巨大ダンゴムシと裏側の恐怖
「ダンゴムシ?」
「そう。その巨大版。どこから湧いたのかしらね~」
ロウがのんきな声で言う。
だが、その背後に映る依頼映像では、まるまるとした黒光りの物体が地表を這っていた。……うん、絵面は最悪だ。
「ここら辺ではいないはずだけど。大体、ダンジョンから漏れることはあるけど……」
俺はブリッジで今日の依頼内容を確認しながら、ホロに映る座標データを見つめる。周囲の生態情報と照合する限り、本来の生息地とは明らかに異なる。
「可能性としては、研究用のサンプルが逃げ出したか。愛好家の所から逃げ出したか。運搬中に逃げたか。恐らくこの中のどれかでしょうけど、迷惑な事をしてくれたわね」
「愛好家ってこんなの飼ってるんですか!」
ミケがおびえたように声を上げた。狐耳がぴくっと跳ね、尻尾がぴしぴしと左右に揺れている。……わかる。正直俺もちょっと嫌だ。
「無害で、ただ丸まるだけ。その表面をピカピカにするのがいいみたいね。私も良さがわからないけどね」
ロウは肩をすくめるように言いながら、ホームの操縦席に指を滑らせる。眼前の空間にスペースゲートが展開され、やがて艦は滑るようにその中へと進入していった。
「なんなの!ピカピカって意味がわからない!」
ミケが声を荒げる。狐耳は逆立ち、尻尾も怒りと混乱がない交ぜになってばたばたと跳ねるように動く。
「ミケ、落ち着け」
俺は思わずそう声をかけたが……落ち着く要素が何もないのも確かだ。いやほんと、なんで“ピカピカなダンゴムシ”が出てくる依頼なんだよ。
「一応は益虫だから、いること自体は悪くないんだけどね。問題は、その大きさと、それによる二次災害よ」
「益虫なの、これ!」
ミケが半ば叫ぶように言う。狐耳がぴくんと跳ね、尻尾は抗議するようにぱたぱた揺れ続けていた。
「一応はね。ただし、それは普通サイズに限るわ。今回の大きさだと草などが食い荒らされてしまうし、畑が近くにあればダメージを負うことになるかも知れない。それと、リビングで言った通り、捕食者の存在ね」
「なんでこんな迷惑な奴に愛好家っているのよ!」
ミケが声を荒らげた瞬間、狐耳が逆立ち、尻尾も跳ねるように膨らむ。……完全に怒ってるな、これは。
「落ち着いて。しかし……なんで今まで見つからなかったんだろうな」
俺の疑問に、ミケが何度も頷く。まるで木部でも折れるんじゃないかという勢いだ。すると、ロウが淡々と指摘する。
「見つからなかったわけじゃないわ。よく詳細を見てみなさい。対応したが、解決できなかったってなってるでしょ」
言われて依頼内容を再確認する。――確かに、“接触済、対処困難”という記録がある。そうか、だからか。
「今回の依頼人は警察から。殺虫剤を使うには大きすぎるし、環境への影響を考えると使用できない。しかも、三匹が確認されていて、警察の武装ではたいしたダメージが与えられないのよ。殺傷武装が少ないからそれは仕方がないけれど……最大の理由は、軍が対応できないという点ね」
「なぜ?」
ミケが小さく首を傾げる。狐耳も同じように傾いていた。
その疑問はもっともだ。だから、ここは俺が答える。
「そこは俺が話した方がいいかな。簡単に言うと――冒険者のためだ。それに、軍が動くのは“人的被害”が出る場合に限られてる。今回はまだそうじゃないしな」
そう口にしながら、俺はわずかに声のトーンを落とす。そして、モニターに表示された座標を見つめながら言葉を続けた。
「今回の場所は、エルドラ王国の第二惑星『エルドラン』。ここは……まあ、ちょっと変わった人が多いから」
「……そうだったわね」
ロウが目を伏せながら、少しだけ苦笑する。その反応だけで、俺たち三人には十分すぎるほど伝わる。
「時間を持て余したエルフやドラゴンが、気ままに暮らせるよう設計された惑星だからね……」
俺がそう続けると、ミケが肩をすくめて言った。
「でもさ、それって“穏やかに”じゃなくて“気ままに”ってところがポイントなのよね」
狐耳を伏せ気味に揺らしながら、尻尾はだらんと力を抜いている。どうやら嫌な思い出を掘り起こしたらしい。
「私、一回イナホ母さんと一緒におじいちゃんに会いに行ったんだけど――気ままって、ほんとにいい言葉よね」
ミケが、どこか遠い目をして続ける。
「まさか家の中全部が、魔力列車と各国の電車が正確なダイヤで走る“ミニチュア都市”になってて……しかもそれを、おじいちゃんがほくほく顔で眺めてるの。真剣に」
狐耳がぴくぴくと動き、尻尾も語尾に合わせてゆるやかに揺れる。そこには呆れと、少しの愛しさと、強烈な記憶の重みがあった。
「とにかく、巨大ダンゴムシの討伐よ。もう少しでスペースゲートを出て大気圏突入よ」
「準備しに行くか、ミケ」
「……ロウ。なんか、かわいいフィルター送っておいて」
ミケが小さくつぶやく。狐耳はやや伏せ気味で、尻尾はどこか沈んだように揺れていた。
「わかったわ」
ロウは苦笑しながら操縦席に戻り、軽やかに操作を始める。その背中を見送りつつ、俺とミケはブリッジを後にして格納庫へと向かう。
「でも、ダンゴムシだろ? 子供のころは別に何ともなかっただろ」
通路を歩きながらふと問いかけると、ミケはぴたりと足を止めた。狐耳がペタンと伏せられ、尻尾をぎゅっと自分の腕に抱え込むようにして震わせる。
「……裏よ」
「うら?」
「ダンゴムシの裏! あれは無理! 知っちゃったらもう無理!」
ミケの声には本気の嫌悪がにじんでいた。狐耳はぴくぴく震え、尻尾は拒絶を示すように細かく揺れている。
……そこまでか。いや、確かにわかる気もするけど。たぶん、あれを間近で見る羽目になるのは俺の方だ。俺、頑張れ。




