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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第三部・伴侶
15/40

15・大正ロマン古民家カフェ

 常杜(とこもり)(さと)公園では夏の行事にむけての準備で、いつもより少しだけあわただしい時間が流れていた。

 今は七夕の用意に追われていて、それが終われば次にくるのは子どもたちの夏休み。


「ううー……。流しそうめんなんてイヤだー……。何が楽しいのか理解できないよね!」


 本物の竹を使った流しそうめんは、常杜の郷公園の七夕の目玉イベントだ。悪天候や感染症の流行なんかで開催できなかった年もあるけれど、長年続けられ地域民に愛されてきた(もよお)しだ。


 堂ノ下(どうのした)先輩は食中毒リスクが頭にチラつくようで、流しそうめんの準備期間はいつもこんな調子だと篠塚(しのづか)さんが小声で教えてくれた。


「堂ノ下さんは神経質な方だから。私たちがかまわないような細かいことまで気になさってくれているだけなのよ」


 丁寧な言葉に、チクッとしたささやかな毒をこめて篠塚さんは言う。

 事務所の空気がピリついて居心地が悪い。


 巻きこまれると面倒だな。

 俺は作業台にむかって自分の仕事に集中しているフリをする。

 来園者に提供する短冊をひたすら作るという地道な作業だ。

 事務用パンチで開けた丸い穴に、タコ糸を通して結ぶ。

 俺の指先で踊る丈夫な糸の手触りで妙な気分になるのを平然とした顔でごまかした。




「こんなところかな」


 古民家園の一角に七夕コーナーを設置する。

 その場で短冊を書ける筆記台と、それを吊るすための大きめの笹。

 自由に持ち帰って良い小ぶりの笹をいくつかバケツに入れてある。


 さっそく幼児が持ち帰り用の笹を目ざとく見つけ、なんとしてもコレがほしいんだと全身で激しく主張。それもむなしく、お母さんらしき人にやんわりと気をそらされていた。


 小ぶりでも、笹ってそこそこかさばる荷物だからね。


 シャボン玉遊びのセットを入れたメッシュバッグで女性の片腕はふさがれていて、残る右手は子どもと繋ぐために空けられている。


 今はよちよちとおぼつかない歩みのこの子が、大人に手を繋いでもらわなくてもしっかり歩けるようになったら、きっと自分で笹を家に持ち帰れるだろう。


「お疲れさーっす。いやー、風情がありますねぃ」


 親子連れのやりとりに気をとられていたら、クセ強ボイスでいきなり話しかけられた。


 振り返れば、なんだかニヤニヤ顔の若い女性。

 うっすらと(くま)の浮かぶジトッとした目。何かをたくらんでいそうな口元。

 大きめのリボンで髪をまとめている。


 着ているのはレトロな雰囲気のフリルの白いエプロンで、その下にはシンプルな黒いブラウスとスカートをまとっている。メイドさんっぽくも見えるし、カフェの制服と言われても納得するような出で立ちだ。

 おそらく、古民家カフェのスタッフだろう。


「あぁ。すみませんね。急に話しかけて。そこのカフェの者ですよぅ」


「あ、いえ。どうも」


 お互いに簡単な自己紹介をかわす。

 この人は堀篭(ほりごめ)さんと言うらしい。


「しかし暑さがこたえますなぁ。綱分(つなわき)さん、クーラーの効いた部屋の中で冷たいお茶でもいっぱいいかがです? もちろんお代はいりません」


 距離感をすぐに詰めてくるタイプの人なんだろうか。

 職場で敵を無用に作りたくないのと同じくらい、馴れ馴れしい友人もいらない。


「お気持ちだけで充分ですよ」


 水分補給が大事なのはわかってるので、屋外で仕事をする時はペットボトルを持ち歩いている。650mlあった冷え冷えの麦茶も、もうだいぶ減ってぬるくなっているけれど。


 んむむ、とでもいうように堀篭さんが顔をしかめた。

 顔立ち自体は整ってるのに珍獣マスコット感があるな、この人。

 堀篭さんは百物語の最後の一話でも聞かせるような声で俺にこうささやいた。


「お目々ん中の水晶体のタンパク質があんまり高熱にさらされると、目ェが見えなくなっちゃうんすよ。怖いですねぃ……。ね? 涼んでいきゃーせんかぁ?」


「……」


 短時間なら、涼しい場所で休息をとるのも適切な体調管理の一環かな。うん。




「やー、ちょうどヒマしてて。ほかのお客さんいないんで、好きなとこ座ってくぁーさい」


 カウンター席の端に腰かける。

 木目が美しい一枚板だ。


「ほかの古民家にくらべると、ここはわりと新しいですね。洋風の雰囲気もあるというか」


「ざっと大正時代の建物っす。ま、色々改装はしてますけど」


 透かし彫りの木製コースターの上に、コトリと置かれた冷たい緑茶。ガラスコップの表面は、とろりと溶けて固まったガラスのまろやかな凹凸に覆われていた。

 精巧でありながら、人の手による個性や不均一さも感じる。機械じゃなくて、職人さんが型に入れてガラスを吹いて作ったコップだろう。


「お茶の子でーす」


 小さな水まんじゅうまで出てきた。

 ずいぶんと親切だな。ちょっと落ち着かない。


 目立たないように気を配りながら、それとなく建物の内部の構造に視線を走らせる。

 ……すぐに怪しいとわかるようなものが無防備に放置されている、なんてことはなかった。古い部分を活かしながら快適にリノベーションされた、ただの古民家カフェだ、ここは。


 早めに食べちゃって、もう帰ろう。

 あまり長居をするわけにもいかない。


「綱分さぁん」


 冷たい緑茶が体にしみわたっていく感覚にひたる間もなく、猫なで声の堀篭さんに話しかけられる。なんなのもう、この人は……。


「公園事務所そばの蔵に出入りしているのを見ましたよぅ」


 空気が止まる。

 俺が常杜の郷公園をあれこれ嗅ぎまわっているように、堀篭さんも……いや、この女も何か探っているらしい。

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