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母の来訪と神獣級依頼――ベーウコウシ捕獲作戦

 休養日が明けた翌日。リビングにはいつもの顔ぶれが集まり、和やかな空気が流れていた――そこに、突然の来訪者が現れた。


「……母さん!?」


 俺が立ち上がるより早く、姿を見せたのは、優しく微笑む母さんだった。


「エクスちゃん、ミケちゃん。久しぶりね。それと……ロウちゃん。子供たちがお世話になってます」


 深く一礼する母さんの言葉に、ロウは立ち上がって丁寧に応じる。


「いえ、顔を上げてください、シエル様。……これは私の夢でもあり、みんなの夢でもあります。共に進む“仲間”ですから」


 ――珍しい。ロウがこんなにも緊張してるなんて。


 普段の冷静さが少しだけ崩れているのが、かえって本気の敬意を感じさせた。


 その場の空気を一度和ませようと、ミケがそっとお茶を差し出す。


「お茶です、シエル様。……それと、エクスを叱ってやってください。一昨日、食事で私たちを“かなり”困らせたんです」


「ミケ、それ言わな――」


「エクスちゃん。あとで、少しお話ししましょうか?」


 ――あっ、完全に“詰んだ”。


 母さんの優しい声が、妙に静かで。妙に耳に残る。


 逃げ場のない“宣告”――そう錯覚してしまうほどの、圧。


「それは置いておいて! 母さん、今日は何の用なの?」


 俺は話題を無理やりすり替えようと、声を張った。


 だが、母さんは落ち着いた笑みのまま、すぐに切り返してくる。


「置いておかないわよ。……とりあえず今日は様子見ね。それと、お願いがひとつあるの」


 ――置いておいてくれ~~~~~~!!


「お願い、とは?」


 ロウが静かに問いかけた。丁寧な声音に、わずかな緊張も混じっている。


「一緒に採取してほしいものがあるの」


「採取? 何をですか?」


 ミケが首をかしげ、手を止めてこちらを見る。狐耳がぴくりと反応し、尻尾がゆっくりと揺れた。


 母さんは、ゆったりとした口調のまま告げる。


「――ベーウコウシよ」


 その瞬間、ロウの手が止まった。


「……本気ですか?」


 いつもなら冷静に反応する彼女が、明らかに動揺している。


 その姿が、むしろ緊張感を引き立てた。


 ただの素材なら、こんな反応はしない。“ベーウコウシ”という言葉が、何か特別な意味を持っているのは間違いなかった。


「飼育されている……やつではないですよね?」


 ロウが母さんに確認するように尋ねる。その額には、珍しく汗がにじんでいた。


「ええ。野生の方よ」


 淡々と答える母さんに、ロウはこめかみに手を当てて、ゆっくりと天を仰ぐ。


 その仕草が、すべてを物語っていた。


 そんな緊張に気づきつつも、ミケは狐耳を小さく動かし、尻尾を揺らしながら俺に顔を向けてくる。


「どういうこと?」


「すまん。俺もわかんない」


 正直に答えるしかなかった。


 するとすぐ、ロウから冷ややかな突っ込みが飛んできた。


「……バイト経験が、生かされてないわね」


 うるさい。知らないものは知らないんだ。


 すべてを網羅してるわけじゃないし――それに。


「俺の担当とは違う部署の話だし」


 そう、俺のせいじゃない。断じてない。……たぶん。


「ロウ。ベーウコウシってなんだ? 野生って?」


 単語の響きだけではピンとこない。けれど、部屋の空気が張り詰めたように変わったのは感じ取れた。


 ロウは一度目を伏せ、言葉を選ぶようにして口を開いた。


「……最高級の牛肉よ。分類としては“神獣寄り”の特殊種」


 そう言いながら、眉をひそめる。


「本来は特殊農場で、厳重な管理のもとで飼育されているの。育成も輸送も、全部ライセンス制。丁寧に育てられた個体は、味も香りも最高峰とされてる。けど……」


 小さく息をつき、声のトーンがわずかに下がる。


「“野生”の個体は格が違う。神獣の気質をそのまま残していて、極めて攻撃的。空間認識能力も高くて、下手なエルフやドラゴン種なら弾き飛ばされるレベルよ」


 ――おいおい。牛って、そんなヤバいやつだったか?


 俺の背中を冷たい汗が這っていく。


「……どこにそんなのがいるんだよ。今まで一度も聞いたことないぞ」


「あら。エクスちゃんには言ってなかったかしら?」


 母さんが柔らかく微笑みながら続けた。


「エルドラ王家が管理している“環境保護惑星”があるの。そこに生息しているわ」


 環境保護……惑星……? 何それ、初耳なんだけど。


「環境保護惑星って、何ですか? シエル様」


 ミケが首を傾げ、狐耳をぴくりと動かす。尻尾も静かに揺れていた。


「簡単に言うとね。エルドラ王国が今のように発展する前、まだ自然と共存していた時代の環境を守るための惑星よ。そこでは在来種や固有種、絶滅しかけた動植物なんかを保護しているの」


 母さんの言葉は穏やかだけど、その内容は――とんでもない。


 野生の神獣クラスが、そんな場所にうようよしてるってことか……?


「なんで俺たちなんだよ。父さんに行ってもらえばいいじゃん」


 俺としては、至極まっとうな意見のつもりだった。父さんなら強いし、元王だし、何より――俺じゃなくて済むし。


 しかし母さんは、にこっと微笑みながら即答した。


「ダメ。それはできないのよ。だって、お父さんへの誕生日プレゼントなんだもの」


「いやでも……父さんの誕生日って、まだまだ先じゃなかったっけ?」


 俺の疑問に、代わってロウが説明してくれる。


「それには理由があるの。ベーウコウシの肉は、すぐには食べられないのよ」


 ロウはホロディスプレイを開き、資料を映し出しながら続けた。


「飼育種と野生種では構造が全く違うの。飼育種は魔力を抑えながら育てられていて、一定期間の熟成処理で食用にできるように調整されてる。でも野生種は――」


 一瞬だけ間を置いて、彼女は眉をひそめた。


「“神気”と呼ばれる高濃度の魔力が、肉や骨、血液にまで染み込んでるの。毒ではないけれど、摂取すれば身体に深く干渉してしまう。だから、数ヶ月かけて“寝かせる”ことで神気を抜く工程が必要なのよ」


 ……つまり、時間がかかるから今行かないと間に合わない、ってことか。


 納得したような、したくないような。


「……本当に野生種を取りに行くんですか?」


 ロウが確認するように母さんを見つめる。


「ええ。本気よ。もちろん私も同行するわ。危険な場所に子供たちだけ行かせたりしないわよ」


 その優しい笑顔が、何より逃げられない“本気”を物語っていた。


 俺はわずかな希望に縋ってロウを見やる。


「カリバーンに乗って行ければ……多少はなんとかならない?」


 その言葉に、母さんが即座に返してきた。


「エクスちゃん。環境保護惑星はロボット進入禁止なの。生態系を壊してしまうから」


 ――希望、撃墜。


 静かに、でも確実に、俺の逃げ道は閉ざされていく。


 ええい、これが最後の抵抗だ。


「でもさ……環境保護惑星なんだろ? そんな場所で“狩り”なんてしていいのかよ……?」


 さすがにそれは、倫理的にどうなんだ。俺が正論を言ってる気がした。いや、言ってるはず。


 だが――母さんはまったく動じない。


「それは問題ないわよ。環境調査の上で、狩猟許可が出ているものだから」


 あっさりと返された上に、続けて説明が入る。


「そもそも環境保護って、“ただ守る”だけじゃないの。人の営みと自然が共存できる仕組みを作ることも含まれているのよ。特定種の個体数が増えすぎて他の生態系を圧迫しているケースもあるし、それを調整するのも保護活動の一環」


 優しい口調のまま、でも内容ははっきりと明確だった。


 まるで王族の一員として、何度も説明してきたような、そんな説得力。


 ……詰んだ。

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