 彼は口の周りにシチューのソースをつけたまま、神輿の下に立った。


「……ヴァルドロ! そうです、やっておしまいなさい! あの生意気な女を切り捨てて……」


「聖女様」


 ヴァルドロ団長は、静かに首を横に振った。


「もう、終わりです」


「は……?」


「我々は降伏します。……いや、転職を希望します」


 彼は剣を外し、地面に置いた。

 そして、城壁の上にいる私とガルデ様に向かって、深く頭を下げた。


「魔王ガルディア陛下、そしてミリア殿! 我々聖法神国軍第三師団は、これより貴軍の捕虜となることを望みます!」


 その言葉に、周囲の騎士たちも次々と立ち上がり、敬礼した。


「美味しい食事に、感謝を!」

「我々はもう、空腹のまま祈るのは御免だ!」


 一斉蜂起ならぬ、一斉転職希望。


「う、裏切り者ぉぉぉ! 神罰が下りますよ! 地獄に落ちますよぉぉ!」


 ルミナ様が錯乱して叫び散らす。

 だが、誰も彼女を見ない。

 彼女は孤独だ。

 自らが軽視した「食」と「信頼」によって、全てを失ったのだ。


「……う、うぅ……お腹、空いた……」


 最後に漏れたのは、聖女の言葉ではなく、ただの子供のような本音だった。

 ルミナ様はガクリと膝をつき、そのまま糸が切れたように意識を失った。


 気絶。

 空腹とストレスによるシャットダウンだ。


「……終わったな」


 ガルデ様がエプロン姿のまま、低く呟いた。

 その顔には、勝利の喜びよりも、憐れみのような色が浮かんでいた。


「ああはなりたくないものだ。……裸の王様というのは、見ていて痛々しい」


「ええ。でも、これで人的被害はゼロです」


 私は手帳を開き、勝利条件の達成を確認した。

 

 敵将捕獲。

 敵軍の無力化(満腹化)。

 こちらの損害は、大量の食材のみ。


 完全勝利だ。


「リズさん、お願いします」


 私が合図を送ると、城門の影から元スパイのメイド、リズが走り出した。

 彼女は気絶したルミナ様の元へ駆け寄り、手際よく拘束……ではなく、毛布で包んで保護した。


「聖女様、温かいベッドにご案内しますね。……起きたら、残り物のパンくらいはありますから」


 かつての主に対する、リズなりの慈悲だろう。


 私はヴァルドロ団長に向かって声を張り上げた。


「騎士団長のヴァルドロ様! 降伏を受け入れます! ただし、捕虜収容所はありません!」


「で、では……?」


「その場で履歴書を書いてください! 能力に応じて、魔王軍の警備部門、土木部門、農業部門に再配置します! 福利厚生は保証しますよ!」


 私の言葉に、騎士たちから「おおぉぉぉ!」という歓声が上がった。

 敵に捕まる歓声ではない。

 就職が決まった喜びの声だ。


 こうして。

 歴史に残るであろう「聖魔大戦(仮)」は、剣を交えることなく、スプーンと胃袋によって終結した。


 後に『シチューの変』と呼ばれることになるこの戦いは、魔王軍による騎士団の吸収合併(M&A)という形で幕を閉じたのだった。


 ◇


 数時間後。

 日が暮れ始めた城門前では、人間と魔族が入り乱れての宴会が始まっていた。


「おいオーク、その肉もっと寄越せ!」

「おうよ人間! 俺様の育てた芋も食え!」


 焚き火を囲んで肩を組む姿は、どう見ても長年の戦友だ。


 私は城壁の手すりにもたれ、その光景を眺めていた。

 心地よい疲労感。

 やりきった。


「ミリア」


 隣に、温かい気配が並ぶ。

 ガルデ様だ。

 彼は二つのマグカップを持っていて、片方を私に差し出した。

 中身は、湯気を立てるホットワインだ。


「お疲れ様。……君のおかげで、誰も死ななかった」


「ボスの決断のおかげですよ。普通、敵にご飯をあげる魔王なんていませんから」


「ふっ、違いない」


 ガルデ様は笑って、ワインを一口飲んだ。

 そして、真剣な眼差しで私を見る。


「これで、人間界との戦争は事実上終わる。……君を縛り付けていた因縁も、消えたわけだ」


「……そうですね」


 聖女は捕まり、騎士団は取り込んだ。

 教会もこの失態で権威を失うだろう。

 私はもう、追われる身ではない。


「なら、ミリア。……改めて、契約の話をしたい」


 ガルデ様が、私の手を取った。

 その指先が、微かに震えている。


 雇用契約ではない。

 もっと重くて、温かくて、逃げ場のない契約の話だ。


 私は覚悟を決めて、彼の黄金の瞳を見つめ返した。


「はい、ボス。……いえ、ガルデさん。伺います」


 宴の喧騒が遠ざかる。

 月明かりの下、私たち二人のシルエットだけが重なっていた。

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