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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第六部・平生

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39/40

39・七つの祝い

 由緒ある農家のイメージそのものの屋敷。(ふすま)には写実的な日本画のタッチで四季の花が描かれ、その上の欄間(らんま)の木彫り装飾では木々の間で翼を広げる鳥が表現されている。まだ青々とした畳からは心和むイ草の香り。


 夕暮れ景色がキレイな広々とした縁側で、俺は体を休めていた。


「あー、田舎って癒されるなぁー」


「は。嫌味か?」


 人の姿に戻った(まり)にジロリと睨まれる。


()()()違う。素直に良いところだなーって思ったんだよ、ごめんね」


 俺に悪意はなかったんだけど、これまで鞠にはさんざん皮肉で応戦してきたから、そう解釈されるのもしょうがない。


『私もここの風景が好きだ』


「……そーかよー。トウモロコシ喰うか?」


「ありがと。でも、口の中も痛くてさ」


 吹っ飛ばされたり叩きつけられたりしてるうちに、自分の歯で噛んじゃったみたいだ。

 人肌ていどにぬるくした麦茶を俺は湯飲みでちびちびと飲んでいる。


 俺のケガは、カワウソ面たちに処置を教わりながら挽霧(ひきり)さんが手当てしてくれた。額の髪の生え際には目立つ切り傷。全身のあちこちにもすり傷や打撲ができていた。今の俺は清潔なガーゼをあちらこちらにはりつけて、消毒薬の香りに包まれている。


「……ごめん。鞠に貸してもらった稲門昏(いなかどくら)家の刀なんだけど……」


 激しい攻防の中で手放してしまった。貸してもらったものなのに。


「ああ、それか。(おなが)んとこのキツネがちゃんと拾ってる」


「そっか。良かった」


「むかい傷ができて、ちっとは男前になったな」


 ケラリと笑う鞠の表情は、同世代の男女の甘酸っぱいやりとりというよりは、近所の子どもの成長を認めるオヤジっぽい豪快さがあった。


『私の夫は傷があってもなくても格好良い』


「はー。ノロケてら」


 庭ではカワウソ面の技術者がオ魔モリー手くんの状態をチェック中だ。

 本格的な修理となると製作者本人でないと難しいが、ちゃんと直るだろうという話を聞いて、挽霧さんは目を伏せて胸をなでおろしていた。

 心配ないからね、とでも言うように、オ魔モリー手くんはちょっとぎこちない動作で親指を立てる。


 星澪沙(せれさ)は熱を出して寝こんでしまった。縁側の隣の座敷で横になっている。さっきまで鞠が付き添って冷えたリンゴのゼリーを食べさせていた。


『安心できる場所について、張りつめていた気がゆるんだのだろう。荒事になじみのない者があれだけの殺意にさらされたのだ。熱も出よう』


「ああするしかなかった相手だけど……塩来路(しおらいじ)家の報復とかは大丈夫なのか?」


「平気っしょ。守り神さまからもらった領地での出来事だし、誰にもわからない。それに今ごろは、牛の仮面の一人が塩来路寅之助(とらのすけ)の代理を務めてんべー」


「んん? どういうこと?」


 家の守り神からの加護は現当主にではなく、跡取りの中から選ばれた一人に授けられる。跡取りが死に絶えれば、代々続く家もまた絶えるからだ。

 家の存続なら養子を取るという手もあるけれど、まぁ守り神さまの御意思ってものだから、と鞠が言葉をにごした。 


「加護を持つ跡取りが死んでも、従者が仮面を外して姿や声も似せて跡取り役をこなす。次の代を担う子どもが七歳を迎えるまでは」


 三旧家の次期当主は、守り神の加護により次の跡取りを育てるまでは表向きには死なない。そういうことだ。


「それってなんだか、加護というより……」


 呪いじゃないか。

 こぼれそうになった言葉を俺はぐっと呑みこむ。

 鞠や星澪沙は当事者なのだから。


 この加護は七歳の時に受け継がれる。

 血の繋がっている者に自動的に与えられることはなく、守り神から選ばれ、儀式をつつがなく完了させる必要がある。


 当然俺には塩来路家の加護はない。大いに結構(けっこう)。俺を捨てた父親の家系の呪いじみた因果(いんが)を知らずしらずのうちに背負わされなくて、本当に良かった。


「……七歳……」


 それは幼い俺の命を救ってくれた挽霧さんと再会した歳だ。

 俺の人生の運命を左右した人で、これからも一緒に生きていく人。

 そんな特別な人に出会えたことこそが俺にとっての最大の加護だ。


 最愛のお姉さんの横顔を見つめれば、甘い微笑みが返ってくる。


「はー。も、充分御馳走(ごっつぉ)んなった」


 ウェーブヘアの頭を掻いて縁側から立ち上がり、鞠は星澪沙のようすを見に行った。




 ()()()()()()()()()()()()()()ドジで不幸な俺は傷口が落ち着くまで休みをもらい、挽霧さんの看病を受けてすごした。


 その間に星澪沙も気力を取り戻し、常杜(とこもり)(さと)公園の蔵から小さな神々を解き放つ準備を進める。


 新しい家を建てる前に地鎮祭(じちんさい)って儀式をするのは俺もしっていた。

 (ほこら)やお地蔵さんを人間の都合で動かしたり撤去したい時にも、そこに宿る魂を抜くための儀式を神主さんやお坊さんにしてもらうんだって。


「オ魔モリー手くんの操作を神主さんに依頼するわけにもいかないので、魂抜きの儀式というよりは深い陳謝(ちんしゃ)御祈祷(ごきとう)になるかと思います」


 蔵の神々への祈祷には鞠もいた。ビーズやパールを埋めこんだいつもの派手な爪ではなく、お化粧の色味も抑えてある。表情も心なしか真剣だ。

 方言じゃなくて、最初のころのような素っ気ないような標準語で、まわりの人たちと話している。


 公園職員として表向きの信仰保存に関わっていた俺と堂ノ下(どうのした)先輩も後ろの方で祈祷に参加。先輩はどこかさみしそうな顔をしていた。


 過果野生(かかのい)のような人に危害を加える一部の怪異はまだ蔵に封じこめてある。

 交通事故を誘う暗い影や、無念を抱えたまま(あかやし)となってさまよう怨念も。


 挽霧さんが星澪沙の肩に優しく触れ、声をかける。


『お前がしたことで救われた者もいるはずだ』


 星澪沙の肩が小さくふるえて、しゃくりあげるような音も聞こえたけれど、俺は素知らぬフリをするって決めたんだ。




 儀式の後から一週間は、日の暮れた常杜の郷公園でホタルの目撃情報があいついだ。


「長年ここで働いてるけどこんなのはじめてね。ゲンジボタル……にしては時期が少しズレてるのよねぇ。ヘイケボタルにしては大きいし」


 公園事務所で篠塚(しのづか)さんが首を傾げる。


綱分(つなわき)さんなら私より生き物にくわしいでしょう? いったいどういうことかしら?」


 水場の管理も任されている俺には、この公園にホタルは生息してないことはよくわかっていた。

 穏やかに笑いながら、お茶をにごすしかない。


「人間がどんなに知識を身に着けても、自然の奥深さにはかないませんから。不思議なこともあるものですね」

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