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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第二部・目覚め
10/40

10・霊園と冷泉

 この町の古くからの有力者たちは、整備された霊園の一等地で眠り続けている。

 稲門昏(いなかどくら)堤我(ていが)と書かれた墓石を探してうろつく。


 アウトドアむけの日除け帽子で顔を隠し気味にして、なるべく気配を消して霊園の中の道を歩いてはいるけど、正直落ち着かない。

 お墓参りでもないのにここにいる、っていう罪悪感。


 でも……。

 思ってたよりのどかだ。

 あきらかに墓参りじゃないよねって人たちと何回もすれ違った。

 野鳥愛好家風の老人グループだとか、まったりと幼児のお散歩中の親子連れ、軽めのハイキングにでも行くような服装の人も。


 薄暗い墓地のイメージとは違って、ここは景観もさわやかで開放的だ。市民の散策コースとして親しまれてるって雰囲気。


『墓から少し足をのばすと森林公園や木道のしかれた湿地帯に出る。そちらを目指す者の通過点にもなっているようだ。……この地の近辺で私も訪れたい場所がある。伊吹(いぶき)の余裕があればでかまわないから』


 挽霧(ひきり)さんの行きたい場所に早く着けるよう、俺は家紋調べのペースを上げる。




 見つけた。

 蔵にあったのと同じ家紋。

 体を丸めた、象徴的な絵柄のケモノの姿。


『稲門昏のキツネ紋』


 墓石に記されていたのは稲門昏家の姓だった。


 というか、お墓の敷地がネットカフェの個室より広いってどういうことだよ。立派な石の柵で囲まれてるし。

 灯籠や墓誌の石板なんかもあって、地面には五色(ごしき)の玉砂利までしきつめられている。うーん、財力。


 重厚な御影(みかげ)石の先祖代々のお墓とは別に、かなり古びたお墓も敷地内にまとめられている。石の表面に何か彫ってあるけど、達筆なのと経年劣化があわさって読めない。御影石よりもずっと(もろ)そうな石でできている。


『江戸の世に建てられた、亡き当主や夫婦の墓だ』


 場合によっては、このお墓に眠ってる人たち全員を俺は敵に回すことになるのかな。

 俺は少し複雑な気持ちで足早に立ち去った。




 無縁仏となったお墓が集められた一角の前を通る。質素なものも豪華なものも同じように身を寄せ合わせて、コンパクトにまとめられている。

 俺の家系のお墓も、きっと将来的にはああなるんだろうな。それとも、すでにこうなってるのかな。

 もう何年も、墓参りどころか両親と顔を合わせてもいない。


 霊園から出る間に、堤我家と塩来路(しおらいじ)家のお墓も見ることができた。家の格ってものをつくづく見せつけられた気分だ。


 それにしても堤我の家紋は……なんだあの奇妙な生きもの……。禁断のキメラが脳裏(のうり)に浮かぶ。犬とウナギをかけあわせたような不気味さ。簡略化された図柄でも、ぬらりとした異質な存在感が伝わってくる。


『あれは……カワウソ』


 可愛い動物だった。




 雑木林の細道を進む。コケむした案内看板もあって、ここも一般人が歩行して良い場所らしい。

 歩きやすい霊園の道とはちがって、整備は手厚くはないけれど。ワイルドな坂道で、人気(ひとけ)も少なくなった。


 足場は悪いがどうってことはない。

 作業用品店でセール価格になっていたサファリブーツだ。安くても機能的で靴底のグリップ力は強い。


 先導する挽霧さんが着物の袖を優雅に動かして俺に涼しい風を送ってくれた。

 ありがたい。良い匂いがする。甘く匂い立つ初夏の花みたいだ。


『これより先に、川のはじまる場所がある。その地で小一時間ばかり静養(せいよう)したい』


 川の源流。もっと山奥の秘境(ひきょう)にあるイメージだったけど、人里に近い小さな山にもあるんだ。


『人の住処(すみか)のそばにも湧泉(ゆうせん)はありはする。もっともそのほとんどは……地下にふさがれ、人目に触れることもなく、下水管を流れるだけ。あるいは、機械でくみ上げられて自然の湧き水さながらに演出されているか』


 寂しそうだけど、恨みのないさっぱりとした声だった。

 時の移り変わりを仕方がないものとして受け入れる姿勢が、俺には逆に切ない。




 湧水にたどり着く。静かで大きな水たまりみたいな場所だった。水は澄んでいて、底の方に黒くなった落ち葉が残っているのも見えた。

 小さな生き物の動き。


「サワガニだ」


 水底からコポコポと泡。

 地下から水が湧き出てるんだ。


 細やかな泡が(はじ)けた水面を形の良い素足がしずしずと歩いていく。

 視線があうと挽霧さんはやわらかな眼差しをむけてから、俺にゆっくりと背を向けた。


 するりと帯がほどける。そのまま水に溶けて消えていった。

 薄衣(うすぎぬ)の着物と襦袢(じゅばん)がお姉さんの肩をすべり落ちる。


 俺はハッと息を呑む。


 丁寧な仕草で大胆にも脱がれた着物が水に触れてなくなったころ、そこにはリラックスしたようすでぷかーんと泳ぐ一匹のアカハライモリの姿があった。

 大きめサイズなうえに体の色艶も思わず見惚(みと)れる鮮やかさで(ぬし)の風格がある。


『もっと伊吹が可愛いと思うような生き物……カワウソにでもなった方が良かっただろうか』


 日本じゃもうとっくに絶滅してる。


「どんな姿でも大好きだよ。くつろいですごしてね」


 イモリの姿でもとても妖艶(ようえん)だと思ってます、っていう心の声は秘めておく。

 俺は乾いた岩を見つけて腰かけると、のんびりとした時間を送ることにした。




 人が近づいてくる。

 挽霧さんに教えてもらう前に、俺にもわかった。

 両側にヤブがおいしげる湿った細道を誰かが登ってくる。


「あっ、ど、どうも……っ」


「いえ、こんにちは」


 おどおどした感じの若い女の人だ。

 少しヤボったさのある、自然の中を歩くのに適した長袖長ズボンの服装。


 まぁ、俺もほかの人をヤボったいなんて言えた義理ではないけど。

 あんまりだらしないと挽霧さんに申しわけないから、さっぱりとした服装や身だしなみ、それから健康的な生活を心がけてるってだけ。オシャレに特別高額なお金をかけたりはしないというか、できない。

 

 格好良い男になりたい、という意志で軽めの運動ぐらいは続けてる。

 お姉さんは、俺のマイナスな面もふくめて受け入れてくれるっていう信頼関係がある。だからこそ俺も安心して努力できるというか。


 なんてことを考えている間に、女の人がしげしげとアカハライモリを観察しているのに気づいた。


 なんだこの人……。女性同士とはいえ、全裸で水浴び中の挽霧さんをあんなに凝視するなんて……いけない感じがする……!

 両生類有尾目イモリ科だってッ、お姉さんの魅力は変わらないんだッ!!

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