けっしてダジャレを言ってはいけない部屋
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、じつはお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ。蛇口も好きにひねってね。猫とも好きに遊んで。スマホも見ていいし、オ・ナラもしていいわよ。カブトムシを放たれるのは困るけど、鏡は見てもいいし、笹門 優にツッコミ感想をつけられてもべつにいいわ」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「シーッ! ベッドのシーツが今、シ……」
「冷蔵庫のものも食べていいから」
「冷蔵庫にれ……」
「ただ、この部屋でダジャレだけは絶対に言わないで」
「え……」
酷な話だと思った。
息をするようにダジャレを吐くこの私に、ダジャレを言うなって? それは呼吸をするなというに等しい。
でも……。そうだったのか。さっきから私がダジャレを言いそうになるたびに美沙が止めてくれてたのは、そういうことだったのか。でも……
私は聞いた。
「ダジャレを言うと何が起きるのか、教えてくダジャ……」
「おそろしいことが起きるのよ!」
「おそろしいこと? ……おそろく、それは……しい」
「命にかかわるから! やめて!」
私は黙るしかなかった。
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
「へへ……。ブルジョワ気分」
私はふかふかのベッドの上で飛び跳ね、ゲーム機で遊び、蛇口をひねり放題にひねり、猫と遊び、スマホを見ながら放屁し、冷蔵庫の高級食品を猫と一緒に食い尽くし、カブトムシは放たなかったけど、鏡を見て自分のかわいさに満足し、美沙のパソコンで小説を書いて笹門 優さんからツッコミ感想をもらうと、やることがなくなった。
ふと、ヤクルトジョアが飲みたくて仕方がなくなった。
「ジョアが飲みたいなぁ……」
その気持ちを、つい、口に出してしまった。
「ブルーのパッケージの、ヤクルトジョア。ヤクルト……ブルージョア気分……ぷぷぷ」
しまったと思った時には、もう遅かった。
私はダジャレを口にしてしまっていた!
おそろしいことが起こってしまう! おそろく、それは、しいなここみが怒ってしまうような……おそろしいなここみ!
まるで冷蔵庫に冷コー(アイスコーヒー)は入っているのかどうか、わからないような!
ベッドのシーツが「シーッ」って言うような!
コロンさまの小説ばかり読んでいたら『コンロ』って文字まで『コロン』に空目してしまうような!
私は身構えた。
今にも美沙がどこかから現れて、『あんなにダジャレを言ってはいけないって言ったのに! いい加減にしてくダジャレ!』と定番のセリフを美沙イルのように浴びせてくるのを待った……。浴びる……あびる優、懐かしい。何を言う!
しかし、何も起こらなかった。
誰も怒らなかった!
私も自分のダジャレをべつに誇らなかった!!
「……なんだ。何も起きないじゃない」
ケージの中の猫もスヤスヤ眠っている。起きなかった!!!
しかし異変は起きていた。
室内温度が5℃は下がっていた。
私は自分の体をさすりながら、天に向かって大声を出した。
「さっきの寒いダジャレを言ったのは、誰ジャ!」
部屋の中が凍りついた。
まるでロシアの大地のように……。凍りついた。
おそろしいことって、こういうことだったのね……。
おそロシヤ!!