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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第四部・精気

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27/40

27・俺のためだけの子守歌

 もう少しで常杜(とこもり)(さと)公園にチラつく不穏なケモノの尻尾をつかめそうな気がする。でもまだ決定的な証拠(しょうこ)が見つからない。


「どうしたもんかなぁ」


 アパートで揚げパンをかじりながら、思い悩む。

 お皿に置いたもう一つの揚げパンは挽霧(ひきり)さんに気を吸われてパサパサになって崩れた。

 美味しいって思ってくれたみたい。良かった。普段の供物(くもつ)と違って子どもが喜ぶような味の食べものだし、お姉さんの口に合わないかもってちょっと心配だったんだ。


『……ふふ』


 挽霧さんが目を細めて笑う。悪役風の美人がそんな表情をすると、まるで何か良からぬことでも企んでるみたいに見える。ステキだ。生き血でも生き(ぎも)でもどうぞってしたくなっちゃう。

 鋭い爪の生えた手が俺の顔へと伸ばされる。

 そのまま皮膚を引き裂きグサッ……とはしてくれない。


伊吹(いぶき)、きな粉が残っている』


 お姉さんの親指の腹が俺の口元をゆっくりとなぞった。


『もう子どもではないと言っていたのに。大人になったお前の(いとけな)い一面を見ることができるのは、妻だけに許された特権だな』


 照れくさい。それにちょっとだけ不本意でもある。

 格好良い大人らしく見えるよう、俺は色々と努力してるっていうのにさ。


 家でダンベルを使って筋トレしたりだとか、髪を切る時は格安カットの店じゃなくて美容院にいくとか、薄荷(はっか)フレーバーのフロスを毎日使って歯磨きしたりとか。


 でも服はダサいのかも。俺の価値観ではオシャレで高い服に、納得してお金を払うことができない。

 機能的な服が好きだ。作業着とかアウトドア向きの衣類をあつかうお店に入ると、すごくワクワクする。


 人と接する時の仕草や姿勢、話し方にも気をつけてる。

 ……いや、これはポジティブな動機だけでやってる行動じゃないな。人間の群れからの排除(はいじょ)や攻撃を受けないために、状況に適した言動を選んでるだけだ。


『お前がいつも頑張っているのはわかっている』


 するっと腕を回されたかと思えば、不思議な力で体を軽く持ち上げられて、挽霧さんの膝の上に座らされていた。


「あぁっ、ちょっと!? 挽霧さんっ」


『しばし(いこ)うが良い』


 恥ずかしいんですけど! という抗議はノドの奥に沈んでいった。

 大人に甘えることができなかった幼少期の自分の魂が、しょうもないプライドをわきに追いやっていく。

 おずおずと尋ねてみる。


「……この、状態で……俺の頭をなでてもらったりなんて……」


 優しい手が俺の肌と髪に触れていく。その気持ち良さに身を任せて、俺は安心して目を閉じる。

 挽霧さんの声で、静かで穏やかな鼻歌が聞こえてきた。俺の心の中にずっと巣喰っている、愛情の飢えに囚われたままの幼児の亡霊が泣き止んだ。


 この歌は、(いびつ)に生まれ育った俺の魂への鎮魂歌(ちんこんか)だ。

 いまだに俺が抱えこんでいる幼少期の亡霊にむけた挽歌(ばんか)でもある。




 お姉さんの胸に抱かれて子どもみたいに甘えた後、甘い飲み物を用意する。

 シナモンシュガーを振りかけたミルク多めのカフェオレ。適度な糖分があると考え事がはかどるらしいし。


「色んな怪異が消えていってる中で、霊力の祝福バリバリな商店街とグラン・ルナールはやっぱり怪しいよね」


『川沿いの貸し倉庫にも同様の加護が働いている。過果野生(かかのい)がいたころはああではなかった』


「時系列を整理するとこうかな?」


 大昔からオニグルミの(たた)りが人々に恐れられてきた。


 都市開発が盛んになり、里山の風景を残すために三つの旧家が中心となって常杜の郷公園が作られる。


 十三年前の冬にオニグルミの木が伐採される。木の精霊の過果野生はこの時点ではまだ存続。


 五~六年前ごろから(やしろ)(まつ)られていない怪異がこの町から消え始める。

 それと前後して常杜の郷公園で不気味な行列の目撃が。

 俺の最愛のお姉さんまでもが行方不明になった。


 ネットで検索した結果、四年前から川沿いのレンタル倉庫は営業をはじめている。周囲の遊歩道の舗装もおそらくそれと同時期だろう。


 今年の梅雨時、俺はお姉さんを探し求めた末に再会を果たす。


 今は蔵に囚われた神々の解放を目指して、幽閉に関わっている可能性が高い稲門昏(いなかどくら)堤我(ていが)塩来路(しおらいじ)のことを探っている。


「相手の狙いというか、目的がまだわからないね」


 蔵の神霊たちは時折古民家園の方まで機械の腕に連れ出されている。

 そこでいったい何が起きてるのか、突き止めたいようなしらないままで済ませたいような複雑な気持ちだ。


 俺は堤我星澪沙(せれさ)からもらった名刺を取り出して眺めてみた。堤我組についてもネットで一通り調べている。特に変な評判はない。地味でマジメな企業だ。


 蔵でのすり替えに使った機械腕の御幣(ごへい)は休止状態にして、キレイな紙箱にしまって家に置いてある。

 箱の中には御幣のほかに、星澪沙に宛てた短い手紙入り。内容は、奇妙な物品を拾ったので要望通りに送るというもの。つまりはありもしない事情を説明した偽の手紙だ。


 これなら万が一誰かの目に触れても堤我組に送る準備をしていたと弁解できる。疑われているとはいえさすがに家まで踏みこまれることはないだろうとは思いつつ、安心するためにこういう小細工をしてしまう。


『このようなものが人間に用意できるのも、おかしな話だ』


「そうだよね。ハイテクとか最新技術とかそういうレベルすら超えてるし」


『人の世の(ことわり)を越えた力と、人が積み重ねてきた技術が、高度に融合(ゆうごう)しているように見受けられる。霊威(れいい)ある存在なら誰でも作れる、という代物(しろもの)でもない』


 土地に祝福をもたらす力があるとして。

 人智(じんち)も常識も物理法則も超越(ちょうえつ)したスーパー発明品を形にする力なんてのもあるんだろうか。


「俺に疑いの目が向いている今、公園内で目立つ動きをするのを避けてる。そんな状態で、この御幣を使ってほかの神さまを救い出せるかって言われたら……ムリだよね。そこで、俺なりにこの空の御幣の活用方法を考えてみたんだけど……」


『どうする気だ、伊吹』


「堤我星澪沙のところに持っていく」


 挽霧さんの理解は早かった。


『身を投じて情報を引き出すのか……っ』


 星澪沙のお願いを聞いて、()()()()()()異様な御幣をわざわざ持っていくのだ。親切な発見者には、いくつかの質問をする権利ぐらいはある。


『しかし……危険ではないのか? 嫌疑(けんぎ)をかけられているのだろう?』


「対応するのが星澪沙なら演技も言い訳も充分通用しそう。(まり)がいるとちょっとやりづらいけど」


『稲門昏の娘を近づけないようにすれば良いのだな』


 心得た、というようにお姉さんが頷いた。

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