王族の選択と兄の動揺
2025/03/01 新しくしました
俺は固まった。
二択を選ぶ――
「それって、家族の縁を切るってこと……?」
思わずそう口にすると、兄さんは即答した。
「違う。だが、似たようなものだ」
冷静な口調なのに、どこか重い響きがあった。
「どうすべきか、考えろ」
ドラシエル兄さんが俺を真っ直ぐに見据え、選択を迫る。
どうすればいい?
答えが出せない。家族は大切だ。縁が完全に切れるわけじゃない。でも、距離は薄くなるかもしれない。家族を大切にすると自由がなくなる。王族として扱われ、いくら権利を破棄しても、その影響は消えない。
兄さんの言うことは正しい。
だけど――
「ドラシエル。意地が悪い質問をするな」
父さんの低い声が響いた。兄さんを咎めるような、わずかに怒気を含んだ声。
「エクス。心配するな。何も気にする必要は全くない!」
父さんが力強く言い切る。
「父さん……どうしてそんなことが言えるんだ!」
兄さんが机を叩く音が響く。
「簡単だ」
父さんは微かに笑い、穏やかに言った。
「エクスは名前こそ王族の一員として知られているが、公の場での公務は一切していない。つまり――顔を知られていない」
「……」
「それに、何もこれが初めてじゃない」
そう言うと、父さんは視線をセンカ姉さんへ向けた。
「妹のフラン、センカ、そして弟のカイト。みんな、自由にやってるじゃないか」
その言葉に、ドラシエル兄さんの表情がわずかに緩む。先ほどまでの怒気が少しだけ和らいだ――
そこに、とどめとばかりにフレン兄さんが静かに口を開く。
「そうだね」
穏やかな口調だが、はっきりとした説得力があった。
「フランは今、魔法研究で独自の研究所を設立して、好き勝手に研究してるし、センカは言わずもがな」
センカ姉さんが苦笑しながら肩をすくめる。
「カイトは今、宇宙船や兵器開発の製造会社の社長。しかも、名前を出していても特権を使わず、自由に謳歌してる」
そして、フレン兄さんはドラシエル兄さんを真っ直ぐに見つめ、最後に静かに言った。
「エクスだけにそれを言うのは、ちょっと違うんじゃないかな?」
フレン兄さんの言葉が、静かに部屋に響く。
ドラシエル兄さんは、その言葉をじっと噛みしめるように沈黙した。
そして――怒気を完全に消した。
「……わかった! もういい!」
バンッと机に手をつきながら、兄さんは大きく息を吐く。
「まったく、誰もかれも……!」
苛立ち混じりに顔を覆い、肩を落とす。
「少しは俺の仕事の補佐をしようとは思わんのか?」
その言葉には、諦めとも嘆きともつかない、複雑な感情が滲んでいた。
「落ち着こうよ、兄さん」
フレン兄さんが穏やかに言いながら、クスッと笑う。
「今は優秀な人材も育ってきてる。それに――」
そこで、兄さんは少し言葉を切り、ニヤリと口角を上げた。
「兄さんと王妃のイチャラブには、皆耐えられないからね。いない方が良いと思うよ」
……は?
俺は思わず固まる。
イチャラブ? 兄さんが? 王妃と!?
詳しく聞きたい。ものすごく聞きたい。
しかし――
ドラシエル兄さんの殺気じみた視線が突き刺さった。兄さんは黙ったままフレン兄さんを睨みつけている。
……え、めっちゃ効いてるじゃん。
フレン兄さんは肩をすくめ、軽く笑いながら続ける。
「あの空気に耐えられるのは僕しかいないんだから、もう諦めなよ」
「それ以上言うな!!」
兄さんが即座に叫ぶ。
「わかった。もうこの話は終わりだ!!」
強引に話を打ち切るドラシエル兄さん。その顔は、わずかに赤くなっている。
……これは、図星だったってことか?
その空気の中、父さんは何事もなかったかのようにお茶を飲み、一息ついた。
「話を戻すが――」
すべてを水に流すような落ち着いた声で、父さんが続ける。
「どうせなら任せたいこともあるから、今は気にする必要はない」
そして、ゆっくりと俺に視線を向けた。
「エクス、ただ言っておく」
静かに、しかし決定事項であるかのような重みを持った声だった。
「逆に言えば、700年も時間がある。訓練から少しでも逃げ出せば、冒険者の話はなかったことにする」
ズシリと胸にのしかかる言葉だった。
――要するに、手を抜くことは許されないということか。
「覚悟しておけ」
父さんの言葉に、ゴクリと生唾を飲み込む。
すると、横から母さんが優雅に微笑んだ。
しかし――
その微笑みの奥には、言い知れぬ圧があった。
「そうね」
静かに頷いた母さんは、センカ姉さんに目を向けながら、甘い声で続ける。
「センカちゃんの料理修業の二の舞だけはごめんだから――本気で行うわ」
背筋が凍った。
隣でセンカ姉さんがビクッと肩を震わせる。
「ま、待って母さん!? もう私は関係ないでしょ!?」
「ううん? 逃げてばかりだったから、ここでしっかり指導しないとね♪」
「ちょ、ちょっと待って、話が違――」
そこへ、母さんはさらに追い打ちをかけるように微笑んだ。
「ゼンちゃんは食べたくないの? センカちゃんの手料理?」
ゼン義兄さんが一瞬固まる。
「センカ。姉として、エクス君が逃げないんだ。君も頑張ろう!」
完全に裏切ったな、ゼン義兄さん……
「センカ、良かったな」
「良くないです!!」
姉さんが即座に立ち上がろうとする――が、
立てない。
「……え?」
姉さんが足元を見ると、魔法陣が淡く光っていた。
「逃がさないわよ♪」
母さんの微笑みが一層深くなる。
「滞在期間は一週間あるんでしょ? その間にみっちり行いましょう」
母さんの穏やかな声とは裏腹に、センカ姉さんの表情はどんどん青ざめていく。
母さんの魔法で、がっちり固定されてるな。
そして――
「早速、今日の昼食を任せよう」
父さんがさらりと告げる。
「ドラシエル、フレン。お前たちはどうする?」
その瞬間、センカ姉さんの顔は完全に凍りついた。
「王城に帰る!」
兄さんが即答し、立ち上がる。
「フレン、行くぞ! 早く帰って仕事だ!」
「そうだね。すぐに戻ろうか」
フレン兄さんは静かに頷き、転移魔法を発動。
――瞬間、兄二人は消えた。
……早っ!!
逃げる気満々だったな、あれ。
――ああ、確信した。
地獄が始まるんだ。
俺は、すぐにミケの方を向いた。
「ミケ! 頼む、手伝いに行ってほしい!」
ミケの狐耳がピクリと動き、銀色の尻尾がふわりと膨らむ。
すぐに事態を察したのか、彼女の狐耳はピンと立ち、尻尾がゆっくりと揺れ始めた。
「そうね! すぐに行くわ!」
そして、鋭く言い放つ。
「せめて食べられるものにしないと!」
その言葉と同時に、ミケの尻尾が勢いよくバサッと揺れ、彼女の決意が伝わってきた。
――そして、昼食は作られた。
結果を言えば、食べることはできた。
……でも、記憶がないんだ。
どうしてだろう?