3・神饌ルームサービス
蔵ってのは大事なものをしまっておく場所だ。そういうところに監視カメラをつけるのもわかる。現代文明だもんな。
この監視カメラをぜんぶかいくぐって行動するのはムリだ。ヘタに怪しまれるような動きはとれない。
蔵への立ち入りは一日に二回。ピカピカのステンレスのフタつきトレーをたずさえ、朝に供物をそなえて、夕方に下げにいく。
信仰保存室に閉じこめられている挽霧さんの前に供物を並べる。
ツルツルとした材質の機能的な黒い台座に、ていねいな手つきで俺が置いていったのは生米と塩と水。神さまへのささげものとしては基本的かつ一番シンプルな内容といえる。
俺が挽霧さんといっしょにいたころは、供物のバリエーションはとても多彩だった。
たとえば大量のドングリ。ブナやコナラやマテバシイ。
木にこんなにもたくさんの種類があるなんて、俺は挽霧さんから教わるまではしらなかった。
手当たり次第につみとってきた道ばたの花。
花壇に踏み入って花をむしるのはいけないことだと俺は学んだ。
ある時は、使いかけだけどまだキレイなフルーツの香りの消しゴム。
誰かの落としものを勝手にもらうのもダメらしい。
中学校のイモほりで手に入れたサツマイモ。
お姉さんは目を細め俺の手をとって優しくなでる。洗い残した土で俺の爪の間はまだ汚れてた。洗面台まで連行されて、泡立てた石けんで指先までゴシゴシされる。
そんな風にすごすうちに、だんだんと俺は人間らしい生き方を身に着けていった。炊き立てのご飯と俺が急須でいれたお茶を挽霧さんにささげる朝が続いていたのに。
思い出にひたるのをやめて、俺は現実に目をむける。
今日もまた、俺の最愛のお姉さんは縛られて眠りに囚われたままだ。
うとうととしたその眠りが挽霧さんにとって悪夢ではなさそうなのが、せめてもの救いか。目をふせた顔は心地良さそうだ。どんな夢を見ているんだろう。
お姉さんのおだやかで無防備な寝顔に魅力を感じないと言ったらウソになる。でもそれよりも早く目を覚ましてくれた方がずっといい。それだけを俺は願う。
また……また昔みたいに、ウソをついた俺の舌を爪の生えた手でぐいっと引っぱったり、悪いことをしでかしたら不気味なささやき声で叱ってほしい……。はぁ……。
こんな場所から今すぐにでも連れ出したい。
挽霧さんと話すことができれば、救出の計画も一気に進みそうだ。
監視カメラにもバレずに、目覚めの刺激を与えることはできないかな。
まだ具体案は浮かばないけど……。
囚われの神への一礼をして扉を閉める。外から覆いが外せる確認用の小窓がついた両開きのドアだ。
軽くなったトレーを手に、俺は挽霧さんのいる蔵から立ち去った。
公園職員の事務所は蔵から少しだけ離れたところにある。
トレーを定位置に片づけると、事務所内の職員用テーブルに小さな人影が見えた。
「綱分さん、ここのお仕事にはもうなれてきたかしら?」
プラスチック製の水筒を出して休憩していたお婆さん職員が俺にほほ笑みかける。水筒には、幼稚園くらいのお孫さんがかいたらしい三毛ネコの絵が印刷されていた。
この人は篠塚さん。
俺や堂ノ下先輩とちがって、篠塚さんは半分ボランティアみたいな立ち位置だ。驚異的スピードで布草履を編み上げ、ちょっと俺には理解できないセンスの手芸品作りも得意だ。技術力は……高いんだとおもう、技術力は。
「はい。おかげさまで」
「いつもきちっとしてらっしゃるわね。シソジュースがあるのだけれど、飲まれる? あ、自家製なの。そういうの、おイヤでなければ。堂ノ下さんなんかは、手作りのものはお口に合わないみたいなの」
「ありがとうございます、いただきます」
職場のメンバーからは気に入られた方が動きやすいだろう。そんな打算も胸に、俺はさも好青年っぽい笑顔を作って、篠塚さんの厚意を受け取ることにした。
俺は棚から湯飲みを取り出す。駅前広場のフリーマーケットで安売りされてた食器の中から、てきとうに選んだものだ。
家族以外の手料理が苦手って人もいるみたいだけど、もともと俺はそういうのは気にしない。むしろめったにお目にかかれない異国の食文化みたいで、すごく興味がある。
篠塚さんは嬉しそうに笑ってジュースをついでくれた。赤紫の液体がとっくんとっくんと湯飲みに注がれる。この香り、わりと好き。
「この後、綱分さんは外の作業でしょう? 栄養と水分、しっかりとってね」
「ええ、そうします」
常杜の郷公園での俺のメインの業務は、日常的な掃除や植栽と水景の管理。園内を広く移動するので、巡回や点検も兼ねる。
手に負えないところは報告して専門業者さんや機械を入れることになっている。たとえばロング枝切りバサミでも届かない高所の太い枝を切り落とすだとか、かんたんには直せないトラブルが水車やポンプに起きたとか、そういうのは専門家にお任せ。
「ねえ、アレルギーはお持ちでない? アメはお好きかしら? 疲れた時に召し上がってね。それともラムネや塩タブレットの方が良い?」
「あー、篠塚さん、ありがとうございます。でも時間がきちゃったので、俺いきますね」
篠塚さんの親切ラッシュを礼儀正しくあしらい、俺は事務所を出た。
公園内のいつもの仕事。
挽霧さんを助け出す手がかりがつかめることを願って。