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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第二部・目覚め
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8・なとぴぃの海の家

 挽霧(ひきり)さんに連れてこられたのは小高い丘の一角にある神社。

 神社とかお寺なら、たしかにかんたんにはなくならないよな。


 木々をゆらして気持ちの良い風がとおる。

 ここは海からはそこそこ距離があるはずなんだけど、なんとなくさわやかな潮風(しおかぜ)に吹かれたようで気分爽快(そうかい)


『歓迎してくれている。良かった。ここの(ぬし)健在(けんざい)だ』


 まわりの木や燈籠(とうろう)はけっこう古そうなのに、手水舎(ちょうずや)や立て札といった設備は新しめのキレイなものだ。歴史ある神社で、今も大切にされてるんだなって思う。

 神主さんはいつもいるわけじゃないみたいで、代わりに地元の人たちが守っているようすだ。観光地っぽい(にぎ)わいはゼロ。


 神社の歴史を説明した立て札を読む。

 少なくとも鎌倉時代にはこの土地に神社が建ち、人々を見守っていたらしい。




『ここがスペシャルな場所だったのは、もっと昔からだしっ』


 誰も隠れるスペースなんてなかった立て札の陰から、ド派手な姿がひょこっと出現。まだ読んでる途中だったのに。

 ピンクと水色のグラデーションの夢キラ髪の小麦肌ギャルが、ふんすっと得意げに胸をはった。


 ふわっと体にまとっている、素朴な手仕事を感じさせる白っぽい布は、神聖さがあるって表現してもまあいいのかな。

 肩や腕につけた独特のアクセサリーは削った骨や焼いた土でできていて、これも古い信仰を感じさせる。


 でもそれ以外は、ちょっと、こう……神さまっぽい(おごそ)かさはない。

 髪を大きなリボン風に結って、さらに赤いクシを飾りにさしこむという盛りもりなヘアスタイル。

 白い布の下は、ミニスカスタイルの()色のビキニっていうのも、俗っぽさに拍車(はくしゃ)をかける。


 何か失礼なことを口走ってしまう前に、俺はチラリと挽霧さんをうかがった。


『正式に紹介するのははじめてだったか。この子は綱分(つなわき)伊吹(いぶき)。こちらは渚獲(なとろ)(がみ)、私の昔馴染み』


『きりちぃのお友だちでぇーす』


 きりちぃ……? あだ名か。軽いノリだなぁ……。

 とはいえ相手は挽霧さんのご友人だ。

 俺はうやうやしく頭を下げる。


『わー、大きくなったねー。背はチビだけど』


 渚獲さま、一言多いな。


『え、てかなんで改めて二人できた? もしかして結婚の報告!?』


『……わけあって自由を奪われていた。なとぴぃと情報共有をしたくて』


 挽霧さんもあだ名で呼んでるの!?

 いや、それと、結婚うんぬんは渚獲さまの誤解なんだけど、それについて挽霧さんがしれっとスルーしているのはどういう心情なのか……。


 騒ぎ立てたいのをグッとこらえる。

 全国のお利口で聞き分けの良い忠犬たちも、きっと俺みたいに日々ガマンしてるんだろうな。




『立ち話もなんだし、上がりなよ。いぶきちもおいで』


「いぶきち……」


 次の瞬間、俺たちは人気(ひとけ)のないキレイな砂浜にいた。

 道路も、電柱も、浜辺に転がるプラスチックゴミも何一つ見当たらないその世界で、場違いにも思える人工的な建物が視界に入る。

 若者むけのオシャレな海の家だ。いかにも写真映えしそうな、白ベースのテラス席まである。


 渚獲さまは海に関係ある神さまなんだろう。だからビキニだった。

 それはいいとして、どうして俺と挽霧さんまで水着なのか。


 ホルターネックの黒い水着が、落ち着いた大人のお姉さんって感じで挽霧さんによく似合っている。キレイだ。

 いや、キレイだけども。なんでだよ。


 戸惑(とまど)う俺のそばで、挽霧さんが髪をおさえながら軽く(かが)んだ。


『伊吹。相手の神域にまねかれた際は、それに応じて()で立ちを整えるのも作法だ』


「……うん、そういうものなんだね」


 子どもをさとすように説明される。

 俺が……人間の感覚がおかしいのか?




『このようなことがあった』


 挽霧さんがかざした手に白いモヤが球状に集まって、そこにチラチラと幻影が浮かぶ。

 機械的な御幣(ごへい)に封じられた災難。

 常杜(とこもり)(さと)公園にある奇妙な蔵。

 近隣の(あやかし)の姿がこつぜんと消えていること。


 それを渚獲さまの方へ、ふわんと飛ばした。


『なるほどねー』


 役目を終えた霧の球は空気に散って消える。素早い情報伝達だった。


『うちの神社は特に異常なーし。変な御幣を持ってるヤツも見かけなかったなー』


 俺は堂ノ下(どうのした)先輩の言葉を思い出す。

 ――このまま放っておけば消えかねない小さな神々。それを保存して守る。


「信仰が今も続いている神社は、ターゲットにされていないのかもしれません」


 保存が目的というのが建前ではなく事実なら、現在も信仰が息づいている神社や(ほこら)には手出しをしないはずだ。


 少し、不安になってくる。

 俺が蔵からお姉さんを連れ出したのは本当に正しい選択だったのか、って。


『伊吹』


 思いつめた俺の表情に気づいたのか、挽霧さんがそっと手を取ってほほ笑みかけてくれた。

 それだけで俺は安心できたし、何があっても頑張ろうと思える。


『ある意味ここは安全地帯ってわけか。じゃ、きりちぃさ。今、霊力がスカスカになってるっしょ? 何かあった時はここを避難所にしな! てか、べつに困ってなくても毎日来てくれてOKだからね。きりちぃとゆっくりすごせたら、うちも嬉しいし!』


『ありがとう、なとぴぃ』




 気づけば俺は神社の境内(けいだい)にいた。挽霧さんもすぐそばだ。服も戻っている。

 

 渚獲さまはきっと海と関係している神さまなんだろうけど、海岸から遠く離れたこの町にいるのはどういう理由なんだろう。

 さっき最後まで読めなかった立て札の文字を目で追う。


「あ……。そっか、そうだな」


 この丘には、神社だけでなく縄文時代の貝塚の遺跡も存在していると書いてある。

 神社そのもののは鎌倉時代に設立されたものだが、それよりも前からここは人間たちにとって特別な場所だった。


「大昔ここは海辺だったんだ」


 潮騒(しおさい)そっくりに、吹き抜ける風を受け木々がざわめく。

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