王族の覚悟と自由の選択
俺が自分の体からふたつの心音が聞こえることを伝えると、センカ姉さんとゼン義兄さんは驚きの表情を浮かべた。
そんな二人を前に、父さんがゆっくりと口を開く。
「センカ、ゼン。頼みたいことがある。エクス専用の機体を造ってほしい。お前たちのクラン『ユグドラシル』には、優秀な連中が揃っているだろう?」
センカ姉さんは少し考えた後、ため息混じりに答えた。
「……大バカ者軍団のことですね。はい、います」
すると、ゼン義兄さんが真剣な表情で口を挟んだ。
「お義父さん。今のエクスの年齢と身体能力では、冒険者登録は到底無理です! せめてあと千年は必要ですよ。まだ体が成長しきっていないんです」
だが、父さんは断言するように言い放つ。
「今から鍛えれば問題ない。七百年まで短縮してみせる」
「七百年でも、厳しいです!」
俺は、そのやり取りを聞きながら、なんとも言えない気持ちになった。嬉しいやら、悲しいやら、よくわからない。でも――
「父さん……俺、なってもいいのか? 冒険者に」
思わず問いかけると、父さんは俺を真っ直ぐに見つめ、静かに頷いた。
「その代わり、条件がある」
背筋がゾクリとする。
「俺から『総合ドラゴン戦闘術』、母さんから『全属性魔法強化訓練』と『次元魔法習得訓練』を受けてもらう」
空気が一気に張り詰める。
「すべての訓練で合格が出たら、冒険者になることを許可する」
まじか……
「ミケ、君も同様だ」
隣で、ミケの狐耳がピクンと動いた。
「……え?」
俺だけじゃなく、ミケも!?
「私もですか?」
恐る恐る尋ねるミケに、父さんは無言のまま端末を操作し、腕の端末からデータを投影する。机の上に広がるホログラムには――
「存分にお願いします」
そう書かれた許可証が表示されていた。
「これはイナホさんからの許可証だ」
父さんは淡々と言葉を続ける。
「正式に『存分にお願いします』と返事をいただいている」
ミケ、もう逃げ場はないぞ……
「そして、エクス」
突然、父さんの視線が俺に向けられる。
「お前は一応、王族だ」
圧が……すごい。
「自分の身は自分で守れるように訓練するのは当たり前だ。その覚悟がないなら、やめろ」
その言葉が、ズシリと重くのしかかる。
すると――
「父さん! 私は反対です!」
センカ姉さんが勢いよく口を挟んだ。
「父さんと母さんの訓練についていけるわけがないじゃないですか!」
必死に訴えるセンカ姉さん。しかし、その言葉に母さんは穏やかに微笑み――
「あらあら。じゃあ、センカちゃんも修業しましょ♪」
軽やかに、だが恐ろしい提案が飛び出した。
「料理修業の続き。逃げてばかりだったから、ちょうどいいわね」
その瞬間――
「父さん。エクスは耐えられます! 思う存分にやってください! 機体は私たちのクランで開発しましょう!」
センカ姉さんの態度が即変化した。
……そんなに料理修業が嫌なんだ。
「センカ! 君は!」
ゼン義兄さんが、驚きと呆れが入り混じった声を上げる。
だが、センカ姉さんは涼しい顔で肩をすくめた。
「仕方ないわ。それに料理はあなたの方が上手だし」
軽くゼンを見やりながら、微笑む。
「それに――あなたの愛情料理が好きよ。私」
その言葉に、ゼン義兄さんの表情が一瞬で変わる。
「……なら仕方ないな」
まさかの即落ち。
いやいやいや、夫婦間のやり取りで話が決まるの!?
そして、さっきまでの厳しい態度はどこへやら、ゼン義兄さんは優しげな笑みを浮かべて俺たちを見る。
「エクス君、ミューケイ君。君たちの機体は用意しよう」
そして、さらっととんでもないことを口にした。
「七百年もあるんだ。死ぬ気でやれば大丈夫だよ」
七百年!?
俺とミケは思わず固まる。
ゼン義兄さん……さっきまで、冒険者登録に『あと千年は必要』って言ってたよな!?
いや、夫婦そろって何かのスイッチが入ると、一気に豹変するんだな……。似た者夫婦だ。
でも、おかげで――
俺はこの場で、覚悟を決めることができた。ゆっくりと深呼吸し、父さんと母さんに向かって背筋を伸ばす。
「父さん、母さん。訓練、お願いします」
そのやり取りを静かに見ていたドラシエル兄さんは、どこか納得していないような表情を浮かべていた。やがて、ふっと息をつき、俺の方を見据える。
「国王として、一応、苦言を言っておく」
いつもの兄貴っぽい雰囲気とは違う、王としての厳しい声だった。
「エクス。お前は二択を選ばなければならない」
「二択?」
思わず聞き返すと、兄さんは静かに頷いた。
「そうだ。まず一つは、『名前を隠す』」
俺が王族であることを悟られないために、身分を伏せて生きる道。
「もう一つは、『公言する』」
王族としての名を明かし、その立場を背負って生きる道。
「公言することで得られるメリットもある。だが――圧倒的にデメリットが多い」
「デメリットって?」
兄さんは鋭い目つきで俺を見つめ、はっきりと言った。
「自由が極端に減る」