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重力落下と狐耳の限界

 大気圏を抜け、ホームは目標の上空に辿り着く。


『いい、対象は三匹よ。今回は重火器禁止。スケイルソードか素手で行って』


「了解。だけどまた制限か」


『ロウ、フィルターありがとう。これなら大丈夫』


『どういたしまして。ハッチ開けるわよ。そのまま降下して片付けちゃって』


 カリバーンとのリンクを最終確認し、問題なく視界や感覚が重なるのを確かめる。脳内と機体の反応が同期し、装甲越しに風の流れすら感じる気がした。


「いつでも」


 俺が答えた瞬間、真下のハッチが滑らかに開き、白い雲を突き抜けて大地が現れた。遠くに、黒く丸い塊が三つ。あれがターゲットか――わかりやすすぎる。


「見えた。ミケ、ダメならモニター消しとけ」


『大丈夫……だけど、無理になったら消すわ』


 ミケの声は強がっていたが、語尾はどこかしおれていた。通信越しでも伝わってくるその気配に、ミケのコックピット内の様子を出してみると――狐耳は伏せられ、尻尾は身体に巻きつけるようにして揺れていた。……本当にギリギリなんだろうな。


『ロック解除』


 固定アームのロックが解かれ、カリバーンがふわりと機体ごと落下していく。風が装甲の隙間を滑り、耳を切り裂くような鋭い音が伝わってくる。飛ぶのとは違う――落ちるというこの感覚。体ごと空に放り出され、ただただ重力に引かれていく感覚が、なんとも言えず爽快だった。


 やっべー……楽しすぎる。全身を風圧が殴ってくるのに、思わず笑いがこみ上げる。落下制御を忘れそうになるほど、すがすがしいくらいだった。


『エクス、地上近くになったら浮きなさいよ』


「わかってる!けど、つい楽しくてな」


『依頼中だってこと忘れないように!』


 ミケの一言で気が引き締まる。俺はスケイルソードを引き抜き、落下の軌道に合わせて構え直した。


「まずは一匹!」


 勢いそのままに、魔力を刃へと流し込む。光が収束し、魔力刃が形成され大剣のサイズまで一気に展開する。一番最初に装備した際、少し小さいかもと思ってたが、魔力刃が展開された瞬間、大きさのバランスがピタリと決まった。


 そう思った次の瞬間、俺はスケイルソードを思い切り投げ放った。剣は唸りを上げて一直線に落下し、地上の一体――巨大ダンゴムシへと突き刺さる。


 着弾の瞬間、魔力刃が炸裂。爆風が砂煙を巻き上げ、周囲にいた残りの二体をも吹き飛ばす衝撃を生み出した。巨体が転がり、乾いた音を立てて裏返る――。


『いやぁ~~~~!』


 ミケの悲鳴が通信に響く。その声には本能的な拒絶と、理性の崩壊が詰まっていた。


 ……フィルター、貫通したな。たぶん、回線の瞬間遅延か、変換が間に合わなかったんだろう。裏返ったヤツの、あの“ぶよぶよした関節と無数の脚の付け根”を見てしまったのか。


 ……ご愁傷様。


 そう思いながら、俺は左手のスケイルシールドからクローアンカーを射出する。魔力糸が空を裂き、スケイルソードの柄に絡みつく。一気に巻き戻し、回収された剣が手元へ吸い込まれるように戻ってきた。


 右手で柄を掴み、構え直す。戦闘はまだ終わっていない――あと二体。だが、今の一撃でかなりビビったはずだ。


 地表が近づくにつれ、残った二体がうごめく姿が見えてきた。


『エクス!もう無理!早く早く!』


 ミケの叫び声が通信越しに突き刺さる。視界の先では、一体が背中を下にしてもがいている。どうやら――さっきの爆風で裏返ったまま動けないようだ。ただし、完全に無防備というわけじゃない。体を丸めて外殻を閉じ、防御体勢に入っている。


「けど――さっきの攻撃で通用するのは知ってる!」


 カリバーンを落下加速から水平へ移行させ、着地の瞬間にスケイルソードを両手で構える。衝撃を地面に逃がしながら一閃――その一撃は、防御体勢ごとぶった斬った。


「これで、二匹」


『カッコつけずに早く!』


 泣き声混じりのツッコミが飛んできた。通信越しでもわかる。ミケ、もうかなり限界だ。耳がぴたりと伏せてるのが目に浮かぶし、尻尾もきっと縮こまってる。


 最後の一匹に狙いを定め、カリバーンを滑らせるように浮かせて突撃する。その動きに巻き込まれ、さきほど斬った個体の装甲が砕け、甲殻の継ぎ目から真っ二つに裂けた。


『なんでそんなグロい倒し方するの!』


 ミケの泣き叫ぶ声が、通信回線ごしに割れそうな勢いで響く。だが、もう少し。我慢してくれ。


 残る一体は、爆風の余波で動きが止まっていた。……ごめん、ミケ。これはもう、終わらせるしかない。


 カリバーンを加速させ、跳躍と同時にスケイルソードを振り抜く。一閃。ぶれのない軌道で、最後の一匹も真っ二つに裂けて崩れ落ちた。


『バカぁ~!エクスのばかぁ~~!』


 ミケの泣きじゃくる声が響く。フィルター越しでも、視界のグロさまでは完全に遮れなかったらしい。


「ミケ、そんなにダメか?」


『だめ、あしたくさん。うじゃうじゃ……もうやだぁ……』


 通信の向こうで、狐耳がぐったり倒れ、尻尾がしょんぼりと垂れてるのが目に浮かぶ。


「でも、この依頼を選んだのはミケだろ」


 そう言うと、一拍の沈黙のあとで、ミケのか細い声が返ってきた。


『……私がしなきゃ大丈夫だと思ったんだもん。まさか、こんなに気持ち悪いとは……うぅっ~~~』


 嗚咽混じりの声が通信越しに響く。たぶん、今ごろ耳はぺたんと伏せて、尻尾も丸めて震えてるんだろうな。完全に撃沈だ。


「泣くなよ~。けど、まだ終わりじゃないぞ」


『えっ』


 声の揺れ方で、狐耳がぴくっと動いたのがわかった。


「これから、こいつらを回収して処理しないと」


 依頼の完了には、討伐だけじゃ足りない。放って置けば害獣や怪獣が来るかもしれない。依頼完了には“討伐と回収し処分”がセットだ。


 ……でも、ミケから返事はない。通信は生きてるのに、しんと沈黙が流れた。


「ミケ。もうモニター切っておけ。後は俺がやる」


『……お願い……ぐすっ』


 その声は、いつものミケとはまるで違っていた。涙に詰まった息の奥で、狐耳がぐたりと垂れて、尻尾も力なく揺れているのがありありと想像できた。


 仕方ないな。


「ロウ、どうする? 燃やす?」


『それはダメ。周りに燃え移ってしまうかもしれないわ。だから、凍らせて。徹底的に凍らせてから、処理用のコンテナを下ろすわ。その中で粉々に砕いて頂戴』


「わかった」


 凍結処理なら、視覚的な衝撃も抑えられるし、飛散や腐敗のリスクも減る。ロウの判断は的確だった。


『ミケには、後でちゃんと話しておかないとね』


「怒るのか?」


『違うわよ。ケアしてあげるの。別に責めるようなことじゃないわ。苦手なもの、嫌いなものなんて誰にでもある。それでも進もうとしたんだから、責める理由なんてないじゃない』


 ――流石だな、ロウ。


 冷静で、優しくて、ちゃんと支えてくれる。けれど、それだけじゃない。


『ただ……慣れていく努力は、必要よ』


 優しさの裏に、冒険者としての覚悟がにじんでいた。それがロウらしい、まっすぐで強い厳しさだった。

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