9・三つの旧家
俺は公園職員の立場を活かして引き続き調査を。
その間、挽霧さんは町のようすを探る。単独での調査範囲は、友好的な神社や祠の近く限定。危険がせまった時にすぐ避難できるように。
職場の雰囲気はいつもと同じだ。
俺が挽霧さんを蔵から連れ出したことはまだ気づかれていない。
それとも小さな神々の自我の所在はどうでもよくて、あくまでも神通力みたいなエネルギーを蓄えることだけが目的なんだろうか。
いったい何者が奇妙な御幣を蔵に集めているのか。
休憩中、事務所にあった公園のパンフレットを手に考えこむ。
常杜の郷公園は、土地開発で失われる里山の風景をおしんだ地元の有力者たちが行政に働きかけてできあがった。
現在は、地域に根ざしたNPO法人と企業が合同で公園の管理にあたっている。
草木の手入れとかのお金にならない活動はNPOが受け持ち、古民家カフェや貸し農園といった商売は企業が担当する、というわけだ。
俺が潜りこむのに成功したNPO職員だって、たいしたことはしらされてない。現場にいる者に与えられる知識は最小限で、何かもっと、組織の上に立つ者の思惑があるんだと思う。
「勉強熱心ねぇ、綱分さん」
篠塚さんが梅飴の包みを休憩テーブルにコロンと置いて話しかけてきた。
「勉強ってほどじゃないんですけど、公園利用者の方から質問されても答えられるようにしておきたいので。歴史あるものが多いですから」
「そうね。名家から移築された古民家もあるものね」
パンフレットにも書いてある情報だ。
カフェとして利用されているのが塩来路家の旧家屋。古民家園の中では比較的新しめだ。
イベント時限定で一般開放される古民家もある。村のまとめ役である名主の稲門昏家と、技術者として昔の治水や土木作業に関わった堤我家の屋敷がそうだ。お正月や七夕の時期にワークショップや演奏会を開いたり、囲炉裏をかこんでのお話会が開催される。
ほかにも薪小屋や厩なんかが、昔の道具の展示場として常時公開されている。
「事務所近くの蔵はどこから移築されたものなんでしょうね。パンフレットには書いてなくて」
「あら、本当だわ。堂ノ下さんにパソコンか何かで調べてもらえないか、お願いしましょうか?」
「いえ、そこまでは」
篠塚さん、俺もネットはふつうに使えるから。
というか、すでに調べてある。検索にはヒットしなかった。ネットの普及前の出来事やローカルすぎる情報は検索とは相性が悪い。
公園のお年寄りスタッフに聞けばわかるんじゃないかと期待したけど、篠塚さんもしらないみたいだ。
「うーん。少なくとも、塩来路家のものではないと思うのだけれど」
「どうしてですか?」
「ああいう古い建物って家紋があるでしょう、屋根の近くだとかに。たしかね、それがカフェと蔵ではちがってたように思うのよ」
「篠塚さん。ありがとうございます」
梅飴を受け取って、俺は仕事に戻る。
蔵の内装はかなり現代的に改造されているが、外観は古風なままだ。白塗りの土蔵。
その屋根と窓の間に円形の紋様が見える。あれが家紋だ。
何かがゆるく弧をえがいている。……勾玉、じゃないな。胎児……さすがにちがうでしょ。
ケモノだ。
小さな耳と長い尻尾もあるし、動物でまちがいない。
簡略化されたデザインに落としこまれてるから種類までは断言できないけど。
古民家エリアでの竹柵の修復作業中に、それとなく家紋を調べる。
カフェの塩来路家の家紋はどっしりとした荷物を背負ったウシだ。
ほかの家紋も調べようとしたが、わからなかった。稲門昏家も堤我家もかやぶき屋根の古い家で、外から見える場所に家紋はついていない。
焦っちゃダメだ。自然な理由で内部に入れる日もこれから訪れるはず。
俺はしっかりと組んだ竹を黒いシュロ縄で結びつける。この仕事をしてから、縄や紐のあつかいにだいぶくわしくなった。ゆるまず見た目もキレイに縛れると気持ち良い。
『おかえり、伊吹』
アパートに帰れば挽霧さんが出迎えてくれる。
ほの暗い部屋の中、片目をぼんやりと光らせて。足元には白い霧が立ちこめている。
電気つけても良いのに。
「ただいま。ゼリー買ってきたんだ。夕飯のデザートにいっしょに食べよう」
『うん』
挽霧さんは生物的な意味での食事は必要としない。
それでも美味しいものやキレイなお菓子を食べて楽しんでほしいと思うのは、単なる俺の自己満足だ。お姉さんが幸せだと、俺も満ち足りた気持ちになる。
リサイクルショップで安く手に入れたちゃぶ台の上に、冷たい緑茶とゼリーが二人分。
『やはり社を持たない怪異がいたるところで消え失せている』
「そっか……。俺はあの蔵について調べてるところ。稲門昏、堤我、あと塩来路。この町の旧家らしいんだけど、挽霧さんは聞いたことある?」
水中の金魚がモチーフの涼しげなゼリーを俺はスプーンですくいとる。
すっきりと甘い。フルーツポンチを高級路線にした香りと味が、口に広がった。
『時の流れで栄えたり落ちぶれたりもしながら、それでも今なお続いている家系だ。個人的な縁はうすいものの、町の歴史と紐づいたおおまかなことはわかる』
「蔵がどの旧家と関係あるのかがわかれば手がかりになるかと思ったんだ。蔵の家紋は尻尾の長い動物っぽいんだけど特定までは難しくて」
『その特徴は、稲門昏にも堤我にも当てはまる。蔵の家紋を私が直接確認すれば話は早いが……』
挽霧さんは不安を表情に出さないようにしてるけど、その手がきゅっとこわばったのが俺にはわかった。
「それはやめよう。ムリしないで」
抵抗するだけの霊力が不足した状態で、常杜の郷に足を踏み入れるのは怖いだろう。
渚獲さまのところやほかの神社とも距離がある。俺が全力で守るとしても、機械じかけの異様な御幣をあやつる相手にどこまで太刀打ちできるかもわからない。
『解決策としてはいくつか思い浮かぶ。私が常杜の郷に近寄らずに蔵の家紋がどこの家のものか特定する。あるいは、私がかつての力を取り戻す』
挽霧さんの前に置いたゼリーが干からび、色彩もくすんでいく。
食べてくれてる! 気に入ってくれたら嬉しいな。
『常杜の郷に立ち入らずとも……この地域の旧家の家紋が集う場所には心当たりがある。あまり気乗りする方法ではないけれど……』
「それってどこ?」
『墓場』