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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第三部・伴侶
17/40

17・常杜の百鬼夜行

『おかえり伊吹(いぶき)


「ただいま」


 仕事帰りにスーパーでゲットしてきた、三割引きシールつきの惣菜(そうざい)をお皿にならべ直す。イカリングと、梅シソのアジフライ。袋入りのカット野菜。意味のない一手間だが、お姉さんの前でマジメに生活しております感を頑張って演出しようとしている。

 冷蔵庫から朝の残りのオクラのごま和えと山芋の漬けものを取り出す。調理工程がシンプルなこういうかんたんなオカズなら自分で作ることもある。

 最後に麦茶入りのピッチャーをズンっとちゃぶ台の上に置いた。


『伊吹は私に供物(くもつ)をささげてくれるが、私も伊吹の食事を用意してみたい』


「いや、そんな……」


 挽霧(ひきり)さんを気遣って、そんなことしなくて良いよ、って言いかけて止めた。

 好きな人のために何かしたいって思いは俺自身もよくわかる。今必要なのは遠慮(えんりょ)じゃないよな。


「それじゃお願いするね」


 俺の最愛のお姉さんは、嬉しそうにコクリとうなづいた。




 夕食後の時間。

 片づいたちゃぶ台の横で、俺はスマホとにらめっこしていた。


 俺が使っているのは性能低めの格安機種。

 連絡やスケジュール管理、時刻や天気予報の確認に使うくらいで、日ごろほとんど活用してない。

 そんなスマホの画面上に流れる情報を俺の目は追っていく。


 くたびれた。

 目元をもみほぐして首筋をさすりながら、俺は調べものを終えた。


 挽霧さんがふわりと近づき、俺の首や肩をなでて(いた)わってくれる。

 ひんやりした手が気持ち良い。


『珍しいな。伊吹がそんなにじっくり手帳を見るなんて』


 以前、スマホがどういうものかを挽霧さんに説明した時、離れた人と通話もできる便利な手帳みたいなもの、って表現した。


常杜(とこもり)(さと)公園やその周辺の怖いウワサを調べてたんだ」


 ホラー好きのカフェ店員、堀篭(ほりごめ)さんとの会話で、あの公園が心霊スポットとして認識されているんだとしった。


 ローカルな怖い話、現代の怪奇譚、地域の都市伝説。

 そういった真偽不明で玉石混交(ぎょくせきこんこう)のウワサ話が集まるサイトを見つけ、目当てのエリアの情報を読んでいた。


「あの遊歩道の橋跡の怪談も載ってるよ。夜に不気味な声を聞いたとか、道を歩いても歩いても目的地にたどりつけずにまた橋のところに戻っちゃうとか。橋跡のオバケは、わりと頻繁に報告が挙げられていたのに、ここ数年はパタリと投稿が止んでる」


『そう。そういうしょうもないイタズラをする。危険な悪さはしない。……さみしいのだろうな。橋の下に捨てられ、誰にもひろわれることなく息を引き取った幼い命が(あやかし)へと変じた者だ』


「……」


 お姉さんの声には罪悪感がにじんでいた。

 自分がもっと早く気づいて介入していれば、亡くならずに済んだ命だったのではないか。今でもそう自問しているみたいに。

 そんなの、捨てたヤツが一番悪いに決まってるのにさ。


 橋跡の妖だけじゃない。

 深夜の団地の廊下を気配だけでうごめく、見えない蛇の群れも。

 ショッピングモールの駐車場に出没する、矢や刀の傷だらけの幽霊も。

 年中交通事故が絶えない駅前の十字路で、歩道橋の上から事故現場を見下ろす黒い影も。


 この町の不穏で異質な存在は、この五、六年の間にすっかり鳴りをひそめていた。

 ほかのものとは年がズレるが、切れば祟りをもたらすといわれ長い間恐れられてきた川辺の大木もだいぶ前に伐採されている。


 それらと時期的に入れ替わるように、心霊スポットとして名前が挙がるようになったのが常杜の郷公園だ。


「ただ、心霊スポットとしては期待外れだった、って投稿も多いね」


 古い建物が多かったり木々に囲まれてうっそうとしているという特性上、たしかに異質な雰囲気はあるものの、特に怖い思いはしなかったという平穏な突撃レポートがいくつか。

 霊感が強いと自負する人やその友だちとやらが、ここには霊的な存在は何もいない、と断言するような書き込みもチラホラあった。

 怖いもの好きな人たちだけあって、ちゃんと夜にも訪れている。

 でも何もなかった。


 ホラー目当てで古民家カフェのバイトをしてる堀篭さんも、恐怖体験は何もできてないってぼやいてたし。


『妙な話だ。それならばなぜ、常杜の郷はおそろしい場所だというウワサが人の間に(しょう)じた?』


「うん。拍子抜けした人も多い一方で、常杜の郷公園ですごく恐ろしい思いをしたっていう投稿が数件だけどあるんだよ。その少数の報告のインパクトで、心霊スポットって印象が定着したみたい」


 真夜中の不気味な行列。

 (むし)めいた動きの、大小さまざまの腕がずろずろと。

 金属に深く絡みつかれて身動きを制限された、この世のものではない何者かを引き連れる。

 ある者は、巨大な手にぷらりと吊り下げられて。

 またある者は、地を這いずる大きな腕にくくりつけられるようにまたがらされて。

 進む先には、人気(ひとけ)もなく静まり返った古民家園。

 (よど)んだ風に乗った濃厚なケモノの臭いが、ただただ震える目撃者の鼻孔(びこう)にねっとりと忍びこんできた。


 目撃者は全員、列の気配を感じた時には金縛りにあったようにその場から動けず、その後何日か体調を崩して苦しめられている。


 おそらくは、蔵に囚われた神々が拘束されたまま古民家側に移動させられている。その場面を目撃した人がいるのだろう。

 連れていかれた神々がまた無事に蔵に戻れたのかはわからない。


『……』


 蔵での挽霧さんはまどろみの中にいた。

 囚われていたほかの神々のようすも、自分の身に起きたことも、覚えていなくても仕方がない。


 お姉さんは無言のまま眉根を()せ、自分を守るように腕を体に巻きつけた。


「大丈夫だよ」


 弱く小さな子どもだった俺を優しく励まして何度も支えてくれた人。

 その人を今度は俺が強く抱きしめた。

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