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龍の涙、祝福と神罰のはざま

 破壊したUNBは、無人になったあの継ぎはぎのブラックウルフ団の海賊船の格納庫に無造作に放り入れる。そして、ホームから接続を切り離し距離を取る。少しずつだが、確実に間合いを広げていく。


「戦艦は遠ざけた。……中の話はまとまったか?」


 俺が声をかけると、ミケが振り返り、狐耳をぴくりと動かす。


『まとまってるみたいね。見る?』


「ああ、頼む。繋いでくれ」


 ミケが軽く操作を行い、すぐにホームのリビングの映像が流れてきた。


『親父、すまない。この費用、信頼は……必ず俺が返す!』


『いいんだ。終わったことだ。君たちも、息子のためにすまなかった』


 短いやり取りだったが、それだけで十分だった。背負ったものは大きいが――彼らなりの答えは出たのだろう。


「……これで一区切り、か」


 俺が呟くと、ミケが尻尾を揺らしながら、少し首を傾げる。


『そうね。でも、これ……どうするのかしら?』


 彼女の視線の先にあったのは、継ぎはぎの戦艦。もう用済みで、中身は空っぽ。それでも、扱いに困る。


「データは引っこ抜いたけど……処分の仕方が厄介なんだよな」


 不用意に捨てれば逆に誤解を生むかもしれない。正規の手続きで処分しようにも費用は買った金額より高くはなるし、何かと面倒が付きまとう。


 そんな話をしているうちに、リビングから新たな映像が入る。どうやら向こうの話し合いも終わったようだ。


『終わったみたいね。みんなに確認したいんだけど――あの戦艦とUNBって、普通に買ったの?』


 ロウの問いに対し、若者の声が返ってくる。


『はい。たまり場にしてるコロニーがあるんですけど、そこで』


『……自分たちから買いに行ったの?』


『ええ、店先に“特価”って表示があって。それに……型落ちの継ぎはぎで、あちこち修理跡だらけだったし。怪しいとは思ったけど、取引証明書もあったし、いいかって』


『そう』


 ロウの返答は短く、しかし重みがあった。


 俺も黙ったまま、ホロディスプレイに映る取引データをじっと見つめる。


 そこに記録されているのは、戦艦とUNBそれぞれの取引証明書と領収書。


 戦艦の方は――やはり、元々が別々の艦を継ぎ接ぎしているせいか、それ以前の由来を辿ることができない。


 UNBに関しては、過去の出荷履歴や流通経路も一応は記録として残っていた。ただ、それらはすべて“問題ない範囲”に収まっていて、どこをどう見ても致命的な痕跡はない。


 まるで、最初から見せることを前提に用意された“偽装記録”のようにすら感じた。


 ――獅子リサイクルの裏は、やっぱり掴めないか。


「うまく尻尾を隠したってことか……」


 思わず口をついて出た言葉に、隣のミケが目を細めて頷く。


『簡単にはいかないわね』


 狐耳がわずかに揺れていた。


「……仕方ない。今回の目的はそこじゃないしな。あくまで依頼の遂行が本筋だ。獅子リサイクルは……たまたま接触しただけ」


『そうね』


 そう言葉を交わしていると、リビング側のモニターから、ロウの声が響いた。


『ゴレイブと仲間たち。今からあなた達の“別の未来”を見せてあげる』


 別の未来?


 首をかしげたその瞬間、俺の端末にロウからのメッセージが届いた。


『一撃で消し飛ばして。跡形もなくね♡』


「……え?」


 なんだその可愛い顔文字。いや、違う。意味が重すぎる。


 次の瞬間、ミケの声が端末越しに入る。


『エクス。できる?』


「……試してみる。実戦じゃ隙が大きすぎて使えないけど、父さんの“総合ドラゴン戦闘術”で教わった“秘儀”……今なら使えるかもしれない」


 今この場で、訓練じゃなく、実戦で撃つチャンス。ただし――成功するかどうかは、俺の体と、心臓の状態次第だ。


 俺は深く息を吸い、カリバーンとリンクし集中を始めた。カリバーンの心臓、二連魔力式縮退炉が応えるように震え、起動音が背中から響いてくる。やがて∞の形を描く魔力のラインが輝きを増し、背中に輝き光る∞のリングが大きくなり青白く輝きが増していく。


 俺の体内にある“もう一つの心臓”――エンシェントドラゴンの心臓の鼓動も、同調するかのように高鳴り始めた。


 右手には白く燃えるようなエンシェントドラゴンのオーラ。


 左手には縮退炉から引き出された、底知れない魔力の奔流。


 二つの力が、それぞれの手のひらで形を取り始める。


 白と青。対になる光の塊。


 全身から汗が噴き出す。だが、止まってる暇はない。


 暴れる魔力を両手の中に押し込むように、俺は意識を集中する。


 光の玉は、ただ出力すればいいものじゃない。圧縮し、内へと封じ込め、制御できる範囲にまで凝縮する必要がある。


 暴れる力を押さえ込みながら、必死で圧縮を続けた。光の粒子がバチバチと弾け、衝撃が腕に返ってくる。それでも――


 やがて右手に純白のオーラの核。左手には深く青い魔力のコアが完成する。


 ――ここまでは順調。


 けれど、本番はここから。


 俺はそっと両手を重ね、白と青を一つに重ね合わせていく。


 瞬間、暴れ出すエネルギー。暴発寸前の力が手の中で蠢き、手首ごと持っていかれそうになる。


 でも、離さない。


 意地でも、離すわけにはいかない。


 何とか抑え込み、さらにオーラと魔力を込めて押し潰すように圧縮していく。


 ……気づけば、五分が経っていた。体中の感覚が麻痺しかけている。けれど、今はそれでいい。


「ミケ。今から……ホーム全体に伝えてくれ。視覚防御と衝撃への備え、全員に」


 俺が振り返らずにそう告げると、ミケの声が少し震えて返ってきた。


『……できたんだ……。わかった、すぐに伝える』


 感情を抑えているような静かな声だった。けれど、きっとその瞳は――笑っている。


 俺は、ゆっくりとつぶやいた。


「……龍の涙」


 その言葉とともに、重ねた両手を離す。


 そこに浮かんでいたのは――白と青が混ざり合い、神秘的な光を放つ一つの光球。


 右手でそっと掴み取り、狙いを定める。


 目標は、戦艦。


 息を合わせて、放る。


 ――ぴちょん、と。


 濡れるような音が、響くはずのない宇宙に確かに響いた。


 そして。


 次の瞬間――閃光。


 内包していた膨大なエネルギーが暴発し、白と青の光が時空の膜を突き破るように解き放たれた。


 光は直線ではなかった。まるで生きているかのように、あらゆる方向へと広がり、螺旋を描きながら空間そのものを喰らっていく。


 音のない宇宙に、存在しないはずの“衝撃音”が響いた錯覚すら覚える。


 空気のない真空のはずなのに、空間が振動し、歪み、ねじれて、震えた。星々の光さえ一瞬だけ霞むほどの、光圧。重力も、質量も、すべてがその中心に引き寄せられていくような感覚。


 衝撃が波となって押し寄せ、座標がわずかに軋む。モニターの奥で、空間が“めくれた”ようにさえ見えた。


 それでもなお――白と青の閃光は、祝福のように優しく、そして神罰のように容赦なく、戦艦の存在を、いや“そこにあったはずの宇宙”そのものを飲み込んだ。


 光が収まり始めた時、世界は音も影もない静寂に包まれていた。


 そこにあったはずのものは、もうどこにもなかった。


 燃え殻も、破片も、塵すらも。


 残されたのは、ただ“在る”という概念すら許さない――完全な、“無”。


 虚無でも空白でもない。それは、最初から“何もなかった”という現実を上書きするほどの、確定的な消失。


 たとえ父さんのそれとは比べものにならなくても。


「時間がかかり過ぎる……やっぱり、実戦じゃ使えないな。父さんみたいになるには……まだまだ、遥か先だ」


 パイロットスーツの中を流れる汗が、背中を伝っていく。


 視界がじんわりと滲む。体は鉛のように重く、指一本動かすのも億劫だった。


 うん。これは……封印決定だ。今の俺じゃ、使いこなすどころか命を削るだけだ。


『エクス! 大丈夫!? タマモにチェンジするから、少し休んでて』


「ああ……頼む。成功したのは良かったけど……ホームの面々、どんな顔してるかな」


 機体が静かに変形し、システムがタマモモードへと移行する。


 チェンジ完了と同時に、下部のコックピットからシートが展開され、俺はそこに深く腰を下ろした。


 呼吸を整えながら、ホロディスプレイを操作し、ホームのリビング映像にアクセスする。


 映像が切り替わり、目に飛び込んできた光景に、俺は思わず声を漏らした。


「……ミケ」


『なに?』


「……あいつら、漏らしてる。リビングが……水たまりになってるぞ」


『……嘘でしょ!?』


「マジだって。ロウが“やり過ぎたわね”って顔してる。そっちにも映像送るぞ」


 そう言って、ミケのホロ視界の隅に映像を共有する。


 すると――タマモとリンクしているミケの動きが、明らかに嫌そうな反応を見せ始めた。顔をしかめ、耳がぴくぴくと反応し、尻尾が引き気味に下がる。


 タマモがそのまま同じ動きをトレースするせいで、余計に“嫌悪感”が目立っている。


『……っ! うぅ、見なきゃよかった……』


 そんなミケの言葉と表情を俺も同じ思いだと思った時、映像からロウの冷静な声が響く。


『いい? これが、もう一つの未来。あなたたちは――こうなる予定だったのよ』


 その言葉に、ゴレイブたちが全員、顔を青くして頷いていた。


 ロウは微笑みを浮かべながらも、その瞳は一切笑っていない。


『魂に刻みなさい。軽率な行動は、簡単に“死”に繋がるの。次はないわよ。……頑張りなさい』


『は、はいっ!』


 必死に返事するゴレイブたちだったが――その足元から、じわりと広がっていく水の輪がすべてを台無しにする。


 真剣なはずなのに、締まらない。


 見ているこっちの脱力感まで込みで、何とも言えない光景だった。

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