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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第三部・伴侶
18/40

18・お姉さんにできること

 俺一人の(とこ)につく。

 お姉さんはじっくりと考えたいことがあると言い、闇の中に溶けこんでいった。


 俺もまた思考をめぐらせる。

 あの蔵から挽霧(ひきり)さんの力を取り戻す方法はないだろうか。


 お姉さんが閉じこめられていたのは、蔵にも数室しかない三畳ほどの小部屋。

 その中に(ほこら)があり、祠の中には依代(よりしろ)。灰色の機械めいた御幣(ごへい)だ。


 コインロッカーにしまってある、空の御幣。

 あれを蔵にある挽霧さんの力を封じた御幣とすり替えられないだろうか?


 ……いや、いくらなんでも不審な動きになる。監視カメラをあざむけそうにない。

 蔵の中は相手の警戒が一番強固な場所だ。実行は難しい。


 どうしたら良いんだろう。

 未解決の悩みを脳みそに引っかけたまま、俺は眠りに落ちた。




『おはよう』


 お姉さんは、後ろの髪をポニーテールにまとめ、着物の(そで)をたすきで抑えていた。白いギャルソンエプロンを……和風だと前掛けって言った方がしっくりくるのかな? 胸当てのない長いエプロンを腰から身に着けていた。


「わぁ、お料理の格好だ」


 なんだか喜びが胸にこみあげてくる。

 自分のために料理を作ってくれる人がいるのはすごくありがたいなって。


 材料は一つかみの生米。小皿の上のそれにお姉さんが静かに手をかざす。

 パキパキという硬質な異音。米粒がかすかにゆれて、やがて大きな振動へと変わる。

 無音。膨張(ぼうちょう)。豊穣の実りが無数の白い糸となってほぐれていく。


『霊力が乏しくて……。今の私にはこれが精いっぱいだ』


 少し申し訳なさそうにしながらお姉さんがお椀をさし出す。

 お餅とも綿あめとも違う、白くて不確かな形のものがたわんとゆらいで収まっていた。


「なつかしいな。小学生の夏休みとか、俺がお腹空かせてた時にお姉さんがくれたよね。美味しそう」


 飛んでいって散ってしまわないように、慎重に箸を近づける。

 お椀の中の白く濃いモヤの奥に、あってないような弱い弾力を感じた。

 そっと箸でつまんで、思い出の味を静かに食んでいく。


 歯ごたえなし。まるで(かすみ)を吸いこんだよう。

 ほのかな匂いはかぐわしい。穀物の控えめな甘さにまじり、マツの種やクコの実の風味が少し。


 ほとんど空気みたいなものなのに、食べるとちょうど良い具合にお腹が満たされるから不思議だ。




 俺の朝は、お茶をゆっくり二杯飲める時間のよゆうをとってある。そういう言い伝えとか、ことわざみたいなものがあるんだ。

 ぬるめの緑茶を飲みながら、お姉さんの話を聞く。


『ささやかな(かて)を作る以外に、今の霊力でできることを整理してみた』


 まずは姿を見えなくすること。

 基本的には、縁のつながりがある俺には見えるけど、ほかの人にはわからない状態にしてるんだって。


伊吹(いぶき)の目にも姿を映らなくすこともできる。逆に、無関係の人間の前にあえて姿をあらわすというのも可能だ』


 挽霧さんが見えるかどうかは、人間側の霊感だとか縁の有無にも左右されるらしい。

 七歳のホタル池での再開時に俺にお姉さんの姿が見えたのは、ずっと幼いころに一度助けてもらってたからだ。


『服装などで多少見た目を変えるのは造作(ぞうさ)もない。ただ、この身を別人の容姿そっくりに(いつわ)るとなると難しいだろうな』


 たすきと前掛けをパッと消し去って、いつもの髪型と着物姿に戻る。

 どっちも可愛い。


『人を模した私の姿はこの形だからだ。別の生き物の形をとる、という方法なら姿をがらりと変えられる』


 白い体に、黒いブチともシマとも言えそうな模様のヘビが、畳の上に出没する。小さなヘビだ。太さなんて俺の指と同じか、それよりも細いぐらい。

 挽霧さんが化けてくれたのはシロマダラ。日本に生息するヘビの一種だ。


 俺は嬉々として手を差し伸べる。

 小さなヘビが俺の腕にするりと巻きつく。

 なめらかな(うろこ)が、日に焼かれた俺の肌の上を進む。その刺激にうっとりと目を閉じた。


 お姉さんのかすかな笑い声がして、ヘビがふっと消え失せる感覚。

 着物姿の挽霧さんが俺の隣に座っていた。


『軽いものや不安定なものであれば、動かしたりもできる』


 物音を立てたり、部屋の電気をつけたり消したりもしてたよね。


『あとは……風や霧をほんの片時(かたとき)あやつるていどか』


 お姉さんが風や霧を起こすところは俺も何度か見ている。

 本人も言っているけど局所的かつ短時間だ。


『……一晩中考えていた。今の私は落ちぶれ、霊力も限られている。それでも、伊吹と力を合わせれば……』


 そう言われて、俺もピンときた。


「まだ蔵にある、封じられた挽霧さんの力を取り戻せるよね!」

『まだ蔵にいる、囚われている者らを助け出せるのではないかと……』




 意見の相違。


「挽霧さんは公園内には近づかない方が良い。危ないよ」


 どうせそんな危険を冒すのなら、ほかの神さまを助けるよりもお姉さん自身の力を取り戻すのが先決だ。

 なんでもかんでも、他者を思いやって自分を後回しにしたら良いってもんじゃない。

 ってことを、お姉さんの思いやりで命を救われた俺が思ってる。


「俺たちが確保してる御幣は一つだけだ。すり替えるにしても、それができるのは一度きりなんだよ。俺が蔵で担当してるのは挽霧さんが閉じこめられてた部屋だけだ。ほかの神さまに関わりにいく隙はない。目立つことをすればすぐに疑われちゃうと思うけど。それに、苦労して救出した神さまが俺たちに協力的かはわからないよね」


 もっともらしい反対理由があってよかった。

 それがなかったら、俺は子どもみたいに駄々をこねていただろうから。


「……そろそろ行かなきゃ」


 挽霧さんの性格はよくわかってる。独断で無謀な行動に出るような人じゃない。信頼してる。


 俺の態度はぎくしゃくしちゃってる。ああ、こんなすねた子どもみたいなことがしたいんじゃないんだ。


『伊吹。まって』


 出がけの俺をお姉さんが呼び止める。

 玄関内のドアの前で、少し反抗的な目線で振り返った。


 きゅ、っと抱きしめられる。


『いってらっしゃい。気をつけて』


「……うん。いってきます……」


 口をもごもご。恥ずかしいけれど良い気分で俺は曰くつきの職場へむかう。

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