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舎弟志願と再出発の誓い

 ホームに戻り、リビングのドアが開いた瞬間――ツンとした薬品臭と、微かに漂う金属的な香りが鼻を突いた。室内では、ナノマシン洗浄の真っ最中だったらしい。床のあちこちに除菌用の薄蒸気がまだ残っており、その中央には――下半身だけをタオルで隠したゴレイブたちが、整列して座っていた。


 その姿は、羞恥と敗北感と全身から放たれる「すみません」オーラで構成されているようで、見ているこっちの表情が引きつる。


 そこへ、隣にいたミケがひとつ頷いた。


「……エクス。ブリッジのこと、私がやっておくね。黒狼運送の集積所へのナビは入ってるわよね?」


「ああ。すまない。オート操作にしてくれると助かる。リビングには……俺が通信を入れるまでブリッジで待機を頼む」


 俺の意図をすぐに察したミケは、静かに頷きなおすと、控えめに一歩下がり、振り返らずに玄関を抜けていった。尻尾だけが、わずかに揺れていた。


 そして、リビングに残された俺と、タオル姿のゴレイブたち。


「……戻った。ミケにはブリッジへ行ってもらって、集積所への帰還設定を頼んである」


 俺の言葉に、真ん中に座っていたロウが頷きながら、肩をすくめる。


「ありがとう。さすがに、この姿を乙女に見せるのは……ね。私も乙女なのに」


 そう言って、わざとらしくため息をつく。


 ――いや、うん、突っ込まないでおこう。正解が分からない。


 そのときだった。俺の姿に気づいたゴレイブたちが、一斉に正座を崩し、勢いよく額を床に付けた。


「お、おかえりなさいッス! 兄さん!!」


 ……あ?


 あに、さん……?


 何そのノリ。


「ロウ。これは……?」


 目だけで問いかけると、ロウは肩をすくめて首を傾げた。


「舎弟になりたいんですって」


 今、なんと?


「……誰の?」


「あなたの」


「いやいや、俺、年下だぞ? しかもあんだけ説教したのにか!」


 ツッコミながらも、思わず一歩引いてしまう。


 だが、そんな俺の疑問に、ゴレイブたちは迷いなく胸を張った。


「関係ありませんッス! 俺たちを叱ってくれた時のあの言葉……それに、あの戦艦を消し去った一撃……!」


 続けて仲間たちが次々と喋り出した。


「魂に響いたッス! 震えましたッス! あれを見て、決めたッス! 俺たち、一生ついていくッス、兄さん!」


「エルドラ王国の王子で、あの強さ……格が違いすぎますッス!」


「押忍ッ!」


 声を揃えたその瞬間、全員が妙に整った動きで頭を下げた。


 タオルが――はらり。


「…………やめろ。見たくないモノが落ちかけてんだよ」


 俺はこめかみに手を当て、重たくため息を吐いた。


 ミケにこの状況を見せなくて、本当に良かった。


「とりあえず、座っておいて」


「押忍ッ!」


 元気よく返事をして、ゴレイブたちはタオル姿のまま勢いよく正座。妙に姿勢が良すぎて逆に落ち着かない。


 ……とりあえず無視しておこう。


 俺はソファへ腰を下ろし、真正面にいるグレイブさんとゲイブさんに身体を向ける。


「依頼は無事に達成されました。けど……これから、どうするつもりですか?」


 俺の問いに、グレイブさんは一度目を閉じて、静かに頷いた。


「まずは、謝罪会見。そして、今回の一件の詳細な説明をするつもりでした」


 隣にいたゲイブさんが、それに被せるように付け加える。


「……ですが、ロウさんから止められました」


 視線が移る。


 ロウは肩をすくめ、わずかに唇を歪める。


「せっかくここまで骨を折ったんだもの。公表するのは『申告漏れ』と『荷物を誤って危険に晒した』ことだけで十分。彼らが更生するチャンスを潰す必要まではないわ。きちんと向き合っているなら、それでいいわよ」


 声は穏やかだが、その芯はぶれない。


 グレイブさんはロウの言葉に感謝するように頷き、それでも毅然とした口調で続けた。


「ですが――責任は取ります。私は、社長を退くことにしました。これからは一配達員として現場に戻り、もう一度原点から働き直します」


 そう言って、彼は隣の息子へと視線を移す。


「次期社長は……ゲイブに任せたい。これからは彼が現場と本社、両方を担うべきだ」


 静かだが、揺るぎのない決断だった。


 そしてその目が、ゴレイブたちへと向けられる。


「私は彼らとともに配送に出るつもりだ。“お客様の笑顔”がどれほど重いか――それを身をもって教えたい。それは、孫たちにしかできない学びだからな」


 その言葉に、思わず俺も背筋を伸ばしていた。


 過ちを正し、自ら責任を背負い、未来を託す。


 それは、確かに“大人”の姿だった。


「頼んだぞ」


 グレイブさんの静かな一言に、ゲイブさんがゆっくりと立ち上がり、しっかりと答える。


「……わかった。会社のことは、俺が責任持って運営していきます。……息子たちを頼みます、父さん」


 そう言って、深く、深く頭を下げた。


「……まとまってよかったわね」


 ロウが小さく微笑む。


 俺は安堵の息をつきながらも、ふと視線を横へ。


「いや、まだ一つ問題が……舎弟いらないんだけど」


 すると、すぐにゴレイブが目を輝かせて声を上げる。


「兄さん! その通りッス! 今の俺たちじゃ、兄さんの力になれないッス!」


 続けてその仲間たちがさっきと同じように次々と喋り出した。


「だから、まずはグレイブさんの下で修行ッス! 兄さん姉さんの力になれるよう、もっと力をつけて、もっと世間のことを学ぶッス!」


「それが……舎弟の務めッス!」


「押忍ッ!」


 全員、キメ顔と正座で拳を突き上げる。


 ――いや、誰も頼んでないから。それどころか、タオルだけは絶対落とすなよ。


 俺はこめかみを押さえながら、再び深いため息をついた。

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