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朝食と依頼と――得体の知れない不安

 今日の朝食は、ご飯に味噌汁、それに焼き魚。


 ――あれ、ここ……家か?


 そう思わずにはいられない、どこか懐かしく落ち着いた朝の風景。居間のテーブルには、きちんと並べられた朝食が湯気を立てていた。


「おはよう。遅い目覚めね」


 ロウの声が静かに響く。


 彼女はすでに食事を済ませ、リビングのソファで新聞データを読みながら脚を組んでいた。父さんとは違う――けれど、別の意味での“貫禄”がある。何気ない姿でも妙に絵になるのがロウらしい。


「エクス! 早く食べてよ!もう、何回も声かけたと思ってるの?」


 キッチンからミケの声が飛んでくる。怒ってはいるけど、その手は止まらない。なにか追加で料理でも作ってるのか?


「……声なんて聞こえなかったけど」


 そう呟いた瞬間、キッチンから鋭い反論が返ってきた。


「返事してたわよ!『すぐ行く』って、はっきり!それから……四十七分よ!? もう、冒険者なら朝からシャキッと起きなさい!」


 キッチンから飛んでくる声とともに、狐耳をぴんと立てたミケが顔を出した。耳は怒りに反応してぴくぴくと揺れ、尻尾もぴしっと立てられていた。手には包丁。怒ってる。……いや、包丁は置いてほしい。ふつうに怖い。


「ご、ごめん。すぐ食べるから、まずは落ち着こう」


「よく噛んで食べなさい!」


「お母さんか、ミケは!」


 つい突っ込むと、ミケはふいっとそっぽを向いて、狐耳を小さく伏せた。尻尾は照れ隠しのようにぴんと揺れ、その背中からはどこか照れたような空気が漂ってくる。


 その様子を見ていたロウが、ソファから顔を上げて口元を緩めた。


「ふふ、賑やかねぇ」


 やめてくれ。そのセリフ、父さんも言ってたぞ。


「さて、エクス、ミケ。そのままでいいから聞いてね」


 ロウが新聞データを閉じ、手元の端末を操作する。俺とミケの前に、ホロディスプレイがふわりと展開された。


「今日の依頼をざっと吟味してみたんだけど……何か、気になるのはある?」


 朝食のご飯を口に運びながら、ホロに目をやる。依頼一覧がずらりと並び、その中には――なぜか昨日の黒狼運送の依頼がもう一度出ていた。……いや、それは今回はパスで。


「できれば、昨日のブラックウルフ討伐みたいに、倒したあと素材が残る依頼がいいわね。副収入にもなるし」


 何か作り終えたらしいミケが、手を拭きながらソファへと腰を下ろす。狐耳が小さく動き、尻尾も軽く揺れながら彼女はホロに視線を向けた。ホロは彼女の動きに合わせて、自動で視界に追従していく。


「ふぉれは、はんでほ――」


「口の中の物がなくなってから喋る! みっともない!」


 ミケの鋭いツッコミが飛んでくる。


「……はい、俺が悪いです」


 完全に正論だ。反論の余地なし。


「エクスは食べ終わるまでは喋らない。依頼は、こっちで決めるわ」


「え~~~~……」


「嫌なら、もっと早く起きなさい!」


 ぐうの音も出ない正論だった。はい、ごもっともです。黙ってごはん食べます。……あ、ホロディスプレイが自動で閉じられた。無言の圧力ってやつか。


 リビングのテーブルでは、ミケとロウが並んでホロに映る依頼一覧をチェックしている。


「ミケが言った通り、副収入がある案件はいいわね。でも……ブラックウルフの依頼はもう出てないから――」


 ロウがすらすらと操作しながら、候補を絞っていく。


「……これかしらね」


「どれどれ……えっ、これって……何が取れるの……?」


 ミケの声が妙にトーンダウンする。ちらりとホロを覗いた彼女の表情が、一気に曇った。尻尾も思わずぴたりと止まり、狐耳が不安げに揺れている。


「も・う・ど・く♪」


 ロウが妙に楽しそうな調子で答える。


「なんでそんな言い方するのよ!? 猛毒って、ほんとに大丈夫なの?」


「大丈夫よ。今回は製薬会社が依頼元。医療用の希少成分を回収するのが目的なの。しかも、その成分で“解毒用ナノマシン”も作れるらしいから、成分変化の有無まで調べたいんですって」


 まるでお菓子でも選んでるみたいな口ぶりだが、内容はだいぶ物騒である。……まあ、医療目的なら良いことなんだろうけど。


 焼き魚を頬張りながら、そのやり取りを黙って眺める。うん、塩加減が絶妙。身もふっくらしてて――さすが、ミケの料理だ。


「これは気持ち悪いし出来たらパスしたい」


 ミケが小さく顔をしかめ、狐耳を伏せる。尻尾も控えめに揺れ、不快感がにじみ出ていた。


 気持ち悪いって……何が該当するんだ?


「そうね……じゃあ、今回は副収入を考えずにこれはどう?」


 ロウがホロの依頼一覧を操作し、別の案件を指し示す。


「……虫?」


 ミケの声が一段低くなる。耳はさらに伏せ気味で、尻尾もどこか落ち着かない動きをしている。どうやら“虫”は苦手らしい。


「虫。害虫ではないんだけど、放っておくと、こいつを狙って害獣や怪獣が来るかもしれないのよ」


 ロウは平然とした口調で説明する。けれど、ミケの狐耳はぴくぴくと震え、尻尾はぱたぱたと落ち着かなく揺れている。やっぱり苦手なんだな。


 ……卵焼き食べたいって言ったら、怒るかな。いや、今は黙っておこう。


「難易度がHからBって、どうして?」


 ホロを覗き込みながら疑問を口にする。


「この虫だけなら良いけど、万が一捕食しに害獣、もしくは怪獣が来る可能性があるからよ」


 ロウは淡々と答える。その言葉に、ミケはさらに尻尾を縮こまらせるようにしてソファに沈み込んだ。


「大丈夫よ。この依頼はカリバーンが適任だから、ミケは座ってサポートすればいいわよ。サポートなら、映像は加工して別の物にしてもいいしね」


 ロウがさらりと言ってのける。それを聞いたミケは、一瞬狐耳を動かし、尻尾をすっと収めるようにして頷いた。


「そう。……ならこの依頼にしましょう。近いし、問題ないわね」


 え、今ので決まり?ミケ、自分が戦わないからってどんな依頼にしたんだよ。


 俺は最後のご飯を頬張り、湯気の立つみそ汁を口に運ぶ。うん、美味い。……でも、何だろう、この得体の知れない不安。


「ごちそうさまでした」


「洗い物は食洗器に」


 ミケがそう言って、軽く指をさす。狐耳はもう落ち着いているけど、尻尾だけが妙に揺れてるのが気になる。


「わかった。依頼は決まったんだな。どんな依頼だ?」


 俺は食器をまとめて、居間からリビングを抜けてキッチンの食洗器へと向かいながら訊ねる。が――返ってきたのは、期待していたような答えじゃなかった。


「後でね。嫌って言われたくないし……」


 え……なにそれ。ミケ、なにに決めた?どんな虫だ?ますます不安になってきたぞ。


「大丈夫よ。もう少ししたら向かいましょうか」


 ロウはそう言って、再び新聞データを開く。まるでさっきまでの会話など無かったかのように、自然体だ。


「ミケ、ヒントは?」


「私が苦手なもの」


 ……それは……虫なのは確かだけど、範囲が広い。羽音がするのか、這い回るのか、跳ねるのか、それとも――全部か?


 俺はちょっと不安になりながら、ため息をついてソファに腰を下ろす。とりあえず、向かうまでの間は……のんびり過ごすとしよう。

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