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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第三部・伴侶
19/40

19・海鮮乱舞

 仕事を終えて家に帰ると、挽霧(ひきり)さんが部屋の電気をつけて出迎えてくれた。


『今朝の話……。やはり伊吹(いぶき)の方針が理にかなっていると思い直した』


「うん。先に霊力を取り戻そう」


 わかってくれて嬉しい。

 そのはずなのに、どうして俺の心はチクチクと痛んでるんだ?


 挽霧さんは受け入れがたい事実でも、仕方がないと()みこんでいく。

 水がどんな器にもおさまるように。


 ただそこにはどうしようもない諦めがある。

 俺の意見が通った時、ホッとした気持ちに混ざって罪悪感が暴れていた。理解して、諦めて、納得し、受け入れながらうなづくお姉さんを見た時、埋め立てられた池やコンクリート化された川の景色が浮かんできたから。


「……まだ蔵に囚われている神さまたちの中には、挽霧さんの友だちもいるってこと、俺も忘れないようにする」


 お姉さんはそっと俺の(ほお)をなでてくれた。




 霊力を取り戻す計画の上で、カギとなるのは灰色の御幣(ごへい)だ。性能や操作方法をしっておく必要ある。


 そのための検証に、神社の渚獲なとろさまが力を貸してくれた。

 神聖な境内(けいだい)で御幣の機械腕を解き放つわけにもいかないので、場所は貝塚のある丘の一角だ。


『そいじゃいくよー』


 ド派手な水着ギャルがくるっと可愛く一回転。幻影の水しぶきが上がり、魚影が空中に渦を巻く。

 一番数が多いのは黒っぽい色をしたタイに似たシルエットの魚たちだ。

 魚の動きのなめらかさと、武器にも似た鋭さを備えたカジキとエイ。対の狛犬みたいに渚獲さまの左右につく。

 そして渚獲さまの背後から、圧倒的な存在感を誇る巨大なサメがぬっとあらわれる。


「……俺は悔しいです。渚獲さま」


『どしたん、いぶきち』


「海の魚は、大まかな種類しかわからない!」


 日本の淡水魚ならもう少しは健闘できたのに!


 へらりと笑って渚獲さまが紹介してくれた。クロダイ、バショウカジキ、ツバクロエイ、ドタブカ。魚の世界は奥深い。

 渚獲さまが呼び出したこの眷属(けんぞく)たちが、御幣の実験に協力してくれる。




『伊吹。御幣の縄をといて』


 俺は、キツく縛りつけたパラコードをほどく。

 御幣の紙垂(しで)の先端は人の手みたいになっていて、さっそく指をうごめかせはじめた。


『さて。どこから来るか……』


 挽霧さんが周囲に目を光らせた。長い爪を静かにかまえる。


 ずろん、と。

 空間に裂け目をこじあけて、二本の腕が伸ばされる。


『おっと』


 真っ先に狙われたのは渚獲さま。水着の上にまとった白い薄衣(うすぎぬ)をひるがえし、機械の腕をかろやかにかわしていく。


 渚獲さまはこの場で一番神格や霊力といったものが高い。ここは神社の敷地外。きちんと祀られている神さまでも、あの御幣は捕獲対象として見なした。


 しばらくは渚獲さまを追っていた腕は、途中から諦めて近くのクロダイの精霊に狙いを変えた。クロダイ、慌てて逃げる。


『まだ断言するのは早急(そうきゅう)だが、ひとまずの仮定として……。出現時の奇襲で優先的に狙うのはその場で最も力の大きな者。距離が離されるか時間経過などで、すぐに捕まえられないと判断すると、手近にいた対象に狙いを切り替える……といった傾向がありそうだ』


 挽霧さんは見極めようとしている。

 御幣からどのくらいの位置までが機械腕の行動範囲なのかを。


『速度は……最初の奇襲をかわし逃げに徹すれば、今の私でも振り切れる』


 この町にひっそりと息づいていた小さな神々や妖怪や幽霊のほとんどは、機械の腕に囚われた。

 きっと、誰かは未知の敵と戦おうとして。

 あるいは、とどまっている自分の居場所から離れられずに追いつめられて。

 もしかしたら、頑張って逃げようとしても捕まってしまうくらい妖力が(おとろ)えている者もいたのかもしれない。


 冷静に分析を続ける挽霧さんの顔には、仲間の仇討(あだう)ちに挑むような真剣さがあった。


『ん……。感謝する、なとぴぃ。忌まわしい腕の動きは把握(はあく)できた』


『いぇーい。ほいじゃ、違う実験もしてみよ!』


 海の眷属たちを下がらせ、渚獲さまが竹の釣り竿をしゅぴっと取り出した。糸の先には骨製の釣り針。エサはついてない。


『この釣り針自体に弱めの力が宿ってんの』


 釣り竿が振るわれる。機械の腕は(いにしえ)の釣り針を手につかむ。


「あっ……。御幣も変化した!」


 蛍光グリーンの光が何かのパターンを示して灯った。

 紙垂の手先がぎゅっと丸められ、握り拳を作っている。


『うし。封じた力を吐き出させる方法がないか調べちゃお!』


 なんとなく物理的に壊して取り出すイメージをしていたけれど、御幣を傷つけずに封印を解く方法がわかれば、その方が良い。俺たちの作戦の幅が広がる。壊しちゃったら、その御幣はもう二度と利用できないわけだし。


『いぶきち! くすぐれ!』


 すなおにやってみるけど、御幣はシーンとしている。


『御幣を手に持って払う動きを試してみて』


 変化なし。


『ふーって甘い息を吹きかけろ!』

『言葉で解放を命じてみては』

『水ぶっかけてやれ!』

『押したり引いたりして、反応する箇所はある?』


 どれも手応えなし。


『グーにはパーを出せ!』


 期待もせずにやってみた。

 御幣の内部ランプが明滅し、俺の手の形をマネるように手先が開いていく。

 霊力のこもった釣り針もあっけなく解放された。


 機械腕が這いずり出てくる気配。

 とっさに、俺は御幣にむけてチョキを出す。またしても御幣のランプがチカチカして、パーからチョキの形に移行。機械の腕はあらわれず、御幣もなんだか静まり返っている。


「機能が停止したみたい」


『……こんなことで?』


『へー! もっとやろ!』




 何度もじゃんけんをくり返して、灰色の機械御幣を人間が操作する方法を解き明かした。


 御幣の紙垂がグーの時は神霊やその力を捕らえている。この時に人間がパーを出すと、すでに封じていたものを解放してパー状態へと変わる。


 手が開いているパーの状態では、周囲の怪異存在に反応して機械の腕を出現させる。人間がチョキを出すことで、追跡を中断して手の形をチョキにする。


 チョキは待機か休止のモードだ。ここで人間がグーで指示すると、ランプが明滅し最初はグーの形をしてからパーへと戻る。


『これ作ったヤツ、ウケる!』


『……面妖(めんよう)なしかけ……』


 面白がる渚獲さまの横で、挽霧さんは呆れのこもったため息をついていた。

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