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聖女のパワハラに耐えかねて魔王軍に転職しました。  作者: 秋月 もみじ


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3/10

第3話 スライムは清掃課へ。適材適所の人事異動で、魔王城が劇的ビフォーアフター


 魔王軍人事部長としての初仕事。

 それは、城内視察という名の「ダメ出しツアー」から始まった。


「……ボス。この配置を決めたのは誰ですか?」


 私は手帳を開きながら、隣を歩く巨躯の主――魔王ガルデ様に問いかけた。

 私たちは今、城の地下にある食料保管庫の前にいた。


 そこは本来、涼しい場所であるはずだ。

 けれど、熱気が渦巻いている。


「配置か? それは先代からの慣習で、『火吹きファイアドレイク』の一族に任せているが……」


「見てください」


 私は扉を指さした。

 そこには、小型犬サイズの赤い竜がいた。

 彼はガタガタと震えながら、自身の炎で必死に暖を取っている。


『さ、寒いです……死ぬ……』


 竜がくしゃみをするたび、ボッと炎が出て、保管されていた野菜を焦がしていた。


「……これです」


 私は冷静に指摘した。


「変温動物である爬虫類系の魔物に、冷暗所の番をさせるなんて虐待です。寒くて本能的に火を吹くから、食材もダメになる。完全なミスマッチです」


「な、なるほど……言われてみれば……」


 ガルデ様が目を丸くする。

 彼らは強靭すぎて、「環境が合わない」という概念が希薄なのだろう。


 私は次々と歩き回り、惨状を確認していった。


 廊下では、繊細な指先を持つハーピーが、重い岩を運ぼうとして爪を割って泣いている。

 中庭では、怪力のトロルが、小さな針に糸を通そうとして発狂し、布を引き裂いている。


 地獄絵図だ。

 能力の無駄遣いにも程がある。


「ボス。全面的な配置転換シャッフルが必要です。今すぐ辞令を出します」


「待てェェェイッ!!」


 ドシンッ!

 と、床が揺れた。


 廊下の向こうから、巨大な影が迫ってくる。

 身長三メートル。筋肉の塊のような身体に、立派な角を生やした牛の顔。

 魔王軍最高幹部、「四天王」の一人、剛腕のヴォロスだ。


 彼は鼻息荒く、私を見下ろした。


「人間ごときが、神聖な魔王城をいじくり回すとは何事だ! 魔族は『力』だ! 強い者が重要な場所を守る、それが掟だ!」


 唾が飛んでくるほどの剣幕。

 ガルデ様が私を庇おうと前に出るが、私はそれを手で制した。


「下がっていてください、ボス。これは人事の問題です」


「しかしミリア、ヴォロスは気性が荒いぞ」


「大丈夫です。データは出ていますから」


 私は眼鏡を直し、見上げるような巨牛と対峙した。

 スキル【詳細鑑定】起動。


『対象:ヴォロス』

『役職:四天王(武闘派)』

『性格:頑固、伝統重視』

『好物:柔らかい肉』

『悩み:最近、飯が不味くて力がが出ない』


 勝てる。

 私は手帳を閉じて、冷ややかに言い放った。


「ヴォロス様。あなたは『強い者が偉い』とおっしゃいましたね?」


「そうだ! スライムのような弱小魔物は、廊下の隅で埃でも被っていればいいのだ!」


「では伺います。その『偉い』はずの四天王のあなたが、なぜ先月から体重が五キロも落ちているのですか?」


「なっ……!?」


 ヴォロスが狼狽える。図星だ。


「この城の食事係は、腕力自慢のオーガたちです。彼らは肉を焼く時、力任せに強火で焦がすだけ。中は生焼け、外は炭。……そんなものを毎日食べていて、最高のパフォーマンスが出せますか?」


「ぐ、ぬぅ……それは……戦士の修行だと……」


「いいえ、ただの栄養失調です。今すぐ改善します」


 私はパチンと指を鳴らした。

 私の後ろから、トコトコと現れたのは、数匹のゴブリンだ。

 彼らは魔族カーストの最下層。いつもは雑用で酷使されている。


「彼らに調理場を任せます」


「はぁ!? ゴブリンごときに何ができる!」


「ゴブリンは指先が器用で、火加減の調整に優れています。嗅覚も鋭く、スパイスの配合も完璧。――いいから、黙って座っていてください」


 私は強引にヴォロスを食堂へ連行した。


 一時間後。

 食堂には、信じられないほど良い香りが漂っていた。


 焦げた肉の臭いではない。

 野菜の甘みと、肉汁の旨味が溶け合った、芳醇なシチューの香りだ。

 

 テーブルに置かれた大鍋。

 ゴブリンたちが、おっかなびっくりしながらも、誇らしげにそれを配膳する。


「ど、どうぞ……」


 ヴォロスは疑わしげにスプーンを手に取り、一口啜った。


「……ッ!?」


 牛の目が、限界まで見開かれる。


「な、なんだこれは……! 肉が、舌の上で解けるぞ!? 野菜が甘い! スープが五臓六腑に染み渡る……!」


「トロトロに煮込んだビーフシチューです。隠し味に、裏山で採れる香草を使わせました」


 私は淡々と説明する。


「力任せに焼くより、弱火でじっくり煮込むほうが、安い肉でも美味しくなる。……調理に必要なのは『腕力』ではなく『根気』と『繊細さ』です」


 ヴォロスは震えていた。

 涙すら浮かべている。


「う、うまい……うまいぞぉぉぉ!」


 彼は鍋ごと抱えて飲み干し始めた。

 それを見ていた他の魔物たちからも、歓声が上がる。


『うめぇ! なんだこれ!』

『ゴブリンすげぇ!』

『おかわり!』


 賞賛を浴びたゴブリンたちが、顔を真っ赤にして照れている。

 今まで「雑魚」と蹴飛ばされていた彼らが、初めて「英雄」になった瞬間だ。


 私はその光景を背に、次の指示を出した。


「次は清掃班です。廊下の隅で埃を被っていたスライムたち、出番ですよ」


『ぷるぷる!』


 ゼリー状の魔物たちが飛び出してくる。

 彼らは床の頑固な油汚れに取り付くと、自身の体液(酸)でジュワッと分解し、ピカピカに磨き上げていく。

 人間がブラシで何時間もかかる作業が、数秒で終わる。


「ヒャッハー! 汚れだ! ご馳走だ!」


 スライムたちにとっては、汚れは食事。

 城は綺麗になり、彼らはお腹いっぱいになる。ウィンウィン(Win-Win)の関係だ。


 その様子を呆然と見ていたヴォロスが、空になった鍋を置いて私の前に跪いた。

 ドスン、と床が鳴る。


「……ミリア殿」


「はい」


「アンタはすげぇ。力が全てだと思っていた俺が間違っていた。適材適所……いや、この飯のためなら、俺はなんだってする!」


「そうですか。ではヴォロス様、あなたのその剛腕は『土木課』に回します。城壁の修復と、重い資材の運搬をお願いします」


「承知した! 岩でも山でも運んでやる!」


 ヴォロスは鼻息荒く敬礼し、配下を連れて現場へ走っていった。

 単純で助かる。

 でも、これが組織運営の基本だ。

 報酬(美味しいご飯)とやりがい(称賛)を与えれば、誰だって働く。


「……見事だ」


 背後から声をかけられる。

 ガルデ様だ。

 彼はピカピカになった廊下と、笑顔で食事をする部下たちを眺め、深く息を吐いた。


「俺が数百年かけても成し得なかった統率を、君はたった半日でやってのけた」


「ただパズルを正しくはめ直しただけです。ここの皆さんは能力が高いので、場所さえ間違えなければ優秀ですよ」


「君も含めて、な」


 ガルデ様が、そっと私の髪に触れた。

 大きな手。

 でも、触れ方は壊れ物を扱うように優しい。


「君という才能が、俺のところに来てくれてよかった。……人間たちは、本当にもったいないことをしたな」


 黄金の瞳が、熱っぽく私を見つめる。

 その視線に含まれる温度に、私は思わず目を逸らした。


「……お世辞は結構です。給料分は働いただけですから」


「世辞ではない。心からの言葉だ」


 ガルデ様は距離を詰め、私の耳元で低く囁いた。


「なぁ、ミリア。飯も美味くなったことだし……俺の『寝心地』も改善してくれないか?」


「はい?」


 ドキリとする。

 寝心地?

 まさか、そういう意味で――?


「枕が合わなくてな。君のその……柔らかそうな……」


 ガルデ様の視線が、私の太ももあたりに注がれている。


(……あ、これ、膝枕を要求されてる?)


 私は赤くなりそうな顔を必死にポーカーフェイスで隠した。

 業務改善は順調だ。

 だが、魔王様からの「個人的な要求」は、私の業務規定マニュアルには載っていない。


 ――次なる課題は、この距離感バグり気味な上司との付き合い方らしい。

 私は胃薬の代わりに、冷たい水を一杯飲みたくなった。

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