16・提唱プラン胡乱な女子
目的はなんだ?
俺が警戒を深めるのに反して、堀篭という女は緊張感もつかみどころもないゆるんだ笑みを浮かべている。
メイド風のカフェ制服とフリルエプロンで飾られた胸の前で、両手をこねこね。わざとらしく媚びてみせた。
「綱分さぁん。この公園でドッキドキの恐怖な体験、してないんすかぁ? 一人でいると背後にナゾの気配がー、とかぁ。奇妙な足音が聞こえてきたー、とかぁ」
「……?」
「あの蔵って雰囲気ありまくりじゃないっすかぁ。外から見ただけでも、じっとり異質な感じで、ホラー映えしそうっていうかぁ」
これは俺個人を怪しんでる質問じゃない。
この女、いや、堀篭……さんは単に常杜の郷公園にまつわる怖い話に興味があるだけ?
「はは……。残念ながら、俺じゃ堀篭さんの好きそうな話題を提供できそうにないですね」
怪異そのものである挽霧さんの存在を全否定する言葉は、ウソの中でも口にしたくない。
なので、遠回しな表現を使ってごまかす。
レトロなメイド娘はつまらなさそうに唇をとがらせ、あからさまにガックリしてみせた。
「あーぁ。こういう話、頭の固いジーさんバーさん連中にはしづらいじゃないすかぁ? 綱分さんなら聞きやすいなーって思ってたのにぃ」
てきとうに相づちを打っておく。
俺は無言で水まんじゅうを竹ようじで切り分けて口に運ぶ。
挽霧さんにも食べさせてあげたい。
話を聞くうちにわかった。話というか、堀篭さんがグチまじりの独り言をぼやきはじめただけ。
堀篭さんは怖いものに目がない大学生。
常杜の郷公園は心霊スポットとして怪奇好き界隈で最近じわじわと注目されつつある場所なんだとか。
で、堀篭さんは公園内の古民家カフェのバイトに嬉々として応募した。
「心霊スポットって廃墟や病院ってイメージだなぁ。あとトンネル?」
「いわくつきの公園ってのもべつに珍しかぁないっすよ。のどかな憩いの場と、凄惨な事故や事件の現場ってのは、両立できちゃうんですねぃ」
得意げに話す堀篭さんにはちょっと呆れる。
「軽々しい気持ちで首を突っこむことじゃないと思いますけど。……まぁ、夜の公園はまわりに気づかれずに潜める場所が多いので、悪いことを考える人間が行動を起こしやすい環境でしょうね。防犯カメラの数も、駅前なんかにくらべれば限られてますし」
「綱分さん、ナチュラルに犯罪者側の目線っすね」
あ、本当だ。
ここは不服そうにするのが、ふつうの人らしい反応かな? 空気を凍りつかせないていどに、軽い怒りの意思表示でもしておくか。
俺は眉間にシワを作ってみせた。
「えー、冗談でもそういうのやめて。公園の植栽を整備してる善良な職員の目線です」
緑茶を飲み干す。
堀篭さんがいれたとは思えない、すっきりと澄んだ味だった。
「にひひっ、さーせん。綱分さん、美味しいお茶と和菓子のお礼に、今度あの蔵の中を見学させてくださいよぅ」
それが狙いだったのか。
「新入りの俺にそんな権限ないよ。せめて堂ノ下先輩に……公園事務所にいる眼鏡の男の人と交渉してみることですね。たぶん却下されると思いますけど」
「はー。せっかく扱いやすそうな新人職員に親切にしたのに、これじゃアタシに良いこと一つもないじゃないっすかぁ……。おごって損したぁ……」
「あー、店員さんの善意のおもてなしでタダで食べる水まんじゅう最高に美味しいですー。ありがとございまーす」
本音をぶちまけていくスタイルの堀篭さんに、俺も煽り返す。
まぁ、この人に蔵の秘密や機械の腕を呼ぶ御幣の話をしたところで、俺に良いことは一つもない……。
……のか、本当に?
たとえば堀篭さんに間接的な形で情報をわたして、あれこれ勝手に調べるようにしむける、なんてことができるじゃないか。
俺は手を汚さず、疑いの目もむけられず、状況を有利に動かせるようになる。
……こういうやり口は挽霧さんは好きじゃないだろうな。特に無関係の堀篭さんに災難がふりかかりそうな内容ならなおさら。
俺が大好きなあの人は、もどかしくなるぐらい人間に甘い。
「まぁ、今は特に堀篭さんが喜ぶネタはないけれど、何かあったら話しにくるので。それで許してくださいよ」
「わーい、あざーす。やっぱりこういう時、可愛いと得っすねぃ」
アクの強いジト目のメイド娘がとっておきのぶりっ子ポーズを決めてくる。
「それは関係ないよ」
怪異情報の共有者として、堀篭さんとの縁は確保しておこう。
こういう不思議な話ができる人ってある意味貴重だし。
「この公園のカフェで働いてみて、堀篭さんの恐怖体験ってあるんですか?」
「やー、からっきしですねぃ。一番怖かったのは公園のハチにビビったことっす。黒くてデカいハチがアタシにまとわりついてきたんすよ! 羽音がブーンって! 刺されずに済みましたけど!」
黒くて大きくて人にむかって飛んでくる。印象的な羽音。刺されるといった被害はなかった。
たぶんクマバチ。それも針のないオスかな。繁殖期のオスはそういう行動をする。俺も外での作業中によく至近距離までクマバチに寄ってこられた。
愛嬌があって可愛いハチだ。針のあるメスもおっとりとした気質だし。
とはいえ、危ないハチと安全なハチを堀篭さんが瞬時に見分けられるとも思えないので、汎用的なアドバイスを。
「苦手なんですね、虫が。そういう時は騒がないで静かに距離をとるのが良いですよ」
「なるほろー」
そろそろ行かないと。
俺は水まんじゅうをたいらげる。やわらかくつるりとした甘さを胃に落とす。
「ごちそうさま」
空になったガラスの小皿。小さな気泡が点々とガラスの中に閉じこめられていた。
水の流れの一瞬を切り取ったみたいだな、と思った。
いつかこのガラスが砕けた時に、気泡はもう一度虚空に解き放たれるのだろうか、とも。