メイド服と最強オムライス
リビングに足を踏み入れると、キッチンから漂う香ばしい匂いとともに、ミケがフライパンを振るう姿が目に入った。狐耳が軽く揺れ、尻尾がリズムを刻むようにふわりと動いている。
「戻った。……で、何だったんだ、ミケ?」
振り向いたミケは、手を止めずに小さく笑った。
「気にしないで。まだ少しかかるから、お風呂でも入ってきたら?」
「……まあ、いいか。オムライスとエビフライ、頼んだぞ」
「大丈夫。特別なやつにしてあげる」
それなら、よし。これ以上は聞かない。どうせ、彼女なりの思惑があるのだろう。
なら、さっぱりしてくるとするか――風呂場へと足を向けた。
湯から上がってリビングに戻ると、テーブルの上には見事なチキンライスに、堂々たるサイズのエビフライ。さらにサラダとスープまで揃っていて、まるでレストランのランチプレートだった。
……いや、これ、レストランじゃないか?
思わず見入っていると、タイミングよくロウがブリッジから戻ってきた。
「あら、なにこれ。レストラン?」
俺とほぼ同じ感想を、ほぼ同じタイミングで口にする。
「今日、迷惑かけたから……その、お詫びのつもり。今、最後の仕上げをするから。座って待ってて」
ミケは振り返らず、湯気を立てるソース鍋の横で、静かにフライパンを揺らしていた。狐耳がぴくりと動き、尻尾がほんの少しだけ揺れている。集中している証拠だ。
手際よくフライパンを傾け、ふわりと膨らんだ半熟のオムレツを滑らせるようにすくい上げる。それを、すでに盛りつけられていた俺のチキンライスの上へと、そっと乗せた。
一度頷いて仕上がりを確認すると、すぐさま同じ手順で二つ目、三つ目のオムレツを仕込み、ロウと自分の皿にも順に盛りつけていく。
「まさか……これは……本気でレストラン級の……っ。ミケ! オムレツ、切っていいか!」
「いいわよ。たぶん、成功してると思うから」
ミケがそう言いながらソースポットを持ってきた瞬間、俺はナイフを手に取り、そっとオムレツの中央を切れ目に沿って開く。――とろり、と半熟の中身が溶け出し、チキンライスをふんわりと覆っていく。まるで料理が呼吸するような柔らかさだった。
そして、ミケがその上に、とろみのあるデミグラスソースを美しく円を描くようにかけていく。深い香りがふわっと広がり、視覚も嗅覚も一気に包み込まれる。
「これは……完全に、最強版……!」
言葉に詰まる俺の隣で、ロウが小さく息を飲んだ。
「これは……また見事ね……まさか、ミケにこんな腕があったなんて」
ミケはフライパンを置き、くるりと身を翻してテーブルの前に立つ。その瞬間、俺は気づいた。――今日は、珍しくメイド服を着ている。
「おっ……おいしくな~れ、モエモエキュン♡」
……えっ?
思わず固まった俺の前で、ミケは顔を真っ赤にしながらそっぽを向いた。
「終わりよ! スカイ様が、これが最終的に最高においしくなる魔法の言葉だって教えてくれたの!……い、いい? 今回だけよ! “今回だけ”なんだから!」
ミケ、完全に騙されてる。それ、父さんが適当に言った冗談だぞ……どうする、教えてやるか?
……いや、やめておこう。面白いから、黙っておくに限る。
「最強だ! このオムライスは最強になった!」
声高らかに宣言すると、ロウは呆れたようにため息をつきつつも、ミケの“決め台詞”に何も言わなかった。――わかってるな、ロウ。その方が、絶対面白い。
目の前には、ふわとろのオムレツがデミグラスソースに沈むように広がり、チキンライスを優しく包んでいた。まるで絵画のようなツヤと立体感。付け合わせのサラダは彩りよく、透明なドレッシングが光を反射している。
そして、別皿には特大のエビフライが三本――堂々と盛りつけられていた。たっぷりのタルタルソースと千切りキャベツが添えられ、見るからにサクサクの衣が俺の食欲を刺激してくる。
「いただきます!」
ナイフでオムレツに切れ目を入れると、中からとろりと溶け出す卵が、熱を含んだライスの上へなめらかに流れていく。そこへミケ特製の濃厚デミソースを絡め、ひと口。
「……っ、これ……!」
口の中でふんわりと広がる卵と、ほんのり酸味のあるソース、香ばしいチキンの風味が絶妙に絡み合う。滑らかな舌触りと、米の粒立ちも完璧だった。
エビフライに箸を伸ばせば、外はカリッと音を立て、中はぷりぷりとした歯応え。タルタルの酸味が口の中をリセットしてくれて、またすぐに次の一口を運びたくなる。
「ミケ……お前、天才だろ……」
思わず口から漏れたその言葉に、ミケはふっと狐耳を揺らしながら小さく微笑んだ。尻尾もどこか得意げに、左右にふわりと揺れていた。




