第3話 スライムは清掃課へ。適材適所の人事異動で、魔王城が劇的ビフォーアフター
魔王軍人事部長としての初仕事。
それは、城内視察という名の「ダメ出しツアー」から始まった。
「……ボス。この配置を決めたのは誰ですか?」
私は手帳を開きながら、隣を歩く巨躯の主――魔王ガルデ様に問いかけた。
私たちは今、城の地下にある食料保管庫の前にいた。
そこは本来、涼しい場所であるはずだ。
けれど、熱気が渦巻いている。
「配置か? それは先代からの慣習で、『火吹き竜』の一族に任せているが……」
「見てください」
私は扉を指さした。
そこには、小型犬サイズの赤い竜がいた。
彼はガタガタと震えながら、自身の炎で必死に暖を取っている。
『さ、寒いです……死ぬ……』
竜がくしゃみをするたび、ボッと炎が出て、保管されていた野菜を焦がしていた。
「……これです」
私は冷静に指摘した。
「変温動物である爬虫類系の魔物に、冷暗所の番をさせるなんて虐待です。寒くて本能的に火を吹くから、食材もダメになる。完全なミスマッチです」
「な、なるほど……言われてみれば……」
ガルデ様が目を丸くする。
彼らは強靭すぎて、「環境が合わない」という概念が希薄なのだろう。
私は次々と歩き回り、惨状を確認していった。
廊下では、繊細な指先を持つハーピーが、重い岩を運ぼうとして爪を割って泣いている。
中庭では、怪力のトロルが、小さな針に糸を通そうとして発狂し、布を引き裂いている。
地獄絵図だ。
能力の無駄遣いにも程がある。
「ボス。全面的な配置転換が必要です。今すぐ辞令を出します」
「待てェェェイッ!!」
ドシンッ!
と、床が揺れた。
廊下の向こうから、巨大な影が迫ってくる。
身長三メートル。筋肉の塊のような身体に、立派な角を生やした牛の顔。
魔王軍最高幹部、「四天王」の一人、剛腕のヴォロスだ。
彼は鼻息荒く、私を見下ろした。
「人間ごときが、神聖な魔王城をいじくり回すとは何事だ! 魔族は『力』だ! 強い者が重要な場所を守る、それが掟だ!」
唾が飛んでくるほどの剣幕。
ガルデ様が私を庇おうと前に出るが、私はそれを手で制した。
「下がっていてください、ボス。これは人事の問題です」
「しかしミリア、ヴォロスは気性が荒いぞ」
「大丈夫です。データは出ていますから」
私は眼鏡を直し、見上げるような巨牛と対峙した。
スキル【詳細鑑定】起動。
『対象:ヴォロス』
『役職:四天王(武闘派)』
『性格:頑固、伝統重視』
『好物:柔らかい肉』
『悩み:最近、飯が不味くて力がが出ない』
勝てる。
私は手帳を閉じて、冷ややかに言い放った。
「ヴォロス様。あなたは『強い者が偉い』とおっしゃいましたね?」
「そうだ! スライムのような弱小魔物は、廊下の隅で埃でも被っていればいいのだ!」
「では伺います。その『偉い』はずの四天王のあなたが、なぜ先月から体重が五キロも落ちているのですか?」
「なっ……!?」
ヴォロスが狼狽える。図星だ。
「この城の食事係は、腕力自慢のオーガたちです。彼らは肉を焼く時、力任せに強火で焦がすだけ。中は生焼け、外は炭。……そんなものを毎日食べていて、最高のパフォーマンスが出せますか?」
「ぐ、ぬぅ……それは……戦士の修行だと……」
「いいえ、ただの栄養失調です。今すぐ改善します」
私はパチンと指を鳴らした。
私の後ろから、トコトコと現れたのは、数匹のゴブリンだ。
彼らは魔族カーストの最下層。いつもは雑用で酷使されている。
「彼らに調理場を任せます」
「はぁ!? ゴブリンごときに何ができる!」
「ゴブリンは指先が器用で、火加減の調整に優れています。嗅覚も鋭く、スパイスの配合も完璧。――いいから、黙って座っていてください」
私は強引にヴォロスを食堂へ連行した。
一時間後。
食堂には、信じられないほど良い香りが漂っていた。
焦げた肉の臭いではない。
野菜の甘みと、肉汁の旨味が溶け合った、芳醇なシチューの香りだ。
テーブルに置かれた大鍋。
ゴブリンたちが、おっかなびっくりしながらも、誇らしげにそれを配膳する。
「ど、どうぞ……」
ヴォロスは疑わしげにスプーンを手に取り、一口啜った。
「……ッ!?」
牛の目が、限界まで見開かれる。
「な、なんだこれは……! 肉が、舌の上で解けるぞ!? 野菜が甘い! スープが五臓六腑に染み渡る……!」
「トロトロに煮込んだビーフシチューです。隠し味に、裏山で採れる香草を使わせました」
私は淡々と説明する。
「力任せに焼くより、弱火でじっくり煮込むほうが、安い肉でも美味しくなる。……調理に必要なのは『腕力』ではなく『根気』と『繊細さ』です」
ヴォロスは震えていた。
涙すら浮かべている。
「う、うまい……うまいぞぉぉぉ!」
彼は鍋ごと抱えて飲み干し始めた。
それを見ていた他の魔物たちからも、歓声が上がる。
『うめぇ! なんだこれ!』
『ゴブリンすげぇ!』
『おかわり!』
賞賛を浴びたゴブリンたちが、顔を真っ赤にして照れている。
今まで「雑魚」と蹴飛ばされていた彼らが、初めて「英雄」になった瞬間だ。
私はその光景を背に、次の指示を出した。
「次は清掃班です。廊下の隅で埃を被っていたスライムたち、出番ですよ」
『ぷるぷる!』
ゼリー状の魔物たちが飛び出してくる。
彼らは床の頑固な油汚れに取り付くと、自身の体液(酸)でジュワッと分解し、ピカピカに磨き上げていく。
人間がブラシで何時間もかかる作業が、数秒で終わる。
「ヒャッハー! 汚れだ! ご馳走だ!」
スライムたちにとっては、汚れは食事。
城は綺麗になり、彼らはお腹いっぱいになる。ウィンウィン(Win-Win)の関係だ。
その様子を呆然と見ていたヴォロスが、空になった鍋を置いて私の前に跪いた。
ドスン、と床が鳴る。
「……ミリア殿」
「はい」
「アンタはすげぇ。力が全てだと思っていた俺が間違っていた。適材適所……いや、この飯のためなら、俺はなんだってする!」
「そうですか。ではヴォロス様、あなたのその剛腕は『土木課』に回します。城壁の修復と、重い資材の運搬をお願いします」
「承知した! 岩でも山でも運んでやる!」
ヴォロスは鼻息荒く敬礼し、配下を連れて現場へ走っていった。
単純で助かる。
でも、これが組織運営の基本だ。
報酬(美味しいご飯)とやりがい(称賛)を与えれば、誰だって働く。
「……見事だ」
背後から声をかけられる。
ガルデ様だ。
彼はピカピカになった廊下と、笑顔で食事をする部下たちを眺め、深く息を吐いた。
「俺が数百年かけても成し得なかった統率を、君はたった半日でやってのけた」
「ただパズルを正しくはめ直しただけです。ここの皆さんは能力が高いので、場所さえ間違えなければ優秀ですよ」
「君も含めて、な」
ガルデ様が、そっと私の髪に触れた。
大きな手。
でも、触れ方は壊れ物を扱うように優しい。
「君という才能が、俺のところに来てくれてよかった。……人間たちは、本当にもったいないことをしたな」
黄金の瞳が、熱っぽく私を見つめる。
その視線に含まれる温度に、私は思わず目を逸らした。
「……お世辞は結構です。給料分は働いただけですから」
「世辞ではない。心からの言葉だ」
ガルデ様は距離を詰め、私の耳元で低く囁いた。
「なぁ、ミリア。飯も美味くなったことだし……俺の『寝心地』も改善してくれないか?」
「はい?」
ドキリとする。
寝心地?
まさか、そういう意味で――?
「枕が合わなくてな。君のその……柔らかそうな……」
ガルデ様の視線が、私の太ももあたりに注がれている。
(……あ、これ、膝枕を要求されてる?)
私は赤くなりそうな顔を必死にポーカーフェイスで隠した。
業務改善は順調だ。
だが、魔王様からの「個人的な要求」は、私の業務規定には載っていない。
――次なる課題は、この距離感バグり気味な上司との付き合い方らしい。
私は胃薬の代わりに、冷たい水を一杯飲みたくなった。




