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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第四部・精気

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24/40

24・祀り崇めよ何もかも

 挽霧(ひきり)さんとの満ち足りた時間をすごした翌日。

 公園事務所に出勤すると、先輩から蔵の持ち場の変更を言い渡された。


「大丈夫だよっ、深刻にとらえないで! 綱分(つなわき)くん個人に何か問題があったわけじゃない。ほら、あのネズちゃんが出た部屋だろ? だからだよっ」


 堂ノ下(どうのした)先輩がオーバーな身振り手振りで励ましてくれている。これは先輩の判断ではなく、もっと上の立場から出されたものだろう。


「これからは、別の信仰保存室を担当してもらうよ」




 蔵には複数の小部屋がある。俺が入ったことがあるのは、挽霧さんが幽閉(ゆうへい)されていた部屋だけだ。

 新しい持ち場のドアも造りは共通だ。廊下から開閉可能なのぞき窓がついた重々しい扉。暗い室内に蛍光グリーンの光が灯っている。


 供物(くもつ)のトレーを手に室内に入る。囚われの霊体の姿は見えず、ただシンプルな黒っぽい(ほこら)だけが安置されていた。

 姿は見えない。けれど気配を感じる。


 ひそやかに息づいている名も知れぬ存在に俺は祈りをささげた。

 神さまなのか、(あやかし)なのか、幽霊なのかもわからないが……。(まつ)って(あが)めちゃえば大差はないか。


 ここにいるのは挽霧さんの友だちなんだろうか。解放してあげたいけどすぐにはムリだ。

 蔵の件に関して明確なお(とが)めはなかったものの、すでに俺は怪しまれている。蔵への立ち入りが禁止されなかったのも、わざと泳がされているんだと思う。

 少なくともこの疑いが収まるまでは、常杜(とこもり)(さと)公園の一職員として隙を見せずにふるまうのが安全だ。


 そんな方針に基づいて、俺はマジメに勤務を続けた。




 公園内で目立った動きがとれない間、調査のメインはそれ以外でってことになる。

 アパートのちゃぶ台の横で挽霧さんと作戦会議。


「古民家カフェでバイトをしてる堀篭(ほりごめ)という人が、怪談とか怖いものが好きなんだって。場合によっては協力してくれるかも」


『ふむ。ウワサ話を聞かせてもらうといった形で、力を借りられるかもしれないな。それ以上の助力を()うのは……、その者にまで危険や不利益がおよびかねない。止めておこう』


 俺としては稲門昏(いなかどくら)堤我(ていが)、念のために塩来路(しおらいじ)について調べていきたい。


「すでにわかってるのは……」


 仕事中の書類チェックや雑談の中で新しく得られた情報も加えて、まとめてみる。


 三つの旧家は常杜の郷公園の立ち上げから関わっていた。

 今は行政からの指定管理者という形で、NPO法人と民間企業がこの公園の運営や管理をしている。


 俺や堂ノ下先輩たちは、このNPO法人で働いているってわけ。

 ここの代表理事の名前は稲門昏とは無関係の苗字で、俺も特に気にしてなかった。でも地元のお年寄りスタッフによれば、実質の権力者は代表理事ではなく稲門昏家なのだという。


 稲門昏の家紋はキツネ。

 神さまを閉じこめている蔵は稲門昏のもので、古民家園にもかやぶき屋根の住居が移築されている。


「稲門昏家の(まり)って人は、憎まれっ子世にはばかる、を地でいく感じだったよ」


『大変だったな、伊吹(いぶき)


 古民家カフェや貸し農園の経営を担当している会社というのが塩来路。これがメインの事業というわけではなく、あくまでも伝統維持ため、といったスタンスで公園に関わっている。


 カフェの店舗になっている大正時代の古民家も、もとは塩来路家の住居だ。

 家紋は牛。


「塩来路の人は多忙で、公園のイベントにふらりと顔を出したりはしないみたい」


『かつては塩の(あきな)いで(ざい)をなした家だと記憶しているが、今では別の仕事に精を出しているようだな』


 堤我組は、河川の整備にも強い造園会社。

 公園の植栽や水景の日常的な管理は俺たちNPO法人の職員がやっている。しかし重機や専門業者が必要な作業の場合は、この堤我組へと依頼される。


 古民家園にも堤我家から移築された家がある。

 家紋はカワウソ。


 機械腕の御幣(ごへい)を町のあちこちにしかけていたのは、堤我家の星澪沙(せれさ)で間違いないだろう。


「堤我星澪沙は良く言えば気遣いが丁寧で、悪く言うと頼りなさそうな人だった。いったいなんのために神さまを閉じこめたりしてるんだろうな」


『あの異様な御幣をどうやって手に入れたかも気になるところ。まさか、自らの手で作り上げたのか……?』




 三つの旧家について探っていくにしても、相手にバレてしまうような直接的な方法はダメだ。とりあえずは……。


「キツネ繋がりで稲門昏と関係がありそうな商店街をウロウロしてみようかな。お姉さんは、公園の外で気になる場所ってある?」


 少し考えてから挽霧さんが口を開く。


『川沿いの(たた)りの木』


 たしか、この町から消失した心霊スポットの一つだ。


「でもそれって、消えた時期がちょっとほかのとズレてなかった? 御幣の封印は関わってないんじゃない?」


 挽霧さんは落ち着いて応える。


『そう見なすこともできよう。伊吹の言うようにまったくの無関係だという線もある。だが私はそう考えない。祟りの木がほかのものに先駆けて消えた。一連の霊威消失のきっかけとなる出来事があったのではないか、と』


「そうか、たしかに……」


 それに川辺の古木って、挽霧さんと縁がありそうな怪異だ。大切な友だちの一人なのかも。


「その古木も蔵に閉じこめられてたら、助けてあげたいね」


『……』


 挽霧さんの反応はびみょうだった。考えこむように眉根を寄せる。


『ヤツは……かなり性質(たち)が悪いからな……。助けたところでこちらを逆恨みしかねない。そういう性根(しょうね)の曲がった者だ』


「祟りを起こす木だけあって、なかなか厄介(やっかい)そうだね」 


 キツネのマスコットがいる商店街も、祟りの木が切られた跡地も、一日あれば両方とも回れる距離だ。


「それじゃ次の休日は、商店街と川沿いの道に行ってみよう」


『うん』

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