21・七夕行事
俺と挽霧さんは一つやりとげた。御幣に封じられていた霊力を取り戻すのに成功した。
怪奇で異常なごちそうの数々で二人で盛大にお祝いする。
特に美味しかったのは、泡の衣をてんぷらみたいにまとった魚の料理。箸でつまんだら、思慮深さを感じる目が開いて俺を見つめ返してきたっけ。もちろん食べたよ。
ほかにも命の審判者としての風格を感じるやたらと筋肉質で力強い餅とか、ひそやかで妖しい気配を固めた煮凝りとかが出てきた。
常杜の郷公園でも、ごちそうってほどじゃないけど食に関するイベントが予定されている。七夕にちなんだ流しそうめんだ。
会議やイベントの準備に使われる事務所内の一室に、ボランティアのお年寄りたちが集まっていた。俺は職員とはいえ新人なので、むしろ年配の方々に教わったり指示される立場だ。
老眼鏡を取り出した篠塚さんが資料を読み上げる。
「毎年恒例の流しそうめんですが、時代の変化で昔とは別のやり方になっている箇所もございます。お配りした冊子をご確認なさってくださいね」
混雑しないように人数制限を設けて、直箸は厳禁。流しそうめんをキャッチするところと食べる席を明確に区別する方式だ。使う水だって、くみたての水道水をキレイなウォータージャグから流す。
「はーっ、年々堅苦しくなってきやがる」
「そういう時代よ。時代!」
「しょーがなかんべ。食中毒でも起きたら、そらオメ、大事だもんよ」
老人たちのぼやきはすぐに収まった。グチをこぼしてみただけで、本気で昔ながらのやり方に戻れるとも、戻そうとも思ってないんだろう。
それを良いとも悪いとも断じる権利は俺にない。そういうものなんですね、っていうフラットな他人事に無責任なさみしさがちょっとだけ顔を出す。そんな気持ちになるだけだ。
俺からすると今のやり方はきちんとしてるなぁ、って思うけど堂ノ下先輩はこれでも衛生面のリスクが気になるらしい。まぁ、こればかりは個人の感覚の差だよね。
午前中は樋の準備。休憩と食材の準備をはさんで、流しそうめん本番は涼しくなった午後からだ。
集まったボランティアスタッフとは別に、参加を希望した小中学生たちも見学や簡単な作業に加わる。
俺は主にお年寄りたちといっしょに孟宗竹の採取やその他危険だったり難しい作業にあたり、子どもたちの案内は篠塚さんの担当だ。
さぁ、ハードな仕事になるぞ。
下っぱの若い労働力として徹底的にこき使われるか。何もできないデクノボウとして軽んじられるか。
屋根つきの広々とした駐輪場に、ブルーシートがしかれ、その上に枝を払った竹を並べた。大きなものは真っ二つにして節を抜き樋にする。小さなものは組み立てて台に使う。
……結果として、俺は想像以上に上手くやれた。
疲れしらずの体力や、すべりやすい斜面でも安定して移動できる足腰の強さで、気難しいお年寄りからも一目置かれた。
まわりの人は、若さだとか、この仕事に慣れてきたんだねって言ってたけど、どうも違う。なんだか急に体が軽く、強靭になった気がする。
挽霧さんがふるまってくれたお祝いのごちそうを食べたから? 帰ったらお礼がしたいな。おかげで仕事が楽だった。
竹の加工作業を見守っている子どもたちに篠塚さんが解説する。
「この時期は本来、加工用の竹の採取には向きません。竹にふくまれている水分量が多いものですから。なので傷みにくいように、生えてから年数のたった竹を選びます」
先輩の発案で、使用前にアルコールスプレーでの入念な消毒もされることになっている。あの人、食事に関してけっこう神経質なんだな。
景観が良く、電源や水道に近くて、ベンチやテントを設営できる場所。その条件を満たしているのが水車小屋近くの広場だ。あの上掛け水車は電動ポンプで水をくみ上げて回している。なんというか、本末転倒な水車だ。
吸いこみ式の蚊の捕獲機を先輩がセットしていた。蚊取り線香とちがって、人の鼻で感じとれる匂いは出ない。
「良いですね、その機械」
「でしょっ!? これはたしか、堤我家から寄付されたものだよっ」
陽射しがほんの少し威力をやわらげたころ、流しそうめん会がはじまった。
そうめんを流す担当は堂ノ下先輩。代金を受け取って、割り箸や汁入りの器をわたす係は篠塚さん。俺は会場の雑用全般だ。ボランティアの人たちもそれぞれ協力してくれる。
ダンボール製のゴミ箱にたまった中身を片づけて戻ってくると、折りたたみ式のベンチに座ったお年寄りたちが冷えたペットボトルを手に何やら話している場面に出くわした。一休み中のボランティアスタッフの人たちだ。
「今年は来なるんだっけか?」
「いやぁ、どうだんべかなぁ」
「あの二人なら多分おいでになんべ」
「誰かいらっしゃるんですか?」
俺が話しかければ、お前も座れとばかりにベンチの空きスペースを手で叩く。
「三つの大きな家が、この公園を立ち上げたってのはしってっか? そのお方らが遊びに立ち寄るかねぇって話よ」
稲門昏。塩来路。堤我。常杜の郷公園に関わる三つの旧家だ。
来るのか、ソイツらが。
得意のポーカーフェイスをたもってるけど、緊張で口が乾く。なんでもないようなフリをしてペットボトルのお茶でノドをしめらせる。
たぶん、稲門昏家の関係者に俺は一度会っている。霊園近くの湧き水の泉で。
マジメでおどおどとした雰囲気の女の人だ。さらっとしたおかっぱヘアだったかな。
「お。ウワサをすればおいでなさった。稲門昏と堤我のお嬢さんらだ」
「塩来路さんとこはお忙しいから、こういう集まりにゃめったにおいでにならねぇ」
「良い機会だ。お前さんもお顔を覚えとけ」
老人たちの視線の先には若い女性。二人いる。
一人は俺が前に見た人。リネン生地の半袖シャツにジーンズという、動きやすそうな飾りけのない格好だ。
そしてもう一人。ヒールの高いサンダルをカツンと鳴らして、かき上げた髪は鮮烈な夕日色に染め上げられたウェーブのロングヘア。前髪をわけているので眉の動きが目立つ。気の強そうに上がった眉と目だ。すける生地の赤いブラウスに黒のショートパンツが、華やかなんだけど威圧的でもある。
「稲門昏の鞠さんと、堤我の星澪沙さんだよ」
セレサ。すごい名前だ。
「オシャレでキッパリなすった鞠さんと優しくて勉強熱心な星澪沙さんは、性格が違うお二人だけど小さいころから仲良しでねぇ」
ちょっとまって。大人しそうなあっちの女性が星澪沙っていうのか……。まぁ、名前って本人が決めるものじゃないしね。堤我家、歴史ある家のわりには最近はキラキラしてるんだな……。
それに、泉で会ったあの人は稲門昏家の人間じゃなくて、堤我家だった。……うん? 蔵は稲門昏家のもので、怪しい御幣を町にしかけているのは堤我家ってことか?
ショートボブの女性、星澪沙がこちらに振り向いた。
「あれ……? あの時の……?」
無害そうな丸い目が、俺の姿をとらえている。
「何? 星澪沙の知り合い?」
赤茶色の釣り目が、つまらなさそうに俺を見下ろした。




