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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第五部・旧家
36/40

36・濃霧に忍ぶ

 塩来路(しおらいじ)寅之助(とらのすけ)は俺の父親。


 だから何だって言うんだ?

 つらい時も幸せな時も一緒にすごしてきた挽霧(ひきり)さんの髪の毛一本分のありがたみも、コイツにはねぇんだよ。


 俺は濃霧にまぎれて隙をうかがう。

 星澪沙(せれさ)(まり)は寅之助のいるソファから離れた場所に退避している。二人にケガとか死んだりさせると面倒だ。安全圏にいてくれると俺もやりやすい。


 寅之助を人質にとる最初の奇襲プランはしくじった。

 問題ない。

 こっちの行動がすべて上手くいくなんて、はなから思ってないさ。敵だってただ倒されるのを待つサンドバッグじゃない。知略でも腕力でも抗ってくる。そういうもんだ。


 失敗も想定して次善策(じぜんさく)も練っている。

 制圧してこちらの条件を力尽くで呑んでもらう。


 このために用意してきた武器は、カラビナで腰につけたステンレスボトルの中に入っている。

 素手や刃物やバールのようなものよりも、こっちの方が俺にとっては使いやすい。




 かすかな物音と呼吸の気配から俺の位置を探り当てた牛面スーツが、躊躇(ちゅうちょ)なくナタを振るう。

 ナタは良い。飾り気のない堅牢な刃。その武骨さにロマンがある。俺も仕事で愛用してるよ。竹を割るのにも使った。キレイに真っ二つにいくと気持ち良いよね。

 でもあいにく脳天を割られてあげるわけにはいかないんだ。悪かったね。


 下方向から俺の武器を素早く払い上げた。

 ナタを握る太腕をヘビのように狡猾(こうかつ)にすり抜けて。

 飛沫(しぶき)を散らし襲いかかる。

 速度の乗った一撃が牛面のアゴを打ち据える。炸裂音にも似た、爽快な音がした。


 手からナタを取り落として牛従者が昏倒(こんとう)

 寅之助が連れている従者は、具合が悪い一人を除いてあと二人。


 俺の頼れる武器は水をたっぷり含ませた極長タオル。行きつけの作業用品店でサマーセールの特売だったヤツだ。余裕をもって首や頭に巻くのに便利なサイズなんだよね。その長さを活かして、片方の端を結んで小さなコブを作ってある。


 伝説の名刀の村雨は刀身がしっとりと水で濡れていたらしいけれど、俺のタオルだってすごいぞ。挽霧さんの協力で生地のうるおいはベストなコンディションをたもっている。


 牛面の突進と同時に、金槌のフルスイング。

 受け止めるのは難しい。真っ向からの力比べは悪手。身のこなしで避ける。


 鈍器って俺も好き。質量の破壊力って信頼できる。

 水分を含んだ布だって鈍器になる。重さや硬さでは鉄にかなわないが、遠心力で速度を乗せやすく、柔軟な素材ならではのトリッキーな軌道が大きな利点だ。


 金槌を振り下ろす相手の腕。それに布を絡みつかせる。ギチッと容赦(ようしゃ)なく。獲物(えもの)に喰らいつく猟犬みたいに。

 相手の動作の勢いも利用し、革靴の間をスライディングで通過。

 牛面の従者はバランスを崩して頭からガラスパネルの床に突っこむ。あー、痛そうだな。

 それでも床は割れなかった。安心安全のテクノロジー、カワウソ堤我(ていが)組の建物だけはある。


 間髪入れずに来るのはノコギリ。武器としての実用性はナタの方が上な気がするけど、やっぱりこのギザギザ刃には本能的な恐怖をかき立てられる。


 本当、農具や工具を物騒な目的に使うのは止めてほしい。この前、公園で木工作品のワークショップ中に道具でふざけた小学生をスタッフの篠塚(しのづか)さんがすごく厳しく注意してたぞ。部下の教育がなってないんじゃないか、寅之助。


 充分狙いを引きつけてから、せまりくる刃をかわす。

 綱分(つなわき)伊吹(いぶき)の代わりに引き裂かれたのは濃霧に隠されていた無人のソファ。


 牛面はすぐにまた俺を襲おうとしたけど……ソファに喰いこんだノコギリが抜けない。

 うん、工作の会でもそうなっちゃう参加者さんがたまに出てくるよ。そういう時は親切にサポートするんだけど、俺を殺す気で狙ってきたヤツを優しく助けてやったりはしないからな。ノコギリでギコギコされるなんてまっぴらごめんなんだよ。


 ノコギリを外そうと奮闘中の牛面。

 隙だらけのその肩に布を巻きつけ、俺の全体重をかけて曲がっちゃいけない方向へねじり上げる。


「ぐぉあ……っ!」


 根性ある、コイツ。

 痛みに転げ回りながらも、俺の体をつかんだ。しこんだカミソリで指をザクリとやって一度手を放したけれど、すぐに別の箇所をがっしり捕らえてきた。俺の左足。まずいな、そこには凶器を隠してない。


 床でもつれ合う。今はまだ不利にはならずに立ち回れてるけど、体格や体重はあっちが上だ。完全に抑えこまれたら、俺が自力で抜け出すのは絶望的だ。


 やるなら今しかない。


 渾身(こんしん)の力で相手の顔面を蹴りつける。

 それでも右足は解放されない。

 でもこれで一瞬の隙を作った。俺は濡れた布を手元にたぐり寄せる。

 さっきの蹴りで牛従者の仮面は少しズレている。そのアゴ側の隙間からぐいっとさしこんで、たっぷりの水を含んだ布をびたりと押し当てた。


「!?」


 苦しそうにがむしゃらに暴れ出す。

 振り払われそうになるのを耐えて、腕に力をこめていると、だんだんと牛従者の動きが弱々しくなってくる。

 ついにはどさりと倒れた。気を失っているのを確認してから布をどける。




「取り巻きは片づけた。俺の要求を無条件で呑んでもらう」


 牛従者たちが全力で俺と戦っている間も、寅之助はゆうゆうとソファでくつろいでいた。

 あの男は俺の言葉を無視して独り言みたいにつぶやく。


「あぁ、この不快な霧はなんとかなりませんかねぇ……」


 まさか、気配を消している挽霧さんに対抗する手段でもあるのか?

 俺は身構えた。会話なんて後回しだ。即座にコイツを無力化してやる。


 一歩踏み出したところで、平衡感覚に大きな違和感。

 なんだ? 何が起きてるんだ……?

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