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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第三部・伴侶
14/40

14・夜半に結ぶ

 二人の(ちぎ)りの証を体の(あと)という形で望んだお姉さんに、俺は頼みごとをした。


「赤い紐を俺のとこまで持ってきてね。小物をしまっておく引き出しの紙箱の中に、きちんと束ねてあるから」


 暗い中でも挽霧(ひきり)さんなら不便なく動けるはずだ。

 小さな収納棚の引き出しがすっと開けられ閉まる音。


 おぼろげな気配が近づく。

 そこにはためらうような間があった。

 俺はせかさずに、挽霧さんをまつ。


『……伊吹(いぶき)、これか』


 お姉さんから紐の束らしきものを手渡される。

 触れているだけでも心地良い、このすべすべとした手触り。うん、たぶんこれでまちがいない。


「ありがとう。弱い明かりをつけても良い? このままじゃ俺、ほとんど見えてないから」


『ダメだ、断る。……よく見る必要なんてなかろうに』


 ふいっとそっぽをむかれてしまった。

 髪がゆれて、良い匂いが俺の鼻をくすぐる。


「俺、お姉さんにしてあげたいことがあって……。上手くできるようにほんの少しだけ光があるとすごく助かるんだ」


『……』


 お姉さんは手を触れずに電気をつけたり消したりもできる。


「ちょっとだけ明かりがほしい。これぐらいまでなら、って挽霧さんが許せるところまででかまわないから」


『……まったく。仕方のない……』


 備えつけの照明器具が低く不穏な音を立てた。

 暗闇(くらやみ)にほんのりとした明かりが宿る。


「うん。ワガママ言ってごめんね。それから……挽霧さんの仕草や表情は真っ暗な部屋でも俺に見えてるの、気づいてた?」


 霊力とか、そういうおぼろげな輝きみたいなもので。

 暗いままだと紐はよく見えないから、お願いして明かりを少しだけつけてもらった。


『っ、……』


 色の区別は難しい。

 挽霧さんの(ほお)や耳がどれだけ紅潮(こうちょう)しているのか。それは目ではよくわからない。指で触れれば、その火照(ほて)りに気づくだろう。


 夏布団の上で、挽霧さんはほんの少しだけ脚を崩して座っていた。素足のくるぶしが(すそ)からのぞく。

 しどけない風を装っているけれど、肩にも手にも余計な力が入っている。


 緊張してるのは俺だけじゃないんだ。

 照れくさいのと嬉しい気持ちが、どっとなだれこんできた。

 こんな状況だし格好良くふるまおうと一生懸命だけど、本当は俺もいっぱいいっぱいだよ。


「指輪じゃなければ、こういうのはどうかな」


 しゅるっと音を立てて束ねた紐をほどく。音までもキレイだった。

 お姉さんがかすかに息を呑む。


 挽霧さんの手をとる。

 固く握られていたはずの手は、俺がなでる指の動きで軽くうながすだけで、すべて観念(かんねん)したようにあっけなくゆるんでいく。


「お姉さんの小指を赤い紐で飾らせてね。縛りつけた痕が肌に残るくらいに」


 ずっと長くは残らない。

 お姉さんの体に苦痛とともに傷をきざみつけるのは、俺にはとてもできなくて。

 なめらかな赤い紐で結ぶことにした。


 張りつめていた挽霧さんの肩の力がほわりと抜けていく。

 やわらいだ表情でその口元に笑みをたたえる。


『結んで。赤い糸を』


 お姉さんの細い小指を飾り立てるように紐を巻きつけ()わいていく。

 キツいくらいに。でも不快な痛みはないように。


 俺の手仕事を見つめる挽霧さんの眼差しは切なげで、紐を締め上げれば唇から吐息をこぼす。


 できた。

 華やかで可愛らしく、ほんの少しだけ艶美(えんび)な赤い紐による指の緊縛(きんばく)

 最後の仕上げに、紐の先を俺の指にもくくりつけてもらうように頼んだ。


「赤い糸はちゃんと繋げておかないとね」


『ふふ。承知(しょうち)した』


 子どもっぽい独占欲の延長(えんちょう)

 たわいないおまじないのまねごと。


 互いの指の間に指をすべりこませ、手と手を密着させる。

 そのまま深く絡め合う。




 心地良い疲労感で、俺はうとうとしている。

 俺たち二人を繋いでいた小指の紐はもうほどいた。

 肌に残ったのはうっすらとしたへこみと、じんわりとしたしびれだけ。


 その名残もだんだん消えつつある。

 契りの証の痕にしてはずいぶんと(はかな)い。すぐになくなっちゃう。人間の寿命みたいに。

 俺が生きている間は、挽霧さんが望む限り、何度だって結ぶよ。


 お姉さんと結ばれることができて嬉しいな。

 結婚ってすごく幸せなことなんだ。


 俺をこの世に産み落とした母親は、好いた男と一緒になることができなかった。

 こんなはずじゃなかったのに、っていうのが口癖だった。見たくもない俺のことをぼんやりと視界に入れながら。


 もしも両親が幸せな結婚をできていたら、今ごろ俺は家族と楽しく笑いあえていたよね。


 身近にお手本がなかったから、俺には幸せな結婚生活っていうものが本質的にはわからない。

 それでも俺は人間の……両親の愛情を受けて何不自由のない環境で健全に育てられた人間の完成形たちをつぶさに観察しながら、学んだんだ。


 人を好きになるって、どういうことか。

 大切にしている人に、どんな風にふるまうのか。

 愛情は、どうすればちゃんと伝わるのか。


 俺が人として(いびつ)なのはわかってる。

 歪であろうと。正しくなくても。

 たまたま人間として社会に登録されているだけの泥の塊みたいだった俺を曲がりなりにも人の形にまで仕上げてくれたのが挽霧さんだ。


 人間らしいことがしたい。

 善悪を知りたい。

 愛したい。

 

『伊吹……』


 少し悲しげに俺の名を呼ぶ声を夢うつつに聞く。

 挽霧さんの心臓近くのやわらかなぬくもり二つが、俺の頭を優しく抱きとめるのを感じた。

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