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聖女のパワハラに耐えかねて魔王軍に転職しました。  作者: 秋月 もみじ


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2/10

第2話 魔王様の胃痛の原因は「騒音」でした。業務仕分けと整理整頓を開始します


 魔王城への再就職が決まってから数十分後。

 私はさっそく、職場放棄したくなった。


「……ボス。これは、何かの儀式ですか?」


 私は眼鏡の位置を直し、目の前の惨状を見上げた。

 案内されたのは、魔王城の最上階にある執務室だ。


 そこは、カオスだった。


 床には羊皮紙が雪崩のように散乱している。

 食べかけの肉骨が転がり、壁には煤け跡。

 部屋の隅では、小型のドラゴンが書類を巣材にして昼寝をしている。


 そして何より――。


「うるさい……」


 騒音がひどい。

 物理的な音ではない。

 頭の中に直接響いてくる、無数の「声」だ。


『魔王様ー! 腹減りましたー!』

『南の砦、崩れました! 直し方わかりませーん!』

『俺の肉取ったの誰だ! 殺す!』

『眠い……』


 私のスキル【詳細鑑定】が、周囲を飛び交う魔力の波長を可視化している。

 これは「念話」だ。

 魔族特有のテレパシー通信。

 それが統制なく、四方八方からこの部屋へ向かって発信されている。


 玉座に座る魔王ガルデ様は、眉間に深い皺を刻んでうずくまっていた。

 せっかく薬で治まった胃痛が、またぶり返しているようだ。


「ぐぅ……静かにしろ……俺の頭の中で、喚くな……」


 彼はこめかみを押さえ、苦しげに呻いている。

 その姿は、世界の覇者というより、クレーム処理に追われるコールセンター長にしか見えない。


(この職場、環境が悪すぎる)


 私は腕組みをして、思考を巡らせた。

 契約した以上、私の雇用主はこの魔王だ。

 雇用主が過労で倒れれば、私の「安全な衣食住」も消滅する。


 ならば、やることは一つ。

 業務改善だ。


「ボス、失礼します」


 私は散らばる羊皮紙を跨いで、玉座へと近づいた。

 ガルデ様が虚ろな目で私を見る。


「……ミリア、か。すまん、歓迎の宴も用意できなくて……今、部下が喧嘩を始めて……」


「謝罪は不要です。それより現状確認を。ボス、この『声』は常に聞こえているんですか?」


「ああ。王たるもの、民の声を全て聞くのが務めだと、先代の遺言で……」


「却下します」


 私は即答した。


「それは『聞く』のではありません。ただの『騒音公害』です。必要な情報とノイズの区別がついていません」


「ノイズ……?」


「ええ。ボス、今聞こえている声の中で、『緊急の敵襲』と『今日の晩ご飯』の割合は?」


 ガルデ様は数秒考え込み、ポツリと言った。


「……晩飯が九割だ」


「でしょうね!」


 私は呆れて声を荒げた。

 魔王の脳味噌を、掲示板代わりに使われているようなものだ。

 これでは胃に穴が開くのも当然だ。


 私は手帳を取り出し、サラサラとペンを走らせる。

 前職で培った「危機管理マニュアル」の応用編だ。


「いいですか、ボス。今すぐ念話の受信設定を変更してください。自分に向けられたパスを、一時的に全て遮断するんです」


「なっ……!? そんなことをしたら、緊急事態に対応できない!」


 ガルデ様が慌てて立ち上がろうとする。

 その巨躯が放つ威圧感に足がすくみそうになるが、私は引かなかった。

 ここで引いたら、明日もこの騒音の中で働くことになる。


「対応できていません! 現にあなたは今、情報の波に溺れて身動きが取れていないじゃありませんか」


「う……」


「まずは遮断。その上で、私がフィルターを作ります。私を信じてください」


 私は真っ直ぐに黄金の瞳を見つめた。

 ガルデ様は迷うように視線を泳がせ、やがて大きく息を吐いた。


「……わかった。やってみる」


 彼が目を閉じ、集中する。

 周囲の空気がビリリと震えた。

 強大な魔力が、城全体を覆う見えないアンテナを折り畳んでいく。


 フッ、と。

 部屋を満たしていた重苦しい気配が消えた。


「……静かだ」


 ガルデ様が目を開けた。

 その表情から、険しさが抜け落ちている。


「何も聞こえない。風の音しかしない……こんな静寂は、数百年ぶりだ」


「よかったですね。でも、これだけじゃ終わりません。部下たちは今頃、ボスに声が届かなくてパニックになっているはずです」


 私は部屋の隅に転がっていた木箱を引き寄せた。

 中には、装飾に使われていたらしい色とりどりの魔石が入っている。


 赤、青、黄色。

 ちょうどいい。


「ボス、命令を出してください。城門の衛兵、各部隊の隊長に伝達を」


「ああ。何と言えばいい?」


「こう伝えてください。『今後、念話は禁止とする。報告がある者は、執務室前のカゴに石を入れろ』と」


 私は三つの石を並べて説明した。


「赤の石は『敵襲・緊急事態』。

 黄の石は『相談・許可申請』。

 青の石は『異常なし・定時報告』。


 これ以外の用件、特に『腹減った』などの私語で念話を飛ばした者は、減給処分とします」


 ガルデ様は目を丸くして、私の手と石を交互に見た。


「……そんな子供騙しで、機能するのか?」


「機能させます。文字が書けない魔物でも、石の色ならわかりますから」


 私の意図を理解したのか、ガルデ様は微かに口元を緩めた。

 そして、魔力を込めて全軍に一斉送信ブロードキャストを行う。

 威厳たっぷりの低い声で。


『――通達する。これより、俺への直通念話を禁ずる。報告は“色石”で行え。違反者は……』


 ガルデ様がチラリと私を見た。

 私は無言で「晩飯抜き」と口パクする。


『……晩飯を抜きにする』


 その瞬間。

 城の外から「ギャアアアアッ!?」という絶望の悲鳴が上がったのが聞こえた。

 どうやら、死ぬことより飯抜きのほうが怖いらしい。

 単純で助かる。


 数分後。

 執務室の扉がノックされた。

 おずおずと入ってきたのは、豚の顔をしたオークの兵士だ。

 その手には、震えながら握りしめられた青い石がある。


「あ、あの……魔王様……異常、なし、です……」


 たどたどしい言葉。

 でも、内容は明確だ。


 ガルデ様は玉座で深く頷いた。


「うむ。ご苦労。下がってよし」


「は、はいっ!」


 オークは感極まった顔で敬礼し、嬉しそうに走り去っていった。

 たぶん、「魔王様と会話が成立した」ことが嬉しいのだ。

 今までは何百もの声にかき消されて、個々の報告なんて届いていなかっただろうから。


「……すごいな」


 静かになった執務室で、ガルデ様が呟いた。

 彼は自分の手を見つめ、それから私へと視線を移す。


「ただ石を持たせただけだ。それなのに、誰が何を伝えたいか、一目でわかる。頭を使わなくても理解できる」


「それが『仕組み化』です。ボスの脳内メモリは、もっと重要な戦略決定に使うべきですから」


 私は散らばった書類を拾い集めながら答えた。

 ガルデ様が玉座から立ち上がり、私の前まで歩いてくる。

 見上げるような巨体。

 影が私を覆う。


 彼はゆっくりと膝を折り、視線を私と同じ高さに合わせた。


「ミリア」


「は、はい」


「ありがとう。……本当に、助かった」


 黄金の瞳が、熱を帯びて揺れている。

 そこにあるのは、魔王としての威厳ではなく、一人の疲れた男性としての純粋な感謝だった。


「君が来てくれてよかった。この静けさは、どんな財宝よりも価値がある」


「……仕事ですから」


 私は視線を逸らして、眼鏡を押し上げた。

 直視できない。

 そんな無防備な顔で、すがるように見つめられるのは慣れていない。

 前の職場では、罵声と文句しか飛んでこなかったから。


「それに、まだ終わりじゃありませんよ。次は、このゴミ屋敷の掃除です」


 私は照れ隠しに、巣作り中のドラゴンを指さした。


「まずは彼をどかして、床が見えるようにしないと。私のアレルギーが爆発する前に」


 ガルデ様は小さく笑った。

 初めて見る、彼の笑顔だった。


「ああ。頼む。……俺の全てを、君に任せたい」


「重いです、ボス。発言が」


 私はため息をつきつつ、箒を探して歩き出した。

 

 どうやら私の再就職先は、予想以上に「やりがい(=問題山積み)」のある職場らしい。

 まずは環境整備。

 そして、適材適所の人事異動だ。


 私の腕が鳴る。

 社畜根性が染み付いた自分が少し恨めしいけれど、少なくともここには、私の仕事を「ありがとう」と言ってくれる上司がいる。


 それだけで、悪くないスタートだと思えた。


 ――だが。

 翌日、私はさらなる現実を知ることになる。

 魔王軍のモンスターたちが、ただ文字が書けないだけでなく、「自分の才能を盛大に履き違えている」という事実に。

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