表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女のパワハラに耐えかねて魔王軍に転職しました。  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

第10話 終身雇用契約と平和条約


 戦争――もとい、巨大野外ランチパーティーから数日が過ぎた。


 魔王城は、以前にも増して活気に満ちている。


「おーい、新人! そっちの畑、耕しとけよ!」

「イエッサー! オーク先輩!」


 中庭では、元騎士団長のヴァルドロさんが、くわを担いで汗を流している。

 彼は「農業警備課」の課長に就任した。

 剣を鍬に持ち替え、魔物たちと作物を育てる毎日は、胃痛持ちだった中間管理職の彼には天職だったらしい。

 顔色が驚くほど良い。


 聖女ルミナ様は、本国へ送還された。

 帰り際、「覚えてなさい! 次はもっと凄い魔法で……」と捨て台詞を吐いていたが、誰も聞いていなかった。

 彼女を待っているのは、騎士団の離反を知った国の上層部による査問会だ。

 もう、彼女が表舞台に出ることはないだろう。


 平和だ。

 私の仕事(トラブル処理)も一段落した。


 だからこそ、予感がしていた。

 そろそろ、「契約」の話をしなければならないと。


 ◇


「……ミリア。入ってくれ」


 執務室の重い扉が開く。

 呼ばれて中に入ると、魔王ガルデ様が玉座ではなく、執務机の前に立っていた。


 いつもはラフな軍服姿だが、今日は違う。

 儀式用の、黒と金を基調とした正装。

 赤髪も丁寧に撫で付けられ、立派な角が艶やかに光っている。


 部屋の空気が張り詰めていた。


「お呼びでしょうか、ボス」


 私はいつものように眼鏡の位置を直し、彼の前に立った。


「ああ。……座ってくれ」


 勧められた椅子に腰掛ける。

 ガルデ様は私の向かいに座ると、組んだ手を口元に当て、しばらく沈黙した。


 黄金の瞳が揺れている。

 視線が泳ぎ、時折、私の顔を見ては逸らす。


 【詳細鑑定】を使わなくてもわかる。

 極度の緊張状態だ。


「……単刀直入に言おう」


 やがて、彼は意を決したように口を開いた。


「ミリア・リーゼンバーグ。君との『戦時特別雇用契約』は、本日をもって終了とする」


 ドクリ、と心臓が跳ねた。

 予想していた言葉。

 でも、実際に聞くと、胸の奥が冷たくなるのがわかった。


「……そう、ですか。戦争は終わりましたからね」


 私は努めて冷静に声を返した。

 事務的に。プロとして。


「短い間でしたが、お世話になりました。引継ぎ資料は作成済みですので、後任の方に――」


「待て」


 私が席を立とうとすると、ガルデ様が慌ててテーブルを叩いた。


「違う! そうじゃない! 帰るな!」


「え? でも、契約終了と……」


「終了して、更新するんだ! 新しい契約に!」


 ガルデ様は顔を真っ赤にして、懐から一巻の羊皮紙を取り出した。

 バサリ、とテーブルに広げられる。


 それは、見たこともないほど高品質な竜皮紙ドラゴン・ヴェラムだった。

 縁は金箔で装飾され、魔術的な光を帯びている。


「これを……読んでくれ」


 私は恐る恐る、その書類に目を通した。


『終身パートナーシップ契約書』


 タイトルからして重い。

 私は眼鏡を押し上げ、条文を追った。


『第一条:ガルディアミリアに対し、生涯にわたる衣食住、および安全を保証する』

『第二条:甲は乙に対し、自身の持つ全財産、全権力、および全愛情を譲渡する』

『第三条:乙は甲に対し、その人生の管理権を持つものとする』


 ……なんだこれは。

 雇用契約書ではない。

 これは。


『特記事項:甲は乙以外の異性を視界に入れず、乙が望む限り、その傍を離れないことを誓約する(血判)』


「……ボス。この契約書、法務部のチェックは通っていますか?」


 私は震える声で尋ねた。


「通していない。……俺が、三日三晩考えて書いた」


 ガルデ様が俯いたまま、ボソボソと言う。


「ミリア。俺は魔王だ。不器用で、戦うことしか知らない。君が望むような、気の利いた言葉は言えない」


 彼が顔を上げた。

 その瞳は、もう揺れていなかった。

 真っ直ぐに、私だけを映している。


「だが、君がいない世界はもう考えられない。あの静寂も、温かい食事も、君が隣にいて初めて意味を持つんだ」


 彼の手が伸びてくる。

 テーブルの上で、私の手をそっと包み込んだ。


「君を、ただの部下としてではなく……俺の『つがい』として迎えたい。……俺の人生を、君に独占してほしいんだ」


 熱い。

 彼の手の温度が、言葉の重みが、私の胸を焦がしていく。


 ずるい人だ。

 最強の魔王のくせに、どうしてこんなに捨てられた子犬のような目をするんだろう。

 こんな契約書、断れるわけがない。

 

 いや。

 断る気なんて、最初からなかった。


 私はため息をついて、胸ポケットから愛用の万年筆を取り出した。


「……不備だらけですよ、この契約書」


「なっ、ど、どこがだ!?」


「報酬の記載が足りません。『全愛情』なんて抽象的な表現じゃ、税務処理できませんよ」


 私は契約書の余白に、サラサラと追記した。


『追記:甲は乙に対し、毎日「愛している」と言葉で伝え、一日に最低一回は抱きしめること』


「これでどうですか?」


 ガルデ様が目を丸くして、それから――パァッと、花が咲くような笑顔になった。


「……承認する。即時、執行可能だ」


「では、サインを」


 私が署名欄に名前を書き終えた瞬間。

 羊皮紙が光り輝き、粒となって消えた。

 契約成立。

 魔術的なパスが、私と彼の魂を繋いだ感覚がした。


 重い。

 でも、心地よい重さだ。


 ガルデ様が立ち上がり、テーブル越しに身を乗り出した。

 長い指が私の頬に触れ、顎を持ち上げる。


「ミリア」


「……はい、あなた」


 ボス、と呼ぶのはもうやめだ。

 

 唇が重なった。

 触れるだけの優しいキス。

 でも、そこには言葉以上の誓いが込められていた。


 長い、長いキスの後。

 ガルデ様は額を私の額に押し付け、甘く囁いた。


「愛している、ミリア。……俺の全ては、君のものだ」


「ええ。知っています」


 私は彼の首に腕を回し、微笑んだ。


「覚悟してくださいね。私の管理は厳しいですよ? 無駄遣いも、夜更かしも、浮気も絶対に許しませんから」


「望むところだ。……一生、君の尻に敷かれてやる」


 ◇


 ドーン! パパーン!


 突然、窓の外で爆発音が響いた。

 敵襲ではない。色とりどりの魔法の花火だ。


「魔王様、バンザーイ!」

「ミリア様、おめでとうー!」

「今日はお祝いだ! 飲み明かすぞー!」


 バルコニーに出ると、中庭に魔物たち(と元騎士たち)が溢れかえっていた。

 みんな、ジョッキを片手に私たちを見上げて手を振っている。

 リズがハンカチで涙を拭いているのが見えた。


「……知っていたんですね、みんな」


「ああ。俺がプロポーズに失敗したら、慰める準備もしていたらしいがな」


 ガルデ様が私の腰を抱き寄せ、群衆に向かって手を挙げた。

 ワァァァッ! と歓声が波のように押し寄せる。


 ここが、私の居場所。

 聖女に捨てられ、崖から落ちて拾った、世界一温かいブラック(溺愛)企業。


 私は隣に立つパートナーを見上げた。

 彼も私を見て、優しく目を細める。


 これからは、人事部長としてだけでなく、魔王妃として忙しくなりそうだ。

 でも、悪くない。

 私の手には、この愛すべき不器用な魔王様と、彼の手の温もりがいつもあるのだから。


「さあ、仕事に戻りましょうか。……まずは、披露宴のスケジュール調整ですね」


「お手柔らかに頼むよ、マイ・ハニー」


 こうして、元・聖女付き事務官の私は、魔王様の「番」として永久就職することになったのだった。


(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ