燃料役と王子と、怪獣討伐前
しばらくのんびりした後、そろそろ出撃準備に向かおうと腰を上げかけた、その時だった。
「エクス、先に行ってて。ちょっと部屋に寄ってから行くわ」
背後から声をかけてきたミケの狐耳が、わずかに揺れた。
「何か忘れ物か?」
「いいから、先に行ってて……洗濯物よ」
「洗濯? でも今、洗濯する物って――」
「気にしないで! ほら、早く行って!」
やたら急かす声に引っかかりを覚えつつも、俺は仕方なくリビングを出る。
玄関を抜け、格納庫へと続く廊下を歩く間も、ミケの様子が気になって仕方がなかった。
(洗濯? どうして今……あんなに慌ててたんだ?)
首をかしげつつ、更衣室でパイロットスーツに着替える。魔力伝導素材の生地が肌に密着し、精神が戦闘のモードへと切り替わるのを感じた。
格納庫の奥――発進ベイの中央に据えられたカリバーンに、足を向ける。
生体認証が反応し、静かに開いたハッチの向こうへと身を滑り込ませる。
球体コックピットの右舷――いつもの席に腰を沈めると、身体はゆるやかに宙に浮いた。
さて、先に縮退炉を起こしておくか。
そう思って魔力を流し込んだ――が、何の反応もない。
「……え? 壊れた?」
背筋を走る冷たい感覚に、思わず言葉が漏れる。
直後、球状ホロディスプレイに淡く文字が浮かび上がった。
《セーフティ起動中。パイロット構成未達成》
「……なるほど、そういうことか」
左舷のシートに視線を向ける。そこに、ミケはまだ来てない。
つまり――ふたりが揃わなければ、起動は許可されない。システムが、そう判断してロックしている。
ジジさんの設計ならでは、か。必要以上に厳密だが、それには“理由”があるのだろう。
「……ま、仕方ない。待つか」
無重力空間に身を委ね、背を丸めたり膝を抱えたり、浮遊しながら妙な座り方を試してみる。
それからしばらくして、通信が入った。
『お待たせ。起動してなかったの?』
「ああ。ジジさんの仕掛けたセーフティが働いてた。俺ひとりじゃ、縮退炉は動かないみたいだな」
左舷のコックピットにミケが収まったのが確認され、セーフティが解除された。俺は小さく肩をすくめる。
「俺とミケがそろって、ようやく“俺の魔力”が燃料として機能する……そういう仕組みらしい」
口にしてから、少しだけ気恥ずかしくなった。
「……自分で言ってて恥ずかしいな。でも、まあ、そうなってるんだ」
『そう。じゃあ、よろしくね。燃料役さん』
通信越しにさらりと言われて、なんとも言えない気分になる。
「はいはい」
肩をすくめつつ、再び魔力を流し込む。今度はすんなり通った。
内部機構が順々に目を覚まし、カリバーン全体が静かに呼吸を始めるように稼働を開始する。
中央に位置を固定し、リンクを浅くしたまま待機モードへ。
そのとき、ブリッジからロウの声が入った。
『スペースゲートを出るわよ』
さて――いよいよ怪獣退治だ。
気合を入れ直した瞬間、別の通信が割り込んできた。
『こちらは立ち入り禁止区域だ。すぐに引き返しなさい』
画面に映るのは軍の巡回艦。いかにも堅苦しそうな声だった。
『こちらは怪獣討伐の正式依頼を受けた冒険者パーティ“エクスペリエンス”です』
『……! 王子がおられるパーティですね。ご苦労様です』
……王子ってやめてくれよ。
「なんで知ってるんだ?」
少し苦々しい気持ちで通信を返すと、モニター越しに艦長が立ち上がり、敬礼した。
……やめて。俺は偉くないし、今はただの冒険者だ。
「やめてください。今は冒険者のエクスです。扱いは普通でお願いします」
『申し訳ありません。それは不可能です。王より王命を受けており、“エクス様には最大限の協力を尽くせ”との指示が出ております』
ドラシエル兄さんっ! あれだけ反対してたくせに、今になって過保護すぎる……!
「……そうですか。でも、せめて敬語はやめてください」
『承知いたしました。では、普通に話します』
「いや、それ全然普通じゃないから……」
俺の呟きは、宇宙の彼方に消えていった。
『目標のアンチマジック・ギャラスは、ここから六十キロ地点で休眠状態にあります。全長はおよそ四十メートル。加えて、半径五十キロ圏内に魔力の減衰が観測されています。王子、どのように対処されるおつもりですか?』
「だから敬語……」
『これが普段の言葉遣いです。御了承ください』
――無理だこれ。




