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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第五部・旧家

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35/40

35・夢の家族団らん

 俺は塩来路(しおらいじ)寅之助(とらのすけ)に噛みつく用意ができた。

 でも星澪沙(せれさ)はまだ言葉での解決を夢見てるらしい。こんなヤツに何を言ってもどうせ無駄なのに。


「……っ、オ魔モリー手くんの性能ではそれは絶対にムリでして……。本人(?)もそう申しておりますので!! ねっ?」


 灰色の御幣(ごへい)から呼び出された、実体のない機械の腕は主人といっしょにペコペコしている。不気味でメカメカしい外見なんだけど、こうして動いてる姿にはユーモアと愛嬌(あいきょう)を感じるな。


 だから神社を荒らすことはできない、と星澪沙は寅之助の案を退けた。


 これがウソだってことは、俺と挽霧(ひきり)さんはしっている。

 あの機械の腕は神社で(まつ)られている渚獲(なとろ)さまさえも狙った。神社の神さまたちが無事なのは、本人が強いっていう理由も当然あるんだろうけど、そもそも星澪沙が御幣のワナを神社周辺にしかけていないからだ。


虚偽(きょぎ)の報告はいけませんね、堤我(ていが)さん。信用に関わりますよ?」


 寅之助はすぐにウソを見破った。

 どうしてだ? あんな現代科学を凌駕(りょうが)した未知の機械だ。寅之助に正確な知識があるはずがない。開発者がそれはできないって言ったら、そういうもんかと納得するしかないだろ?

 虚偽と断じた言葉は確信にあふれていて、ごねているとかカマをかけたって感じでもない。


『……』


 お姉さんも、寅之助の言動に引っかかるものを感じたようだ。




 青白い顔で押し黙ってしまった星澪沙を見て、寅之助は苦笑まじりのやわらかなため息をついた。

 鞠はもはや裕福なお嬢さまというより臨戦(りんせん)態勢の不良みたいな顔だ。できるだけ穏便(おんびん)に解説したいという星澪沙の意向にそって、荒っぽい手出しは自制している模様。口は出してる。


「まぁ、不可能ということにされたいのでしたら、そういうことにしておきましょうか」


 余裕の笑みを浮かべた寅之助は、くつろいだようすで足を組む。


「僕の希望を満たす別の道具を作ってくださるのなら、霊力回収ノルマの軽減も検討(けんとう)しましょう。……もっとも最初から堤我さんの能力にもとづいて、達成可能な範囲の仕事量をお願いをしているんですけどね?」


「ど、どんなものをお作りしましょうか?」


 ちょっとホッとした顔になって、要望について尋ねる星澪沙。


「僕が(ほっ)しているのは、ただ一つ。能力に(ひい)で、親に従順な子どもです」


 にこやかに続ける。


「それこそ長年の品種改良を続けた家畜のようにね」


 ぶわりと鳥肌を立てた星澪沙を鞠が黙って引き寄せた。

 今のは、俺もそうとう気色が悪いと思った。

 挽霧さんも険しい顔で眉根を寄せている。


 寅之助のそばに立ってひかえていた牛面の一人の足がふらつきはじめる。直立姿勢をたもとうと踏んばっていたが、やがてオエッとえずく声を上げて床の上にしゃがみこんだ。


「あぁ、お目汚し失敬(しっけい)。回収した霊力を埋めこんでみてはいるのですが、なかなか上手くいかないものですね。僕にふさわしい家族を得るというのは」


「……稲門昏(いなかどくら)家に伝わる昔話で、子宝に恵まれなかったご先祖さまが守り神さまに祈願して子どもを授かった、ってのがあるけど……。アンタ、まさかそれを自分の手でやろうとしてんの……?」


 いても立ってもいられないようすのカワウソが、牛面に近づいてその背をさする。こんな状態でもケモノの仮面を外すことはできないらしい。

 ワンテンポ遅れて駆けつけたキツネはカワウソのそばで警戒している。残りの牛従者たちは無気力無反応で微動だにしない。


 そちらを気にかけるそぶりもなく、寅之助は平然と応える。


「そういうことになります。生身の子どもはリスクの塊ですから」


 つらつらと語る。


 どれだけ親が気を使ったところで、手のかからない優秀な子どもが産まれてくる保証はない。


 子のすべてを監視し厳しいシツケで支配しても、それでも激しく反抗し勝手に悪事に染まっていく不良というのは存在する。


 ストレス解消に(おと)った誰かをいたぶるのはかまわないが、それが世間にしられたら一大事だ。


「親の責任は重大です。その責任を果たす上で、可能な限りリスクを減らそうというのは当然の心理でしょう? ……あなた方も家の跡取りである身なら、きっとわかってくださいますよね? それで堤我さん。この条件で交渉成立ということで、よろしくお願いしますよ」


「はっ。誰が……」

「お断りします!!」


 毒づこうとした鞠を上回る大声で、星澪沙が力強く意志を表明した。




 沈黙と直立不動をたもっていた牛従者たちがいきなり動いた。

 看病中のカワウソ人の服をひっつかんで、キツネ面が跳ぶ。

 牛たちの手には、黒く四角いビジネスバッグとそこから取り出した物騒(ぶっそう)な武器。ナタも鈍器もそろっている。


「お二人には家の名は荷が重そうだ。キツネやカワウソに変わってもらってはいかがです?」


「なんだぁ? このクソッタレ!! 私と星澪沙をぶっ殺そうっての? アンタがくたばんな!!」


 お前らなんてケモノ並みだ、っていう単なる煽りがどうして殺すってとこまで飛躍するのか。鞠のこの反応は俺にはよくわからない。


 もはやこれは明らかに交渉決裂。

 穏便な解決を願っていた星澪沙には悪いが、俺とお姉さんの出番だ。




 部屋の中がまたたく間に濃霧(のうむ)に包まれる。挽霧さんの力だ。

 その中を俺は迷うことなく疾走。

 狙いは、寅之助を人質として掌握(しょうあく)すること。


 ソファに座る人影目がけて飛びかかる。

 捕まえた、と思ったのに、捕まったのは俺の方だった。

 牛従者に襟首をつかまれて阻止される。

 突っ立ってるだけだったから、どんなノロマかと思いきや、意外と有能だね。


「っ!?」


 俺をつかんでいた牛面が反射的に手を離す。

 相手からつかまれやすい場所には事前に対策をしてある。直接肌に触れない襟の裏にはカミソリの刃をしこんだ。


 具合が悪くなったり、血を流したり。コイツらって変な場所に住んで変な仮面を外さないだけで、比較的人間に近い存在みたいだ。


 牛従者たちから素早く距離をとる。

 俺の動きで霧がかき乱されて隙間ができた。寅之助に姿を目撃される。


「……おや。お二人は僕が見抜いていたよりも用意周到(よういしゅうとう)だ」


 荒事に備えて俺を配置してたことを言ってるんだと思った。

 違ったんだ。


陳腐(ちんぷ)余興(よきょう)もいいところですよ。僕の息子をわざわざ探し出してくださったようですが、厄介払いした不用品に今さら愛着(あいちゃく)を持つとでも? 完全に骨折り損でしたね」


 星澪沙も鞠も困惑している。

 なんだろう……? 俺の動揺を誘おうとしたヘタな駆け引きのつもりか?


『……伊吹(いぶき)。ヤツが持つ異能の見当がついた』


 背後から聞こえるお姉さんの声。こわばっていて、ぎこちない。

 俺をなだめようとしているのか、その腕が優しく肩に回される。挽霧さんの手が震えているのがわかった。


『商人の目利きのような異能が開花したのだろう。おそらくヤツは視界に入れた人間や物品を情報として読み取る能力を備えている』


 予知とまではいかないものの、(くだん)にたとえられるほどの先見(せんけん)(めい)を持つ男。

 灰色の御幣の性能について星澪沙がついたウソを即座に看破した男。

 他者の能力を正確に把握しているような口ぶりをする男。


 そして、苗字の違う俺の父。


 寅之助のこの異能を用いれば、産まれてきた赤子の選別だって簡単にできてしまう。

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