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冒険者初日、その終わり

 終わる――今日一日が、ようやく終わろうとしている。


 黒狼運送の集積所に到着し、俺たちは静かに船を停めた。ハッチが開き、グレイブさんたちをホームから下船させる。


 そのとき、勢いよく振り返ったゴレイブが、大声で叫んだ。


「兄さん! 姉さん! 何かあればすぐに言ってくださいッス! 俺たち、何さんたちの兄さん姉さんのためなら、どこへでも飛んでいくッス!」


 なんだよ“兄さん”って。あきらめよう。


「その前に……ちゃんとグレイブさんに教わってからにしろ」


 そう返した俺の顔は、多分、完全に諦めた人間の表情になっていたと思う。


「わかりました! じいちゃん! 俺を一人前の漢にしてくれッス!」


「わ、わかった……。とにかく、ありがとうございました。ゴレイブはこう言ってますが、必ず一人前にしてみせます」


 グレイブさんの言葉は力強いものだったけど……その横顔は、明らかに“引いてる顔”だった。自分の孫の変貌に、グレイブさんは戸惑いを隠しきれていなかった。


 けれど、その表情の奥には――微かに、安堵の色も見えた気がする。


 ゲイブさんが軽く咳払いをひとつ。場を整えるように一歩前へ出る。


「エクスペリエンスの皆さん、今回は本当にありがとうございました。こちらをお受け取りください」


 すぐに、俺たちの端末にホロデータが届く。


「黒狼運送の永久無料配送アカウントと、超速配達の即時対応権限です。今後、何かあればいつでもご利用ください。最優先で対応いたします」


 静かに、そして誠意を込めてそう告げたゲイブさんは、軽く頭を下げてから踵を返した。


 ゴレイブたちは、後ろ髪を引かれるようにこちらを振り返りつつも、しっかりとした足取りでグレイブさんの背を追っていく。


 ようやくの別れ。ようやくの一区切りだった。


 ――そして俺たちは、ホームのブリッジへ戻る。


 エルドラ王国宇宙港への帰還ルートを設定し、スペースゲートを使い航路を確保する。


「初日の冒険者生活にしては、面白かったわね」


 操縦席に座るロウが、肩越しに振り返って笑う。


「……いやいや、最初こそ冒険者っぽかったけど、最後はどう考えても冒険者じゃなかっただろ。なんで舎弟ができるんだよ……」


 思わず言葉が漏れる。誰が予想した、この展開。


 するとミケが、気になっていたことを思い出したように振り返った。


「リビングの清掃は? お漏らしの処理……終わったの?」


「ああ、一応は。ナノマシンで除菌も終わってる。でもな……ちょっと匂いが残ってる。今、空気を循環させて消臭中。もう少しは待った方がいいかもな」


 臭いは軽度。だが精神的ダメージが残るあたりが厄介だ。


「そう……。助かるわ」


 ミケがほっとしたように息を吐き、すぐに視線をロウへ向けた。


「ロウ、今日の収益ってどのくらいだったの?」


「表示するわね。――これくらい」


 ブリッジの正面にホロディスプレイが展開され、収益一覧が浮かび上がる。


 討伐対象だった“ブラックウルフ討伐”で二十五万――そこから解体・加工費を差し引いて残り二十三万。


 そして、“模擬訓練扱い”となった海賊討伐分が十五万。


「……思ったより儲かってないな」


 俺がつぶやくと、ロウが肩を竦めて答える。


「仕方ないわよ。依頼内容が途中で訓練扱いになっちゃったから、正式な討伐依頼より報酬はどうしても下がるの。それにブラックウルフの毛皮も、まだ取引してないしね」


 そう言って、ロウはわずかに笑いながら続ける。


「でもね――黒狼運送から受け取った報酬は、それ以上よ。永久無料配送と、超速配達のアカウント。どれだけ物を送っても、最優先で対応してくれる。実質、バックアップ付きの物流権を手に入れたようなものよ」


「それに、燃料費も弾薬費もこのホームじゃ一切掛からないから、経費も他の冒険者たちと比べたら格段に少ないわよね」


 ミケがすっと言葉を重ねる。尻尾をひと揺らしながら、柔らかな笑みを浮かべていた。


「むしろ、これでちゃんと利益出てるって……かなりお得なんじゃない?」


 確かに、その通りだ。実感はまだ薄いけど――数字は正直だった。


 ロウが小さく頷く。


「うん。初日の収支としては、充分“上出来”ね」


「上出来でも、舎弟はいらない……」


 思わず漏れた本音に、ミケが吹き出しそうになりながら頷いた。


「ふふっ、同感」


 肩を揺らしながら同意してくれるミケの姿に、俺もつられて少し笑った。


「さてと……帰りはオートで十分ね。到着まではあと三十分くらいかしら」


 ロウが背もたれに寄りかかりながら、ふと思い出したように俺の方を見た。


「そういえば、聞きたいことがあったのよ」


 ロウの表情がやや真剣になる。


「あの“龍の涙”って、どういう原理なの? あんなに異質なエネルギーを混ぜてぶつけたら、普通は相殺されて消えるはずなんだけど……」


「……それがさ、使った俺にもよく分かってないんだよな」


 苦笑いしながら、俺は頭をかく。


「父さんいわく、『グッとやって、それをガッと合わせて、バンッと出す。本来は体内でやるんだが、エクスにはまだ無理だから手でやれ』って」


「……それ、説明になってる?」


 ロウが苦笑交じりに眉をひそめる。


「ならないだろ? 俺もそう思ってる。でも、何度も失敗して、時間かけてようやく“できた”って感じだった。使えるには使えるけど、あの準備時間じゃ実戦じゃ厳しいな」


 ロウは肩をすくめて笑った。


「……わからないわね、やっぱり。感覚の話っていうより、理屈がどこにもない」


「俺も、今でもよくわからん。ただ、混ざったものを力で無理やりまとめて――それを押し出す感じかな。……もしかしたら、種族的なものも関係してるのかもな。ロウもエンシェントドラゴンとハイ・エルフのハーフなんだし、もしかしたらできたりして?」


「残念だけど無理よ。私、心臓ひとつしか持ってないから」


 その言い方があまりにもサラッとしていて、俺は思わず笑ってしまった。


「そりゃ、仕方ないか」


「うん。あなたみたいな“二基搭載”じゃないのよ」


 そう言ってロウは自分の胸をトンと指で叩くと、冗談めかしたウインクをして見せた。


 ミケがくすっと笑いながら、俺の方を見て続けた。


「私も魔力と妖力で試してみたけど、無理だったわ。混ぜることはできるのよ。でも……どうしても威力が落ちちゃうの。まとまってるのに、力が出ないっていうか」


「へぇ……」


「魔力は魔法単体で、妖力は妖術単体で。それぞれ別に使ったほうが圧倒的に強いって、よく分かった。でもね……やっぱり、混ぜて扱えるのは羨ましいわ」


「まあな。でも実戦じゃ、使えないし。時間かかりすぎて隙がデカい」


 俺は肩をすくめながら笑った。


「それに、魔力とオーラを別々に使った方が結果的に火力は出るし。父さんが異常なだけなんだよ、あれ」


「スカイ様は、完全に規格外だから」


 ミケがすっと頷くと、ロウも軽く口元をゆるめて続ける。


「うちの父上もそうよ。エンシェントドラゴンって、本当に“桁違い”なのよね。比べるだけ無駄よ」


 そう言って、ロウは楽しそうに笑った。


 そんな話をしながら、軽口が自然と談笑に変わり、ブリッジの空気が穏やかになっていく。


 さっきまでの緊張感も、騒動も、どこか遠いものに思えるほど――静かで、あたたかな時間が流れた。


 ふと、窓の外に緑の光の誘導灯が見えた。


 宇宙港の照明。もうすぐ、指定されたドックが目の前に迫ってくる。


 今日が――終わる。


 冒険者としての“初日”が、ようやく終わろうとしている。


 けれど、その実感に、疲れよりもむしろ高揚の方が勝っていた。


 きっと、これからの日々が“これ”になる。


 面倒で、騒がしくて、何が起きるか分からない――それでも胸が高鳴る。


 これが俺たちの、新しい“日常”になる。


 そう思ったとき、自然と口元がゆるんだ。


 そうして、今日が――終わった。

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