出撃、王子と怪獣と冷やかし
『怪獣には、艦体からの砲撃を皮切りに一度攻撃を仕掛けました。しかし、その名の通り――我々の武装は通用しませんでした。遠距離より実弾およびビーム兵装による斉射も試みましたが、あの巨体で躱され、反撃として口腔部と両腕より破壊光線が発射。結果として、兵装はすべて相殺され、撃破に至っております。現在は巡回しながら警戒中です』
艦長の報告は、正確かつ丁寧だった。だがその“通用しなさ”が、逆に状況の重さを際立たせていた。
ロウが通信に割り込む。
『了解。こちらから機体を発進させます』
『ひとつ、お願いがございます。護衛機を随伴させてよろしいでしょうか?』
『申し訳ありませんが、それはご遠慮いただきたい』
ロウの声音が、ややきっぱりとしたものになる。
『万が一、そちらのUNBが魔力切れを起こして停止した場合、こちらの行動が制限されます。それでは、私たちが最大限に動けませんので』
『……しかし、王子お一人での出撃では……』
艦長の声に、思わず通信に割って入った。
「えっと、艦長さん。兄……ドラシエルの命令は理解してます。でも、無理はしないでください。今回は、俺たちに任せてもらえませんか」
できる限り丁寧に、けれど、きっぱりと――言葉を選びながら伝えたつもりだった。
その瞬間、左のコックピットから、くすっとした笑い声が漏れる。
ちらと視線を向けると、ミケのコックピットのホロ映像に映る彼女の狐耳がぴくりと揺れ、口元を手で押さえながら、肩を小さく震わせていた。
……なんだよ。
俺が“王子っぽい”ってだけで、そんなに可笑しいのか?
いや、一応ミケは俺の専属メイドなんだからさ。笑うのは堪えてくれよ。……まあ、普段が馬鹿な行動ばっかって自覚はあるけど。
自分で思って、ちょっと情けなくなる。彼女の尻尾が、ふわりと立ち上がって揺れた。笑いを堪えきれず、耳と尻尾に感情が滲み出ているのが、まさにミケらしい。
『…………わかりました。ただし、危険と判断した場合は、介入させていただきます』
『了解。それで行きましょう』
ロウが即答する。だが、それに思わず声を上げた。
「ロウ!」
軍に気を使い過ぎる。そう思った瞬間、彼女の声が穏やかに返ってくる。
『艦長さんの気持ちも考えてあげなさい。心配されるのは当然でしょ? でも、エクスは出来るわよね?』
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなる。
「……出来る。艦長さんも、見ていてください。俺は、父さんと母さんに鍛えられてます。――だから、大丈夫です」
そう告げた俺に、通信先から静かな応答が返ってきた。
『……承知しました。どうか、お気をつけて』
その言葉とともに、艦長以下、ブリッジクルー全員が画面の中で見事な敬礼を揃えてくる。
やめてくれって……偉いのは、兄さんと父さんと母さんだって。俺は、偉くなんてない。
(ほんと、もう……やめてくれよ~)
心の中でそっと呟きながら、画面越しの敬礼を、俺は黙って受けるしかなかった。
やがて巡回艦との通信が切れる。
すると間髪入れずに、ミケの声が弾む。
『王子様。準備はよろしいですか? 固定アームをお外ししても?』
くすくすと笑う気配が、ホロ越しにも伝わってくる。狐耳がわずかに揺れて、尻尾が嬉しげに弧を描くのが目に浮かぶようだった。
さらに追い打ちをかけるように、ブリッジからロウの声。
『王子。ハッチをお開けいたしましょうか?』
おいおい、なんで二人してそんなに楽しそうなんだ。
「……楽しみやがって~」
俺は頭をかきながら、少しだけ口元を緩めた。
「行くよ! 退治しに行く!」
胸の奥に残っていたもやもやを、怪獣にぶつけさせてもらおう。
「カリバーン、出るぞ」
ヘルメットが展開し、視界が情報とリンクする。
脳波接続が完了し、俺とカリバーンの同調率が一気に跳ね上がる。完全リンク――その瞬間、ハッチが滑るように開き、格納アームが静かに解放された。
下部ハッチから飛び出したカリバーンは、真空の宙へと音もなく滑り出す。
『目標は、まだこちらに気づいてないわ。でも、魔力減少が始まってる。エクス、オーラで全身を守って。私は妖力を体に巡らせる』
ミケの声が落ち着いていて、同時に鋭かった。
たしかに、外部とは違う“違和感”が肌に滲んでくる。細胞が緩く軋むような、魔力を削がれるような感覚――でも、まだ耐えられる。
(いや……油断はダメだ)
すぐさま全身にオーラを集中させ、魔力で包み込む。身体を内から圧で満たすように、意識して防御を高める。
感覚が落ち着き、現象も止まった。だが、モニター上のエネルギーレートが、じわじわと下がっていく。
「……縮退炉の出力を上げる。だけど、思った以上に持っていかれてるな。二連魔力式でも、吸われるとは」
『ええ。でも今、出力を上げたことで減少より供給が上回ったわ。エネルギーは安定し始めてる』
ミケの補助とシステムの調整が即座に反映され、数値が落ち着きを取り戻していく。
そのとき、前方に“それ”が見えた。
「……うわ、デカっ……! まさに怪獣って感じだな」
暗黒の宙に、異物のように浮かぶ巨大な影。その姿は、兵器でも艦でもなく――まさに“生物の暴力”そのものだった。
『興奮しない。……あっ、こっちを捕らえたみたい。来るわよ!』
ミケの狐耳が、ピンと反応している様子がホロ越しに伝わってくる。
「さあ――怪獣バトル、開始だ!」




