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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第四部・精気

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26/40

26・今はなきオニグルミ

 堀篭(ほりごめ)さんは大学の講義があるというのでここでお別れだ。

 喫茶店で懐かしの揚げパンを二つテイクアウトする。家で挽霧(ひきり)さんと食べたかったから。

 次は(たた)りの木の跡地を調べに行くか。


 商店街を後にして駅方面へ。そこから川辺の道に出る。そのまま川沿いに進んでいけば、俺のアパートの近くの横道につく。でも、今日はさらにその先まで向かう。


 交通量の多い車道ならわりと整備されてるけど、人や自転車しか通らない遊歩道の路面は多少劣化してもそのままだ。


 遊歩道のひび割れた舗装の上で干からびたミミズの死骸(しがい)を狙うカラス。地上をぴょこぴょこ移動してミミズをついばみながら、俺との距離をしきりにうかがう。

 俺もカラスを観察してるからおあいこだな。クチバシが細くて頭のラインがシャープな印象。ハシボソガラスだ。


 あれ、なんだろう……。ここだけ道の色がほかと違う。鮮やかだ。

 これまでの道は古めでボロボロだったんだけど、このあたりだけまだキレイだ。舗装が新しい。


『ここが目的地だ』


 挽霧さんの言葉で立ち止まる。

 ここが? 長年人々から恐れられてきた祟りの大木があった場所だってのか。今はただの……。


「レンタル倉庫……」


『商店街と同質の力がこの土地にも流れているのを感じる。おかしい……。前はこうではなかったはず』


 無機質なコンテナが二階建てで並べられている。

 神秘だとか畏怖(いふ)だとか、そういったものの欠片さえもない空間に変わっていた。

 ただ、祟りの木があった場所という先入観があるせいか、なんとなく陰気で雰囲気が悪く感じる。


 ここだけ遊歩道の舗装が新しかったのは、オニグルミの大木が生えてた時は近くで工事とかもやりづらかったからなんだろうな。


『かつてこのあたりが小さな村落だったころ、オニグルミの古木が根づいていた』


 オニと名のつく植物は大きいというのが相場だが、オニグルミの場合は食用で売られている西洋クルミにくらべると小ぶりに思うかもしれない。西洋クルミは大きいから。


 オニグルミの木そのものは大きく育つ。スギやケヤキと同じくらいの高さだ。

 ゴツゴツでザラザラの武骨な樹皮におおわれた幹は、きっと見事なものだったんだろうな。


『木に宿った精霊の名は過果野生(かかのい)。子どもの鬼のような姿をとるのを好んでいたな。オニグルミがどれほど根を伸ばし葉を広げても……。過果野生は、人が枝を折ることも、鳥が実をついばむことも、決して許しはしなかった』


 木が大きくなるにつれ、人とのイザコザは増していった。


『道の流れのさまたげになっていた枝を切られ、過果野生はその霊力で復讐に出た』


 枝を切った職人の家の前で夜更けに子どもが泣き続ける。心配だと見に行った職人は家族がいくらまっても戻ってこず、近所を探しても見つからなかった。翌朝、職人はオニグルミの木の下で息絶えているのが見つかった。


『そんな事件が三度も続けば、川沿いの道のオニグルミを切ろうなどとは誰も口にしなくなる』


 やがて村が町となり、道に自動車が行き来して、家族団らんの中心が普及(ふきゅう)したてのカラーテレビだったころ。素行の悪い若者が、わざと迷信を破ってやろうとオニグルミの木にちょっかいを出そうと思いついた。仲間内での度胸試しだったのだろう。


 赤い塗料のスプレーをオニグルミの幹に噴きつけて、なんとも低俗なラクガキを。

 怖いものなしの不良たちは絶好調だった。


『その代償は……見るも無残なバイク事故』


 直接木に罰当たりな行為をした若者だけでなく、まわりでそれを(はや)して笑った仲間たちも巻きこまれたという。


『ちょうどそのあたりだ』


 川のすぐそばはのどかな遊歩道だが、レンタル倉庫のスペースのむこうは交通量の多い大きな道路だ。フェンスやコンテナの間から、今もアスファルトの路面と激しい車通りが見える。事故はそこで起きた。


 インターネットが世界を繋ぎ、人々の手にポケベル、ケータイ、スマホが握られるようになっても、川沿いの道のオニグルミは依然としてそこにあり続けた。


『オニグルミは大きくなりすぎた』


 太い枝が道路にまでせり出し、地下に走る根は川の護岸をむしばんだ。

 ずっとこの古木に手出しできずにいた人間たちだったが、先祖が先送りにしてきた問題とついに対決する時が来てしまった。


『ついにある日、オニグルミの幹が根元から切断された』


「誰が切ったの……」


 挽霧さんの声や姿が他の人には感じ取れないことも忘れて、俺は思わず尋ねていた。


『私はその場に居合わせてはいない。水辺に住まう小さな(あやかし)たちが怯えるのをなだめていた。……助ける気もないのに見物しに行くのも悪趣味だろう……。ただ、切られた時期は覚えている』


 十三年前の冬。


 祟りの木跡地周辺の遊歩道の舗装はもっと新しいんじゃなかって気がする。でも、さすがに最近舗装されたばっかりってほど真新しくもない。

 あのレンタル倉庫だって、十年以上ここに建ってます、って月日の重みは感じられない。


『木が切られた後も、精霊である過果野生は土地や生きものの精気を奪いながらしぶとく存在し続けた。性根(しょうね)の曲がった荒ぶる魂へと身を()として』


 何かの訪れに備えるように挽霧さんは油断なく周囲を探っていたが、やがてその警戒を解く。


『……その過果野生も今はここにいないようだ。侮辱(ぶじょく)したというのに攻撃をしかけてこない』


 チャポン、と大きな水音。俺はあわてて川面にふり返った。

 怪しいものは特にない。マゴイか何かが跳ねただけみたいだ。


 川の流れが停滞してるところがあって、ゆるく巻いた渦に小さなゴミがぷかぷか浮いている。自然に折れた木の枝を三つのゴミが取り囲む。どれもたいしたものじゃない。ミネラルウォーターのペットボトル。レンジで温めるご飯のパック。塩飴の袋。


「……」


 ほんのささやかな俺の異能。

 水の流れが色んなものを運んでくるように、水場にいる俺のもとには偶然の出会いという形で人やものとの縁がやってくる。


 こういう加護があるのって俺だけなんだろうか?

 稲門昏(いなかどくら)堤我(ていが)塩来路(しおらいじ)といった古くて大きな家にも、この世ならざる者との絆があって、異能を分け与えてもらってる……なんて発想は考えすぎかな。


 スマホの通知音。

 堀篭さんから、短い文章が届いた。


 ――福物件の名前はグラン・ルナールでした!


 ルナっていうと月みたいな意味だっけ――。


 ――へっへっへ、綱分さん。ルナールはフランス語でキツネって意味ですよぅ。


 またしても、キツネ。

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